第8話 願いが叶う本

『教室内で無許可で私闘を行い、学校の備品を破壊した以下の者に罰を与える。


1年Sクラス ククル トイレ掃除10日

1年Cクラス ランド 草むしり3日


以上』


廊下にでかでかと紙が貼られる。私闘と言えば私闘なのだが、他の者の証言で、ランドは手を出していないと伝えたのだが、それでもどこかしらで一撃入れククルの紋章を破壊してる事には間違い無いので、出来るだけ軽い草むしり3日の刑に落ち着いた。


「いやぁ~ウチの王子様はやる事えげつないよなぁ。Sクラスに手を出しただけでは無く、泡吹かせて気絶まで追い込んだとか…聞いた話によると、そいつ失禁までしてたとか聞いたぞ」


ランドの前の席に座る普通科の男子生徒は、机に腕を置き頬杖を着きながら机にうつ伏せにしているランドの頭をポンポンと叩いた。


「うぅぅ…ユート。草むしり…変わってくれ…」


ユートと呼ばれた男子生徒は軽く笑いあしらう。

武術科と普通科では、やはりと言っていいくらいにどこかしら関われない壁というものが存在していた。

他のクラスの武術科の人達は、自分の武力を自慢したり、能力を見せびらかしたり、地位が高く普通科の生徒を見下したり、女子にモテるからと言って男子を毛嫌いしたり…そういった面で、普通科と武術科には見えない壁があるのだが、ランドはそういった物が無く、ただ席が前だったからというとそうなのだが、話してくうちに別に普通のヤツじゃんと感じていた。


「まぁ、3日で済んだんだから良かったじゃんか。ほら、頑張れよ王子様」


ランドを王子様と呼ぶ事に意味は無い。ただ茶化す意味でそう呼んでいる。


「いや、でも本当に爽快だったわ。あの授業の後にそんな事起きてたのかって後から知って後悔したんだよ。あのまま教室に残ってたら、あのSクラスの偉そうだった奴がボコボコにされる様を見れたんだなって」


ユートは、我先へと自分の教室に戻ってきてしまった事を後悔する。


「ボコボコに…って言うか、ラン君手を出てないけどね」


クレイが2人の会話に割って入る。

そう。傍から見ていた者からしたら、ククルが剣を振り回し勝手に倒れただけにしか見えていない。

だからと言ってククルが弱いわけでは無い。Sクラスに入れるほどの実力者なのだ。実際に、ククルの剣技はとても凄いものであった。

ただでさえ攻撃力はあるが重さで振り回すことが困難な大剣を、ククルの能力の『神速』と組み合わせる事で、攻撃範囲の広さや破壊力等を上手くカバーしあっている。椅子が斬られた時なんかは、椅子が倒れるまで斬られた事すら分からないくらい早すぎて見えなかった。

ただそれ以上に、その剣技を一瞬で見抜き回避をしたランドにも驚きを隠せない。




はぁぁぁ~…弾冴は深く長いため息を吐いた後に舌打ちをした。全然、何も面白くない!

そりゃあ、あのイケすかない金髪のナルシストが小便漏らして泡吹いて気絶したなんて事があったのは面白かったし楽しかった。だけど、それをやったのがスカシ天然野郎のランドってのが面白くなかった。

あの時、俺が変身してあの漏らし野郎をかっこよく倒してやれば、今ごろSクラスにクラス替えをされていただろうし、漏らし野郎に靡(なび)いていた女子達も、俺様のカッコ良さに惚れ込んでいたに違いないのに、手柄を全部ランドに取られてしまった。

コイツさえ居なければ、俺が注目の的だったのに…。イライラが募る。


弾冴はまた深くため息を吐いた。

いや…待てよ?コイツ、草むしりをするんだよな?

弾冴は何か思いついたのか、ニヤリと含み笑いをした。

アイツが草むしりをしてるだっせぇ姿を隠し撮りして、その写真をばら蒔いてやるか。ぶひひひひ、そうすりゃあアイツに騙されてる女子がみんな冷めて、本当にカッコイイのは誰かって事にきづくだろ。

ぶっぶふぃぶひひぶひぃ…笑いが止まらない。


~放課後~


「ねぇ…ランドは何見てるの?」

「んー?…空かなぁ」


放課後、ただただ広い学校の裏側にある野原で、ランドは胡座(あぐら)をかき空を見上げていた。

睦月は制服が汚れるのが嫌だったので完全には座らず膝の上に頬杖を乗せ空を見上げる。

雲ひとつない青空が広がっている。特に何があるという訳でも無いその空を、2人で見上げていた。


「ってそうじゃないの!何これ!」


授業中に能力を使い会話をしていた罰として、睦月はサボるかもしれないランドの監視役として抜擢されてしまった。…のだが、座って空を見上げているランドの足元で、土から急速に1本の雑草が生えると、ポンッという音と共に草が抜ける。抜けた草は風に乗り1つの場所に舞い落ちる。しばらくすると、また1本の雑草が生えては抜けての繰り返し。


「なんか、抜いた草を見せないといけないみたいだったから…」

「そうだよね。うん。それはそうだよね…ランドが真面目にやる訳ないよね」


睦月は、こんな事に使われている土の精霊が不憫に見えて仕方なかった。ただ永遠と草を生えさせられ、それを抜いてはまた生やす。もし精霊に感情があったならば、ストライキを起こして出ていってしまうだろう。つくづく精霊に感謝するしかない。


「ねぇランド。学校楽しい?」


今日、ランドに会いにCクラスに行ったら、武術科ではなく普通科の男子生徒と仲良く話していたのを見かけた。

武術科という壁も無く普通科の生徒と仲良くなってるランドを見て声をかけなかった。


「んー…楽しい…ってどんな感じなの?」


不思議な質問が逆に返ってくる。睦月は全てを分かってるのか、ごめん。何でもないとだけ返しまた空を見上げる。

そんな質問…ランドにとっては愚問でしかないのにと少し後悔をした。


_______


「ぶふふ…ふぅふぅ…くそっ何だこの部屋!」

弾冴は、校舎裏で反省して情けない姿で草を毟(むし)っているであろうランドの姿を隠し撮りする為に、よく分からない部屋に侵入していた。

埃が宙に舞い弾冴の汗にベトベトとくっついてくる。掃除も行き届いてないのか、そこら中に蜘蛛の巣まで引っかかっている。


「ゲホッ…ゴホッゴホッ…何なんだよ。この学校ムダに広いんだから清掃員くらい雇えや」


窓には分厚いカーテンがしてあり部屋は少し薄暗く、物が散乱し足の踏み場すらないような所を、弾冴は気にせずにズカズカと入っていく。


「ぶひひひひ…これ窓だよな。アイツどんなだっせぇ姿を見せてくれるのか楽しみだぜ!ぶひひぃひぃひひひぃ」


弾冴がカーテンに手をかけるとガタンッと大きな音をたて何かが落ちてくる音がする。弾冴はカーテンは後回しにし、音がなった方を見ると1冊の分厚い本が落ちていた。

それを拾い上げると、今度はカシャンと金属製の何かが落ち散乱した物に紛れてどこかへ行ってしまった。

何が落ちたのかは確認をせず(した所でどこに落ちたのか分からないので)本を見てみる。何か禍々しい表紙で不気味な本であった。

徐(おもむ)ろに本を開いてみるが、他の本と違い字も絵も何も書かれていない真っ白なページが続く奇妙な本であった。


「チッ…なんだこれ。何も面白くともなんともねぇ」


弾冴は本を閉じようとすると、さっきまで何も書かれていなかった本に文字が浮かび上がってきた。


【やぁ、こんにちは】

「うわ!気色悪ぃ!なんだよ!これ!」


本を投げ捨てようとしたが、また続けて文字が浮かび上がる。


【気色悪いなんて言うなよ。お願いだからこのまま本を開いていてくれよ】

「は?この本…俺の言葉に反応してるのか?」


この薄気味悪い本に少し興味を持つ。


【ありがとう。いやぁ~随分と長い間ここに放置されちゃってね本当に助かったよ】

「なんだお前、放置されてたって何か変な事でもしたんじゃないのか?」


傍から見れば本に話しかける変人っぽいが、幸いにもここには弾冴以外は誰もいない。


【いやいやいや!何も悪いことはしてないよ。むしろいい事をしてたんだよ】

「いい事をしてた?」

【あぁそうさ。私は、どんな願いでも叶えることが出来る魔法の本なんだ】

「在り来りだな。どうせ、私の力を超える範疇(はんちゅう)はぁ~とか、願いは1つだけで~とかそんな感じなんだろ?」

【いやいやいや!私の仲間の本達はそういう物もいたが、私は違うぞ。どんな願いでも好きなだけ叶えてあげる事が出来るんだ】


ゴクリと弾冴は唾を飲み込んだ。こいつはすげぇ物を見つけてしまった。こんな素晴らしい物がありながら、この学校はこんな薄汚い場所に放置するなんて頭がイカれてるとしか思えない。


【さぁ、本を開いたキミに、何でも好きな事を願うがいい。私が叶えてあげよう】

「ぶひひ…だったら、ぶっ殺したいヤツがいるんだ!ランドっていういけ好かない奴なんだけどな!そいつに最初負けてから俺の学校生活はめちゃくちゃだ!」

【ほぉ…殺したいというか】

「ああそうだ!そんで、俺はアイツに勝ち、毎日の様に俺は注目の的になってな、あの憧れのスーパー戦隊の様に、カッコよく強くなるんだ!」

【ふむふむ…強くて人気者になりたいか。いいねキミ!欲望にまみれてるね!】


本に褒め?られ弾冴はつい顔を赤くし照れる。


【ウンウン。これはとてもいい願いだよ!誰かを殺したいとか、強くなりたいとか、支配をしたいとか…そういう願いを待っていたんだよね】

「いや、まぁ殺したいって言ったのは言葉のあやって奴で、実際に殺したい訳じゃねぇぞ」


弾冴は少し寒気を覚えた。冷静になってから考えてみた。やはりおかしい。何でも無制限に願いを叶える魔法の本が、何故こんな所で眠っていたのであろうか。これが本当なら国宝級のアーティファクトとしてもっとどえらい宝庫室に保管されててもいいくらいのレベルだ。


【ちょっと準備が必要だから、願いを叶えるのは明日まで待ってくれないか?明日になったら全て君が望んだ事を叶えてあげよう】

「いや…ちょっと待て。やっぱりさっきの無しにしてくれ」


弾冴は本を置き後ずさりをした。足に物が当たりその下から先程本から落ちてきた物が出てきた。

それは、錆びて断ち切られてしまった鎖と、その先にな何か複雑な形をした錠前だった。


【いやいやいや!私たちの契約は既に済んだんだ。拒否する事は出来ないぞ。お前の負の感情が私の力と変わる。久しぶりの美味い食事をありがとう】


本は勝手にペラペラとページがめくれ勝手に閉じる。弾冴は気味の悪い本を残しその教室から走って逃げ出した。


______


「ランド?どうしたの?」


空を見上げていたランドが、不思議そうに校舎がある方を見ていた。あの校舎は建て壊しが決まっている古臭そうな旧校舎だ。そこに何があるといった事は無いが、ひとつの部屋のカーテンがゆらゆらと揺れている。


「どこか窓でも割れてんのかな?風も無いのにカーテン揺れてるね」


別に幽霊とか信じてる訳じゃないが、カーテンが揺れていることに少し寒気を覚える。まだ太陽が空を照らしてると言えど、旧校舎の中は電気がついてないせいか薄暗く怖い。


「ねぇランド。そろそろそれいいんじゃない?雑草の山が出来てるし」


いつの間にか、全自動草むしりは山を築き上げていた。


「絶対これ意味無いから…赤兄ぃが見たら絶対怒るだろうなぁ」


ランドはすっと立ち上がる。そのタイミングと同時くらいだろうか、雪音が校舎裏まで兄を迎えにきた。

さっき校舎の方を見てたの雪音ちゃんの気配でも感じ取ったのかな?なんて思いながら睦月も立ち上がる。


「あー!もぅ、疲れちゃった。ねねランド!今日の夕飯、飾音お母さんの所で食べてっても良いかな?」


ランドは睦月の肩に手を置く。しばらくして


「あぁうん。全然構わないよって言ってた」

「……いや。うん。分かってたんだけどさ、ランドって携帯持ってないの?なんか事ある事に私を"使う"よね?まぁ良いんだけど…」


何を言おうがランドに分かって貰えないのは分かっている。睦月は深いため息をついた。

飾音お母さんのご飯楽しみだなぁなんて思いながら3人は帰路についた。





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