第9話 戦闘
おっす!
俺の名前は、仲間 友人(なかま ゆうと)。この私立武装学園に通う普通科の1年生!勉強とかめっちゃ頑張ったのに入れたのはまさかのCクラス…。でも、この学校に入れたのだからそこはヨシとする!
俺が何でこの学校に入りたかったと言うと、巷(ちまた)ではこの学校ってめっちゃ可愛い子とか多いって聞いてさ、もうこりゃ行くしかねぇだろって事で頑張ったんだ。
とりあえず、俺の目標としてはSクラスに入ることではなく、可愛い子と付き合ってマジで青春ウハウハな学生生活を送りたいってわけよ。こういう時って隣の席の女の子と気が合ってそこから色々始まったりするの多いじゃん?
なのにさぁ、俺の周りイロモノしか居なかったんだよ。前の席は、なんか掴みにくい2人でさぁ、〇〇たんが萌えてますなぁ~とか言っててなに話してるか分かんないし、後ろは後ろで、Cクラスの武術科の色男。いつも欠伸をして眠そうにボーっとしてるだけなのに、女子達もこういう無害そうなイケメン好きなのか?ってくらいに見てて、完全に前にいる俺の事は見えてない感じなわけ…。
最初は、周りに話しかける奴が居ねぇな程度に話しかけただけだったんだよな。でも、話してるうちに、あ。コイツ意外と面白いやつだなってわかったよ。
顔が良い奴とか強い奴って性格悪いの多いし、変に偉そうにしたりしないし、本当に"普通"な奴って気がしたよ。
でも、周りのヤツらって気づいてるのかな?コイツ、いつも笑ってるけど本心で笑ってないんだよな。表情だけ笑ってる感じ…。無理やり笑ってる感じがすごいするんだよ…
廊下にいた女子生徒達がざわざわと騒ぎ始めた。あぁ。やっとうちの王子様が登校して来たのか。今日はどんな話でもしようかな。
______
「なあランド。弾冴来てないけど、お前またなんかした?」
ランドの机に頬杖をつき空っぽになっている弾冴の席を見ながら友人は話しかける。
「え?あぁ…昨日から見てないかなぁ。なんかあったのかな」
ランドもまたチラリと席を見た。いつも隣に居る生徒が居ない。
「おま……昨日からって、昨日は普通に居たぞ。どんだけ興味無いんだよ…」
ランドもそうなのだが、弾冴もまたその実力が見えない武術科の生徒であった。スーパーヒーローに憧れていて、意外と前の席のオタク達と話し合うんじゃねえの?なんて思ったけども、アイツの性格の悪さが全面に出てしまい、未だに友達も作れず孤立していた。
朝の登校時間の終わりを告げるチャイムが鳴る。風邪でもひいたのかな程度でしか思わなかった。先生が教室に入ってきた。
「ふむ。弾冴君がお休みかな?学校には連絡来てないし、武術科は何か聞いてるかい?携帯とかLIINE(リーン)とか連絡先知ってる人はいるかい?」
「いえ、私は知りません」
愛花がハッキリと答えた。
「私も知りません」
クレイも答える。
「俺は携帯持ってません。何をする道具なのかも知りません」
ランドも答えた。周りのみんなは、なんか四角い箱みたいな物を持って来るのだが、あの携帯と言うのは何をする物かが分からないので、どうしたらいいのか分からずいつも困っていた。
「あ。今どき携帯知らない子居るんだね。ウンウン…」
ちょうどそこで教室のドアが開いた。弾冴だ。普通に遅刻だったみたいだ。
「こら弾冴くん遅刻ですよ。早く席についてください」
しかし、弾冴は俯いたままドアを開けた形で突っ立っている。
「どうしたんですか?ランド君とクレイさんの間の席ですよ。武術科は授業受けなくて良いと言っても朝のホームルームは全員出席ですよ」
それでも弾冴はそこから動かなかった。しかし、ただ1つの先生が言った単語に反応を見せた。
「ランド…らンど……殺す殺すコロす殺す殺すこロす殺すコロす殺す殺す殺す殺す殺す殺すコろす殺す殺す殺す殺す」
顔だけを向ける。様子がおかしい…。しかし、龍虎先生と他3人の武術科生徒にハッキリと弾冴の殺気を感じた。
教室のドアのすぐ前に座っていた愛花は、ナイフ位の大きさの鋼鉄の鋭い針を取り出すと、弾冴の頭めがけて突き出した。
弾冴はその動きを見ていなかったのにも関わらず針が途中で止められた。弾冴の背中から黒いモヤが上がり、そのモヤは手の様な形をして愛花の攻撃を受け止める。
「ネぇナんで攻げキすルノ?ねぇネぇネェ」
グイッと弾冴が顔を向けてきた。目は虚(うつ)ろ口からヨダレを垂らし汗はかいていない。明らかに意識がある様に見えない。
「…っ!」
愛花が声にならない悲鳴を上げた。武器を取り戻そうと必死に力を込めるが、武器はビクとも動かない。
「もっト俺に注目ヲしてヨしてよシテよシテシテシテシテシテ」
もう一本黒いモヤが立ち上がる。鋭い牙のような形になるや否や愛花を突き刺した。
そこで普通科の生徒にもやっと理解が出来るようになったのであろう。教室は悲鳴と逃げようとする生徒でごった返す。
「皆さん!落ち着いて!落ち着きましょう!」
龍虎先生も生徒達を落ち着かせようと焦っている。
「ヘラへらへら…ヒトリ倒しタぞ」
突き刺された愛花の身体が土色に代わり砕け散る。
「はぁはぁはぁ……ありがとうクレイちゃん」
突き刺す瞬間にクレイは土人形を精製。愛花と入れ替えたのだ。
その隙にランドは弾冴の懐に潜り込んでいた。右手をそっと弾冴の腹に触るように手のひらを向けた。
「魔撃!」
高出力の圧縮された魔力がランドの手の中で弾けた。ドンという音と共に弾冴の身体が後ろに吹き飛ぶ。
「龍先生。今のうちに」
今のうちと言うのは普通科の生徒を逃がせという事だろう。それと同時に学校全体に非常ベルが鳴り響きランドの身体も吹き飛ばされた。
吹き飛ばされた弾冴の意志とは別なのか、黒いモヤは1つの塊に合わさり大きな拳になるとランドを殴り飛ばしたのだ。
ランドの身体は面白い様に吹き飛び、Cクラス、Bクラス、Aクラスの壁を次々と突き破りSクラスの黒板がかかっている壁でようやく止まった。
普通科の生徒も武術科の生徒も一気に慌ただしくなる。非常ベルがなったと思ったら、壁が次々に破壊されていくなんて光景滅多に起こる訳では無いのだから。
不幸中の幸いだったのが、吹き飛ばされたランドに巻き込まれた生徒が居なかった事だ。
「あ。水無月(みなづき)おはよ」
Sクラスの壁にめり込みながらも、Sクラスの担任の先生だろう。大人な女性の先生に挨拶をする。
「ランド…学校では、水無月先生って言えって何度も言っただろ?」
女性とは思えない力でランドの体を起こす。ランドの身体はボロボロになっていた。頭からも血を流しており血だらけになっている。
「お前がそんなやられるなんて、相当ヤバい奴と遊んでんのか?」
「んー…なんか"見えない"んだよな…なんとなく気配がするんだけど、何してくるのか分かんないから避けられない感じ」
廊下に、弾冴が仰向けになって転がっている。目を閉じてぐったりと動かない。
だが、死んでない。ゆっくりとだが呼吸をしている。
活発に動いてるのは弾冴から出ている黒いモヤの様な物だった。
水無月はランドが開けた穴からそれを確認した。そして理解する。
「コイツは相性悪いな…ランド、お前アレが"見えてない"んだろ?」
アレというのは間違いなく黒いモヤなのだが、水無月が指を指す方向を見ても生徒達がバタバタしているだけで、他には何も無い。
「ランド。あの床に転がってる肉だるまを外に飛ばせるか?このままだと他の生徒が避難出来ないから」
「わかった」
ランドは腰からあの玉を取り出した。
「十二支剣奥義…跳兎(ラビット)」
玉が光を放つ。ランドの足に物々しい形の鎧が現れた。そこからウサギの耳がぴょこんと生えている。
ランドはすぐさま床を蹴り教室のドアを蹴り破ると一気に倒れている弾冴の元に駆け出した。跳兎を使うと、ウサギの様に跳躍力が格段に上がる。
なるべく姿勢を低くして見えない攻撃に当たらない様に__それでも弾冴に近づく度に、身体のあらゆる場所が斬られ血が飛び散る。
さっきの魔撃で本当は外まで吹き飛ばす勢いだったのだが、弾冴の体重で思ったより吹き飛ばなかった。手を抜いたつもりはなかったのだが、次は本気で吹き飛ばす。
弾冴の元にたどり着く。その頃には、先程とは比べ物にならない程身体中血だらけになっていたが、そんな事は気にしない。床を蹴り上げ勢いをつける。
「十二支剣奥義…亥突(イノセント)」
ランドの足に纏っていた鎧が、次はトンファーの様に変わると倒れている弾冴に突き立てた。
「魔連撃!」
ドドンッと2回轟音が響く。弾冴の身体が窓を突き破り校舎裏に吹き飛んでいく。それと一緒にモヤも吹き飛んで行った。
だが、まだ外に吹き飛ばしたと言うだけで終わりでは無い。ランドは追いかける為に足に力を入れた時だった。
「ゴフッ」
小さな咳と共に口から血が出る。思ったよりも自分の身体がボロボロな事に気づいた。視界が曇る。だが、まだこんな所で倒れる訳にはいかない。
ランドは駆け出した。弾冴が突き破った窓から外に飛び出した。そして後悔をする。思ったより遠くにある地面。ここが校舎の3階に位置するという事を忘れていたのだ。
_____
「なんなんだコイツ…」
剣を構え外に飛び出てきた弾冴と対面する赤龍。黒いモヤが全身を包み立っている。
「物の怪の類では無かろうか?」
不気味と言えば不気味。生き物なのか魔物なのかすらも分からない。先程、睦月から連絡があった。1年生のCクラス男子生徒があのモヤモヤの中にいると。
「ふむ。コイツは厄介じゃな…どうしたらいいものか」
「あのモヤをどうにかしないと中の生徒は助k…ぐふっ」
ドスンと鈍い音が聞こえ赤龍が倒れる。その上には、血だらけのボロボロになったランドが座っていた。
「いやー思ったより高くてさ。下に赤が居たからつい…」
「つい…じゃねぇ!!」
ワナワナと震え飛び起きる赤龍の勢いにランドは転げ落ちた。
「お前な!俺じゃなきゃ死んでるぞ!」
「おう!だからちゃんと風の精霊に頼んで赤の上に落ちるように調整したんだぞ!如月だと潰れちゃうからな!」
ランドの訳の分からない頭の回転をもっと違う所に向けて欲しいと、赤龍は頭を抱えた。
「ならば、風の精霊に着地の方をお願いすれば良かったんじゃないのか…それとお主、痛みを感じない身体とはいえ少々無理をしてたみたいじゃな」
如月はランドの頭をポンと撫でた。
「俺たちの弟が世話になったみたいだからな。ここからは俺らが相手してやるか…とはいえ、これはどうすればいいんだ?」
赤龍が再度相手に剣を向けた。実体はあるのだが、中身は生徒。あのモヤの様な物を攻撃しようにも多分だがダメージは入らないであろう。打つ手は無く相手と向かい合ったまま時間だけが過ぎていく。
「アイツが持ってるあの本みたいなやつ。あれ、なんか文字みたいの浮いてるし奪い取ってみたら?」
ランドが指さす方向には、黒いモヤの化け物しかいない。
「そうか…ランドはアイツが"見えてない"のか…お前、中身だけ見えているんだな」
赤龍はニヤリと笑う。ランドは色を見る事が出来ない。その為か、黒いモヤは見えずに中身の媒体している者しか見えてないのだ。
「こんな傷だらけの弟を向かわせるのは些(いささ)か申し訳ないが、ここは任せるしかないんじゃな」
「ランド。お前はそいつから本を奪え。お前が見えてないあのモヤは俺たちが何とかするから…行け!」
赤龍の言葉と同時にランドの足元で火薬が弾ける音が鳴り響いた。その反動と渾身の踏み込みと、全身のバネを使って、弾冴に向かって駆け出す。
だが、相手もタダで取られるわけにはいかない。モヤが手の様な物を伸ばしてきた。…が、赤龍の剣が鈍い音を響かせ実態の無いモヤを切り落とす。さすがに自分に攻撃が当たるとは思ってなかった様で戸惑う様子を見せる。
「これ以上コイツを傷つけさせる訳にはいかねぇんだよ」
ごうっ!と赤龍の身体が炎に包まれる。炎の中で哄笑(こうしょう)をあげた。赤龍の顔や腕に赤い鱗が現れる。牙が生えギョロリとした瞳がモヤを睨みつける。
赤龍の能力『竜人化』である。
かつて大昔に存在していたドラゴンの血を引き継ぎし代々伝わりし末裔である赤龍は、自身をドラゴンと人を合わせた姿になる事が出来る。
黒いモヤは身体を震わせるとその振動で空気が揺れ振動波が放たれる。放たれる破壊振動波を避ける事はできない。防ぐにはひとつしか手がない…。破れかぶれで赤龍の咆哮が放たれた。
彼のまわりで全ての空間が、歪んで跳ねる!波は、例外なく強い波によって打ち消される。空間爆砕によって無差別に広がる衝撃波によって、敵がこちらに向けて振動波を跳ね返せるはずだった。問題は、爆砕する空間の中心にいたランドが無事でいられるかということだった
既に、魔力も尽きかけ傷つき視界がボヤけるほどの血も流していたランドに、その空間を爆砕するような衝撃波に耐えれるはずもなくランドの身体はまたしても面白い様に後ろに吹き飛ばされた。
後ろに控える校舎にぶち当たり突き抜けてもその衝撃を抑えることが出来ない。
ガンッ!という音と共にランドは壁に当たり動きを止めた。足に力が入らず壁に寄りかかる。もう立っていられる程の力は残っていなかった。左腕は折れているのであろうか、動かす事も出来ない。
ランドは深く息を吐くと持っていた本を地面に落とした。
「あがぇおがぎぐがごおしさじょ!」
訳の分からない叫び声と共に、黒いモヤの化け物が吹き飛ばさたランドを追いかけていく。あの衝撃波の中、本を奪われ吹き飛ばされ校舎前まで行ってしまった本体を回収するべく、必死に追いかける。その突拍子もない行動に、赤龍、如月は1歩遅れてしまった。
突き破り穴の空いた校舎から出ると、力尽きているランドの足元に本が落ちている。化け物はまた手を伸ばし本を拾おうとしたのだが、不意に意識とは別に身体と本体が横に突き飛ばされる衝撃を受けた。
化け物が体制を整えようと地面に足(手?)をつくと、今度は地面が火薬の様に弾け飛んだ。
「ワシの血に触れるならば、貴様の身体は吹き飛ぶぞ」
如月の能力『爆砕血(ばくさいけつ)』だ。自身の血液を飛ばす事で、それに触れる者を爆砕出来るトラップ型の能力である。その爆発の規模は血の量で決めることが出来る。
先程、ランドが突っ込んだ際、加速をつけるために足元で爆発を起こした。その際、少量の血液が付着し、その後吹き飛ばされたことにより化け物が吹き飛んだ先に撒かれたのである。
如月本人もどこに撒かれたのかは知らない為に近づこうとはしなかった。
「なぁ!なんか楽しそうな事してんじゃねぇか!今度はアタシが相手してやるよ」
兄妹の中で唯一の女性の武術科である皐月が、ランドと化け物の間に立ち塞がった。武器などは無し。己の肉体のみで戦う拳士である。
「皐月!ランドの足元にある本を破壊しろ!!それを何とかすればそいつは倒せるはずだ!」
「うわっ。赤兄ぃ竜人化してんのかよ」
赤龍は竜人化をしなくても強い。自分の腕に自信のある皐月ですらも歯が立たないのだが、その赤龍が既に竜人化をして対峙している化け物を見てから視線をランドの方に移した。
うっすらと魔法文字が浮かび上がっている本が落ちている。その先に、意識が少しだけ残って、立っている事すら不思議な程に血まみれの弟がいた。
赤龍が化け物に飛びかかり上から抑えるように地面に化け物を抑え込む。
皐月は踵(きびす)を返すと、足元の本に強烈な一撃を繰り出した。…が、その衝撃はそのまま本に吸収され弾け飛ぶ。
「皐月!そいつは魔本だ!魔力のある物でしか攻撃は届かないぞ!」
「魔力…っつったってよ!アタシは魔力なんてコレっぽちも無いよ!赤兄ぃの剣を貸してくれよ。それなら行けるんじゃないのか!?」
「俺のはただの剣だ。魔剣でもなんでもないぞ!」
その時、鎖がジャラと音を立てて動く音が聞こえてきた。意識朦朧(いしきもうろう)の中、皐月に自分の武器を渡そうと持ち上げた。だが、魔力が無い皐月に渡されても使う事は出来ないのだが__
「……寅徹(こてつ)」
ランドの手の中に日本刀が現れた。きちんと鞘に収まっている。ランドは咳と共に吐血をする。魔力が切れた状態で魔剣を発動させたのだ、身体に負担がかかって仕方がない。
「ったく…確かにアタシは魔力なんてものは無いし、自分を鍛える事しか出来ないケドさ…アタシの能力はどんな皮肉なんだろうな」
皐月が寅徹を手にする。スッと音を立てずに刀が鞘から外れる。
ランドの十二支剣は、ランドしか扱う事は出来ない。例えそれが魔力を持った人が手にしたとしても、複雑に変わる武器の種類に魔力を一気に抜かれどうする事も出来ない。
___だが、皐月は変化した魔剣ならば扱う事が出来た。それは、皐月の能力『武装(ウエポンマスター)』だ。『武装』は武器を手にした瞬間にその扱い等を全て理解でき、扱う事の出来るチート級能力である。
「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁ゛や゛め゛ろ゛ぉぉぉぉ」
化け物が暴れるが赤龍に抑えられ身動きは取れない。手や足みたいなモヤをバタンバタンと音を立て暴れさせる。
皐月は刀を本に突き立てた。本は突き立てられた所から黒いモヤが立ち上ると、化け物はそのモヤは悲鳴を上げながら一緒に本の中に吸収されて行く。完全に本の中に入ると、黒い炎があがり本は燃え尽きてしまった。
「白龍!!来い!!」
皐月が叫ぶ。避難していた生徒の中から一際大きな男がコチラに向かって駆けてきた。その大きさは2mは超えており筋肉がモリモリで、丸太くらいの太さがある。これで普通科なんてバカげている。
ドスドスドスと足音が近くなってきた。正面に来た時は更に大きく見えた。白い短髪で春なのに夏服を着た大男__白龍は皐月を見下ろす。
「ランドがヤバい。白!ランドをたすけてくれ!」
「う…うん!ここ…ここだと場所が狭いから校舎裏まで連れてくね!」
体格とは裏腹に優しい口調で血だらけのランドを軽々しく持ち上げる。腕の中でぐったりとしている弟に目が潤んできた。
白龍は校舎に空いた穴から裏に向かう為に走り出す。如月も付いて行く。
皐月の手の中の刀がまた鎖付きの玉に変わると、意志を持ったかのように鎖が甲高い金属音をあげランドに絡みに動き出した。
皐月はため息をついた。そして今までランドを支えていた壁をポンポンと叩いた。
「もう大丈夫だ。この壁、取っても平気だぞ」
ガラガラと音を立て壁が崩れる。崩れた壁は粘土に変わりそして校庭にしずんでいく。
「あ…あのごめんなさい。わ…私、怖くて……みんなを守る事しか出来なかった…」
壁の裏にはクレイがいた。地面に両手をつき、校庭に眠る粘土で壁を作り後ろに隠れていた。その後ろにも数人の生徒達がいた。
「大丈夫だよ。むしろ、出てこなくて正解だ。変に手を出されたらあの馬鹿が無理してたかもだからな」
皐月は、ランドを抱えて走っていく白龍の後ろ姿を見た。
____
黒いモヤが晴れ中から、鼻水とヨダレを垂らしながらスヤスヤと眠る弾冴が出てきた。身体のどこにも異常は無いようだ。
皐月は弾冴に近づくと顔を踏みつけた。ぷぎゅぅと音と共に弾冴は目を覚ます。
「ふがふがふがー!ふんがふがふが?ふんふんふん!」
顔が潰され声を出せないのか、もはや何を言ってるのかすら分からない。赤龍に促され皐月は足をどけた。
「な…なんなんだよ!お前ら!人が気持ちよく寝てんのに!……ってあれ?学校?」
弾冴は飛び起き辺りを見回す。学校は学校なのだが、災害にあったのか校舎の所々が破壊されている。
「あ!あの願いを叶えてくれるあの本!アイツ俺の願いを叶えてくれてねぇじゃねぇかよ!何が明日になったら叶えてくれるだ!!アイツどこいきやがったんだ!?古本屋に売りつけてやる!」
赤龍がため息をついた。皐月も同じくため息をつく。
「って言うかよ!そこの赤毛の女!てめぇ俺の顔踏みつけやがったよな!このスーパーな俺様のイケメンが変形したらどうすんだ!ってうわぁ!気持ちわりぃ!なんだよ!この半蜥蜴人間(リザードマン)は!伝染るかも知んねぇからアッチ行け!」
皐月は軽く笑うと、強烈な蹴りが弾冴の腹に突き刺さる。聞いた事の無いような音と共に、弾冴は膝から崩れ落ちた。
「アタシはさぁ、この世の中で許せない事があるんだよ。兄妹をバカにされたり、兄妹を傷つけたりされるのが一番許せねぇんだよ…なぁ?」
皐月はヤンキー座りをすると、目の前で声にならない呻き声をあげながら蹲(うずくま)る弾冴の髪を掴み顔を持ち上げる。皐月の目力で弾冴は恐怖と痛みで顔が恐ばる。赤龍がその隣に座り弾冴の胸ぐらを掴み顔を引き寄せた。
「お前が使った願いが叶う本は、呪いの魔本だ。願いをした奴の生命力や身体の機能や自我に媒介し、いずれは飲み込まれていく…お前には分かるか?大切なものがいつしか泣く事も笑う事も怒る事も無くなり、兄妹や家族の顔も見れなくなり、花を見せても色も分からず、香りも嗅ぐことが出来なくなり、みんなの声や音も聞くことも出来なくなり、美味しい物を食べても味が分からず、痛みや寒さや暑さも分からない。人としての機能が段々と失なわれていく…残された者達はどうする事も出来ないこの苦しさがお前に分かるのかっ!!」
次第に声を大きく荒らげる赤龍。次第に弾冴は声もあげることも文句を言う事も出来ずに黙り込む。
「これからも仲良くしてあげてね。ホントは何も感じてないんだけど、仲良くしようとしてるからさ」
赤龍の話に耳を傾けていたクレイ達の隣に睦月がいつの間にか座っていた。
「え?あ…うん。でも、目も見えない耳も聞こえない鼻も効かないって…どういう事?ラン君、普通に私たち見えてるし声も聞こえてるのに…」
「匂いと味はどうする事も出来なかったんだけど、目や耳はある程度なら分かるんだぁ。4精霊の力を使って強引にそういう風にしてるってだけ」
しばし考えそして納得した。普通、1人の人間が精霊を身体に2体宿した時、魔力の枯渇で身体が耐えれなくなり酷い激痛が全身を襲い死に至る事がある。
呪いで感情や痛覚が無いランドは、その痛みを耐える事が出来るのだ。しかし、例え強さを手に入れる為とはいえ色んなものを犠牲にしすぎている気がした。
何故、そんなに強さを手に入れる事をしなければいけなかったのか。何故そこまでして強さを手にしなければならないのか___
まだまだ学校生活は始まったばかり。これからどんな事が起ころうとしてるのか…誰も分からない。私立武装学園に起こる出来事の、これはすべて、まだ始まりに過ぎなかった。
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