第15話 修学旅行編 動きが遅い人を早くする方法

「はあ?え?ふぅ~ん?へぇ~?」


朝の食堂。

学生達が朝のご飯を食べている隅で、ランドと愛花は正座をさせられている。真正面には腕組みをした般若はんにゃの様な顔をした水無月が立っていた。

窓から聞こえてくる小鳥の声、今日は暑くなりそうな日差しが食堂を照らしている。


「で?夜中に抜け出した生徒が朝帰りですか?そんな非行な事を教えたつもりは無いんですが?」


愛花が必死に説明をするが、こちらの説明をさえぎる様に、水無月の怒りは収まらない。


「ランド?お姉ちゃんはこんな悪い子に育てた覚えないのよ?こんなに服も乱れて…」


それは、夜中に本気の兄妹喧嘩をした代償でもあった。服の一部はボロボロに破れ、傷だらけではあるが鍛えられた身体があらわになっている。

遠くの方で――――というかほぼ全員と思わせる数の女子生徒達がきゃあきゃあと騒いでいる。


「まぁ、今は旅行中だからこれぐらいで済ませてあげるけど…それとは別に睦月むつき来なさい!」


急に呼ばれ、口に入っていたパンをミルクで一気に流し込み睦月は水無月の元へと近づいた。


「はい。ランド、睦月の手を握って私の肩に触れなさい」


言われるがままされるがまま、ランドは立ち上がり睦月の手を握り水無月の肩に手を置いた。


如月きさらぎ皐月さつき!どうなってんのよ!あんた達ちゃんと監視してたの!?なんで、ランドの竜の呪いが進行してんのよ!】


睦月の『同調どうちょう』を、ランドの『完全武装フルウエポンマスター』で強化をし水無月に触れることで完成する遠距離テレパシー。携帯スマホを使えば良いのだが、それだと周りに声が漏れてしまう。なので、秘匿な話をする時はこの2人を使って話した方が周りに声が漏れず、また直接頭に話せるので着信拒否など出来ずに素早く用件だけ伝えることが出来るのだ。


【そこに関しては、止められなかったワシらに責任がある。ただ、その事を含め今、赤龍せきりゅうと話しておるのじゃ。また連絡する】


話が終わり水無月は通信を切った。思念とは言え大きな声だったので、睦月が頭を抑えうずくまっていた。大きな声を出すと頭痛が起こる。痛みを感じないランドはボーっと突っ立っているだけであった。


ふぅ~…とため息を吐いてから、今度は未だに正座して顔を伏せている愛花に視線を戻した。


「愛花さん。あなた、ずっとランドをっていたでしょ?」


狙って居たのは好意では無い。好意で狙っている女子は沢山いるが、愛花は好意で狙っていた訳では無い。ずっと気づかれない様に―――気づかれては居たが、殺意でランドの事をずっと狙っていたのだ。


「ただ、それなのに、狙っている相手と朝帰・・りってどういうプレイなの?」


その瞬間に、愛花の顔が真っ赤になり顔を完全に伏せてしまった。これは何かあったなとも取れたが、いつもののっけらかんとしたランドの態度を見てこれ以上追求するのは野暮かもしれんと言う事で、この話はここまでとした。


「はい。じゃあ、ランドは雪音ちゃんと、音羽先生と一緒に着替えて来なさい。愛花さんも立って朝ご飯でも食べてきなさい」


愛花はスっと立ち上がり、自分の班に戻って行った。班員のみんなは夜に何があったのかは聞かない様にしていた。

ランドもまた、2人に連れられて客室に向かって行く。

鍛えられているとはいえ、日に日に傷が増えていくランドの背中を見て、水無月はまたため息をついた。


先程、ランドは愛花と寝ていたと発言した。寝ていたというのは、別にやましい意味では無く、本当にただ眠っていただけ。

本来、呪いの影響により人間の感情や性を感じないランドが、竜の呪いが進行した事により和らいだのか。それは喜ばしい事でもあり、喜べない事態でもあった。

ただただ強さを求める為に、軍の研究所で人体実験をされ、人間の感情と引き換えに強さ――魔剣を手に入れられてしまった。

ランドの能力『完全武装』があったのだ。そこを狙われたのだろう。


いつまでも軍に居たら、更にもっと実験をされいつかは人間としてでは無く、ただの戦闘狂バーサーカーとして育て上げられてしまうと感じた兄妹達は、少しでも人間味を戻してあげたく、学校という施設を使ったのだ。

ランドが入学する時に寂しくならない様に、成人を超えている兄達は2年前から、ランドより年上の兄や姉は去年から、そして今年、ランドと同い歳の睦月と雪音と一緒に私立武装学園に入学させた。


入学させた事もあり、ランドに友達が出来『楽しい』という感情を取り戻し、心の底から笑顔を作る事が出来るようになった事。それは、兄妹や家族にとっても喜ばしい事だったのに、今度は呪いを進行させる羽目になるとは思わなかった。


水無月は再度ため息をついた。そろそろ睦月も回復した事だろう。睦月の頭を豪快にぐしゃぐしゃと撫でてやると、窓から見える街の真ん中の高い位置にある古城を見た。

この修学旅行1番の見どころである。ランドには記憶は無いのだが、私たち兄妹にとってはとても馴染・・場所・・なのだから。


――――――――――


「この街は、元々山だった所をそのまま街にしたんだって」


街のガイドブックを読みながら、古城に向かう睦月。その隣をランドは続いて歩いている。

その後ろ――かなりの距離を離れて、クレイ、友人ゆうと、愛花、雪音が歩いている。かなり急な坂道をずっと登っているのだ。4人は体力が切れた様で息もえ必死に2人の後を追う。


「ランド見てみてお団子美味しそう!後で買って帰ろ!」


ぴょんぴょんと飛び跳ねる睦月。こんな上り坂など気にしてる様子は無い様に感じる。


「世界は何故こんなに不公平なんだ…。なんで、普通科であるはずの睦月ちゃんが男の俺より体力があるんだ…」


その問いに対して3人は喋る体力も無いのか無言で話を聞いているだけであった。

古城まではまだ距離がある。周りを見ても、休憩しながら登っているグループがちらほらと見えた。


「ねぇねぇランド」


ランドの肩をちょんちょんと叩いて小声で耳打ちをする。別に耳打ちをする意味も無いのだが、ランド無言で頷くと4人が自分達が待っている位置まで来るのを待った。


「なになに?休憩?やっと休めるー!」


友人はもう1歩も歩けないとばかりに、その場で腰を下ろし足を広げた。女子2人も体力が無くなったのか腰は下ろさずともその場に立ち止まる。


「頑張ってるみんなに、ランドから素敵な魔法をプレゼント!」


両手を広げ笑顔でランドの方に促す。4人はランドに視線を移すと、ランドの右腕に金色の蛇の形をした杖みたいのが巻きついていた。その杖の先には蛇の頭が付いており4人は集中してその杖を見ると、蛇の目がキラリと光った気がした。


「うわ!すげぇ!歩く歩道が現れた!」


それは古城までの道のりが全て歩く歩道になり、立っていても自動で古城に着く仕組みになっている。


「これ、王子様の魔法なのかよ…すげぇ!こんな事出来るの!?」


友人は歩道に飛び乗る。ゆっくりだが前に進んでいる気がする。クレイと愛花も信じられないという驚きの表情を浮かべていた。


「さぁさぁみんな!これで一気に登っちゃお!!」


睦月とランドはさっさと歩道を登っていく。4人は顔を見合せ続いて歩道を登り始めた。

歩く歩道と言えど上り坂なのだ。多少の疲れは感じるが、先程よりも早く歩けている。遠くに感じた古城が段々と近づいてくるのが分かった。


しばらくして遂に古城に辿り着いた。思ったより体力が奪われたが、先程とは違い歩道のおかげで予定よりもだいぶ早く着いた。


「みんなお疲れ様!」


その睦月の声と同時に世界がバンと音を立てて割れる。何が起きたのかは分からない。ただ分かったのは、古城までの道に歩く歩道なんて無いという事だけだ。


「はい!皆さんにはランドの幻術に引っかかってもらいました!歩く歩道なんてまぼろしで、みんな凄い勢いで上り坂を登ってもらいましたー」


何となく分かっていた雪音以外は、みんなポカンとしてその場に立ち尽くす。途端に、容赦ない疲労感が一気に押し寄せてきた。


「王子様!お前鬼だろ!一般人に対してこんな技仕掛けるなんて!」


涙目で訴える友人。汗が一気に吹き出し、足もガクガクと振るえ立っていることすらも出来なくなり、その場に倒れ込んだ。


「この上り坂を楽ちんだー!凄いぞ!って言いながら走って登る友人君を周りから見てて、他の人もみんな引いてたよ」


笑顔で残酷とも言える発言をする睦月。友人からしたら穴があったら入りたいぐらいの気持ちで、両手で顔を塞いだ。

それにしても、本当にえぐいとも言える技だと思う。登っている間は、本当に歩く歩道だと思っていたので、疲れなど全く感じなかったのに、幻が解けた瞬間に疲労感が増す等…以ての外だ。


「さぁさぁ、休んでないで!古城の見学しよーよ!」


睦月に急かされ友人は立ち上がる。倒れ込んでは居ないものの女子3人も重い腰を上げ歩き出した。


―――――――


「ふむふむ…入場料か。アッチで支払えば良いのね。ランド来てきて」


手招きをしてランドを呼び、窓口にてクリスタルを提出してもらう。学生6人大人・・1人の入場料だ。

大人と言うのは後ろからこっそり付いてきている水無月の分。きっと気づかれてないと思っているのだが、同調の範囲に入っている為、声をかけずとも確認は取れている。もちろん、ランドも気配で気づいているだろう。


「クリスタル払いですね。お待ちください…」


ランドから渡されと緑色の石を機械に通す。ピピッと音がし、所定の金額が支払われた。


「お待たせしました。クリスタルをお返し…」


ピタッと窓口の店員さんの動きが止まる。ランドの顔を見て少し驚いてる表情も浮かべていた。


「どうしたんですか?この子の顔に何か違和感あります?」

「あ――いえいえ、失礼致しました。私立武装学園の学生さんですよね?」


質問を質問で返され不思議そうな顔で睦月は頷いた。


「そうですか。いえ、噂は聞いていたんですが…なるほど」


店員さんは1人で納得をした様に頷いている。目にはうっすらと涙が浮かんでいるようにも見えた。


「ごゆっくりしてください。もし全部見終わったら、仰って頂ければ、本来 閲覧禁止・・・・の王の間等も見学出来ますので、気軽にお声をおかけ下さいませ」


店員さんが頭を下げた。閲覧禁止の場所まで見学出来るのは何故なのかは分からなかったが、とりあえず2人は班員の所に戻る。


―――――――


「じゃあ、ここからは私達5人は別行動するから!」


突然の睦月の提案に、ランドと雪音以外の班員が驚いた。


「どうせこの人混みじゃ、迷子になるだろうから。それに、ランド見学って言っても何を見ても分かんないでしょ?このお城からさえ出なければ、後で合流出来るし」


チラッと愛花を見る。


「ランドが単独行動するからって、愛花ちゃん変な気を起こさないでよ」


ニヤニヤと笑い愛花の肩を突っついた。あの夜に何があったのか分からないが、その話をすると愛花が顔を真っ赤にさせて照れるので、それが面白くてからかいがいがあった。


「よし!じゃあ、ランド!いってらっしゃい!」


ぽんっと背中を押されランドは先に古城に入っていく。案の定中に入ると人がごった返しており、すぐに誰が誰だか分からなくなる。



古城は入るとすぐにメインホールがある。そのメインホールは鬼のように広く、天井も高い。窓は綺麗なステンドグラスで、赤や黄色、青と言った色とりどりの光がメインホールの床を色付かせていた。

そのホールの中は、代々この城に仕えて来たであろう騎士や執事達の写真が飾られている。

昔、この城が襲われたというのは嘘じゃないのかと言われるくらい綺麗な状態が保たれていた。


奥に進むと2階に上がる為の階段があり、2階には個別の部屋が複数あった。ただ、その場所はメインホールとは逆に、扉が破壊されていたり部屋が荒らされていたり、襲撃された当時のまま保管されていた。

ランドはボヤっとしながら、2階の廊下を歩いていた。3階に行く階段は、封鎖され立ち入り禁止の札がゆらゆらと揺れている。


「あ!この前のお兄さんじゃないですか!?」


聞き覚えのある声。けど、顔は思い出せない――もっとも、顔なんて最初から見えてないのだが、記憶を辿り思い出そうとするが、やはり思い出せない。


「あの時はありがとうございました!」


パタパタと足音が聞こえ近づいてくる2人の影。どこかで聞いた事はあるが、全くと言っていいほど思い出せない。


「あれ?もしかしてこの感じ…忘れられてる?」

「もしかしなくても忘れてるわね…」


決して派手とは言えないローブをまとい、赤色の髪、赤色の瞳、首からは何かのお守りの様な首飾りをさげ、腰には杖を携えている活発そうな女の子。もう1人の方も同じローブを纏い、青色の髪、青色の瞳、同じく首からお守りをさげ、腰に同じ形の杖を携えている、大人しそうな女の子。

昨日、裏路地で悪党に絡まれていた所をランドが助けた魔法学院の2人――フレイとアクアだ。

2人もこの古城を見学しに来ていたのだろう。2人だけでは無い。その他にも2人の後ろに同じクラスの子達が好意な視線をランドに向けている。









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