第14話 修学旅行編 暗殺者

まばゆい閃光と轟音と共に塔は崩れ落ちた。真夜中の街中が一瞬朝になるかの様な光と、轟音と共に大地を揺るがす振動。

土煙が上がりその中でランドは立っていた。龍王は解けており、立っているのが限界な様子であった。今度は特に怪我という怪我はしていないが、魔力を出し尽くし今にも倒れそうな勢いではあった。

疲労は感じないはずなのだが、肩で息をし少し苦しそうな感じもしている。

如月はランドに駆け寄ろうとしたが、それよりも先程攻撃を受けた妹の方が心配になり吹き飛んだ先に視線を送る。

少し離れた場所に倒れている皐月とその傍に、青い髪の人狼__ハルが手を合わせ何かを唱えると、皐月の身体全体が柔らかい青い光に包まれ傷が少しづつ癒えているようだった。


「あれは…治癒魔法か」


白龍の『慈愛』ほどの威力は無いが少しづつだが回復をしてる兆しが見えている。如月はまたランドに視線を映した。ランドもまた霞んだ目でコチラを見ていた。

これまでに、兄妹喧嘩なんて事は沢山あったが、これとそれは別物だ。命をかけ本気で殺し合うなんて事はしてこなかった。

弟が何かを守る為に戦う時、邪魔をした事は無かったが、まさか今さっき出会った奴隷達のために、ここまで本気で戦うなんて思いもしない。そして彼の強さの源でもある呪われた力……それは、人間の感性を失う代わりに手に入れた12の神霊しんれい達の中の呪われた辰の力、龍王を使うなんて…。

龍王は、封印等はされていないが使う度に命を削る技である。辰以外の11の神霊の力を使っても問題は無い。このりゅうの呪いを受ける事により十二支剣を扱うことが出来るのだ。

だが、扱うことが出来るとはいえ、普通の人間に多数の武器に変化するこの魔剣を扱うには多少厄介なものである。しかしランドはそれを全て使いこなすことが出来た。武器を手にした瞬間に、その武器の性能を瞬時に理解し使う事のできるランドの能力『完全武装フルウエポンマスター』。

皐月の『武装ウエポンマスター』とは違い、手にした武器の性能と隠された性能を完全に使いこなすことが出来る能力ちからなのだ。


如月は一先ひとまず弟の元へと駆け寄った。殺気はもう無い。塔を破壊するという目的を果たしたのだ、戦う理由もないのだから危険は無いだろう。

ぼんやりとした感じにただ立っているランドの服の胸の当たりを開ける。ちょうど首からすぐ下の部分から心臓がある位置まで、龍の手の様なアザがあり、何かを掴もうとしている。辰の力を使う度に龍の手が伸び、心臓を握ってしまうとランドの命が終わるというのを示しているのだ。

見るからに、後1回か2回ほど辰を使えば弟は天に召される…。ウチらがどんなに注意を払っても、人間の感性が無い弟は、簡単に使ってしまうだろう。

とりあえずは、まずこの事を赤龍に報告をしなければならない。如月は次に皐月の元へと駆け寄った。

人狼の治癒の魔法でだいぶ回復しているのが分かった。これならば、皐月を担いでドルク帝国に戻っても問題は無さそうだ。如月は改めてハルにお礼を言った。

ハルはまさか人間にお礼を言われるなんて思っても無かったみたいで慌てていたが、如月の誠心誠意な態度に手を止めた。


「すまぬな…あのバカはまだここに置いて置くが、明日になったらこの場所も少し騒がしくなると思う。お主らは自由の身になったのじゃ。帝国の者が来る前に逃げた方が身のためじゃぞ」


チラっと弟の方を見た。龍王の反動だろうか、未だに動く事は出来ない様だったが問題はなさそうだろう。皐月を担ぎ、再度ハルにお礼を言いその場から立ち去った。


人狼達はロウの元へと集まり相談をし始めた。自由の身になったのだ。森へと帰ろうと言う者が大多数となったのだが、ただこの奴隷として働かされていた者達の中で、別にそこまで酷い待遇を受けてたという物は居なかった者もいた。

むしろ、このままみんなで森へ行ってしまうと、今までお世話をしていた人間の家が心配と口にする者まで居たので人狼達は会議をする事にした。


______


ランドは空を見上げた。やっぱり夜は落ち着く。遠くの方で人狼達が話し合いをしているのが分かったが、声はここまで聞こえない。

自分がした事は正しかったのであろう。とは言え、自分が守ろうとしていた兄妹を傷つけてしまった事には少し心がざわついた気がした。あの狼達はこの後どうするのであろうか…。ランドは振り返らず背中越しに暗闇の中に声をかけた。


「俺は今、力を出しすぎて動けない。殺すならチャンスじゃないか?愛花あいか


ジャリッ…

名前を呼ばれ不意に砂を踏み足音を鳴らしてしまった。だが、彼には分かっているみたいだ。姿を隠してることも無いなと、陰の中からひっそりと同じクラス同じ武術科である愛花が現れた。


「いつから気づいてたの?」


愛花が問う。手にはナイフを持ちいつもとは違う雰囲気を醸し出している。


「最初から…かな。ずっと俺に対して僅かな殺気を放ってただろ?」


愛花はため息と笑い声を同時に出した。1番最初の自己紹介の時から、ランドの名前を知り、魔けんしと知り、そこで殺意が沸いた時からランドは気づいてたのだった。


「上手く隠してたつもりだったんだけどなぁ…気づいてたのに何も対処しなかったのは私の事を甘くみていたから?」

「いや…実力は皐月と同等かそれより少し上かなくらいかは思ってた」


ランドは身体が少し軽くなるのを感じた。龍王の反動がだんだんと和らいできたのだ。


「まぁ、皐月より少し上でも俺からしたらまだ余裕で対応できたからな」

「やっぱり甘く見てたんじゃん…」


月明かりが愛花の持っているナイフに反射する。キラリと光る刃先がランドに向けられた。


「でも、今なら私の方が余裕でランド君の事殺せるよね」

「やってみるか?」


ランドもまた身体を愛花に向けた。愛花が2歩から3歩ほど前に来ればあのナイフが当たるだろう。今なら身体も多少動く筈だ。奪い取って逆に愛花の身体にナイフを突きつける事も出来そうであった。

ランドは、1歩また1歩と前に歩き出した。相手が逆にしかもゆっくりと隙だらけで近づいてきた事に警戒をしたのだろう。一度横に飛び退く___が、ランドはその前を素通りし1番手短にあった木の根元に腰を降ろした。


「何してるの?」


愛花はナイフを構えたまま未だにランドの動きに警戒をしている。ランドは大きく背伸びをし、大あくびをすると目をぱちぱち擦る。


「まさか…この状況で寝るとかしないよね?」


愛花は一気にランドの距離を縮め、首元にナイフを押し当てた。ここまで来れば相手が何をしてこようが、少し手に力を入れれば殺せる間合いだ。しかし、相手はコチラをボーっと見ているだけで、それ以上は何もして来ない。


「ね…ねえ?本当に何もして来ないの?私、ランド君の事を殺そうとしてるんだよ?」

「んー…俺、この身体になってから寝るとか無かったんだけど、なんか今無性に眠いんだよな」


これも龍王を使った後遺症なのだろうか。普段も欠伸あくびや背伸びはするし、机に顔を伏せてはいるが寝る事はしない___というより出来なかったのだが、なぜだか無性に睡魔が襲ってくる。愛花を舐めている訳では無いが、反撃する気にもならない。

ランドは静かに目を閉じて寝息を立て始めた。


「えー…何これ。どうしよう…」


愛花にも愛花の事情がある。『ランド』『魔けんし』『龍の呪い』この3つのキーワードを持つ者が自身の恨みの対象なのだが…その対象が首元にナイフを当てられながら無防備に寝始めたのだ。

とても深い眠りに入ったのだろう。ランドが横に倒れ始めたので、咄嗟に愛花はそれを受け止めてしまった。


「あ…動けない…。本当にどうしようこんなに隙だらけでれるのに…」


愛花は手に持っていたナイフを地面に放り投げた。なんか馬鹿馬鹿しくなる。愛花は空を見上げた。綺麗な満月が空を照らしている。


「パパとママの仇なのにさ…なんでこんなに隙だらけなんだよ。暗殺者を目の前に寝るなんて…調子狂うなぁ」


ランドの頭を自分の肩に乗せてあげる。はぁ…とため息をつく。今日はもう遅い…。暗殺はまた今度考えよう…。愛花もまた目を閉じて寝息を立てる。






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