第40話 泣いちゃった……


 その後、俺たちの叙任式はつつがなく執り行われた。


 執り行われてしまった。


 かくして、俺は騎士になったのである。


 終わった…………。


「ぽへぇぇ〜」


 全ての希望を失い、与えられた自室のベッドに寝転がって脱力する俺。


「もうだめだ……おしまいだ……なにもかも……」


 おそらく、明日からは地獄のような日々が待ち受けているのだろう。


 セルジュやドロテとやりたくもない騎士としての訓練をさせられ、テレーズとかいうクソどうでもいい存在を命がけで護らされ、常に心が安らがないクソのような毎日……想像しただけで反吐が出るぜ。


 俺は好きな時に好きなことをして、気が向いたときに弱者をいたぶる平穏な暮らしがしたいだけなのに……こんなのあんまりだ! 俺が一体何をしたというんだ……っ! 可哀想すぎるだろ……!


「うっ、うぅぅっ!」


 悲しみのあまりベッドに顔を埋めて泣く俺。まさに悲劇のヒロイン? だぜ……。


「僕は……こんなに良い子なのに……っ!」


 そんなこんなで自己憐憫に耽っていると、突如として部屋の扉がノックされた。


「……あ? こんな時になんだ? 空気を読め」 


 俺はため息混じりにそう呟く。せっかく悲劇のヒロインごっこに興じていたのに……萎えたぜ。


「セルジュが戻ってきたのか……?」


 ……そう、ここはよりにもよってセルジュと同室の二人部屋なのだ。俺が今寝ているのも、実は二段ベッドの上の段である。


 偉い方が上に寝るのは当然だよな!


 ――それはそれとして、あんな訳の分からんクソガキと寝食を共にしなければいけないなんて、一体どんな罰だ!


 せっかく宮殿に来てやったのに、お屋敷にいた時よりも不自由な暮らしをさせられているぞ!


「ぐすっ……!」


 俺が再び悲しみに浸ろうとすると、またもやノックの音が響いてくる。


「……よく考えたら、セルジュなら普通に入ってくるよな」


 となると、別の誰かか。


「はい。いま出ます」


 仕方なく、俺は謎の来客に応対してやることにした。まったく、俺が絶望している時に余計な手間をかけさせやがって。実に腹立たしい。ふざけた用事だったら潰すぞ……!


 怒りを抑えつつ扉を開けると、そこに立っていたのはドロテだった。


「ご、ごきげんよう、アル」


 しかも、野蛮な猿にしてはいつになくしおらしい。生意気にもお嬢様みたいな挨拶までしやがって。


 まさか、俺のように頭を打って前世の記憶にでも目覚めたか?


「ごきげんよう。どうしたのドロテ?」


 疑問は尽きないが、とりあえず用件を聞いておく。

 

「お礼を……言いにきたの」


 すると、ドロテは顔を真っ赤にしてもじもじしながら答えた後、続けた。


「そ、その……ありがと」


 ……ドロテ。貴様は俺に感謝すべきことが多すぎて、どれに対するお礼なのかわからないぞ。


「アルがあたしの為に怒ってくれて……嬉しかった。そのせいで騎士を辞めさせられそうになっちゃったのに……カッコいいって思ったの」


 ――ああ、なるほど。


 そういえば、コイツとリーズはとんでもない勘違いをしているんだったな。貴様らが余計な弁明をしてくれたお陰で、俺はテレーズの騎士として就任することになってしまったのだ。


 思い出しただけで腹が立つ。


「間違ってるよ、ドロテーヌ」


 貴様が述べるべきなのは感謝ではなく謝罪の言葉だろう。……と言ってしまいそうになったが我慢する。


「どんなに馬鹿にされても胸を張って気にしないでいることの方がカッコいいと思うんだ」


 うん! なんか今の俺、すごく良いことを言っている気がするぜ! なんて立派なこころざしなんだ……! 


「僕は……君のことを止めたのに、それが出来なかった。……王様の言う通り、本当なら騎士失格だよ。(失格になりたかったなぁ……)」


 クソ……思い出したせいでまた気分が沈んできた……。


「初日から問題を起こすなんて、僕……騎士としてやっていけるのかな……(やっていけないから失格になりたいなぁ……)」


 王から騎士失格を言い渡されたあの瞬間に戻ってやり直したい。そんな想いでいっぱいになっていたその時。


「らしくないわ、アル」


 突然、ドロテは俺のことを抱きしめてくる。あまりにも唐突に行われた蛮行だったので、回避することができなかった。


 これ、セクハラですよね??? 訴えますよ!!!! 裁判所にも問答無用できてもらいます!! 覚悟の準備をしておいてください!


「……大丈夫。あなたはもう、誰にも負けない立派な騎士よ。……少なくとも、あたしにとってはそう」


 心の中で抗議する俺をよそに、ドロテは話し続ける。


 だからその騎士とやらになりたくないんだよ!


「だからあの、い、一緒に頑張りましょっ!」


 言うだけ言って、ドロテは走り去っていった。自分のした愚かな行いが急に恥ずかしくなったのだろう。


「……頑張りたくねー」


 かくして、地獄のような騎士生活が始まったのだった。

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悪役貴族、さらなる外道へと覚醒する~バッドエンド確定の世界に転生したので、最強になって無理やりハッピーエンドを目指します~ おさない @noragame1118

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