第37話 下民が苦しむ姿を想像しただけで晴れやかな気分になるぜ


 恐怖の屋敷を無事に脱出した俺は、長時間馬車に揺られて王都に到着していた。


 もちろんリーズも一緒だ。俺の向かい側でやたらと楽しそうに座っている。


 ――ここに来るまでの間、リーズは目を輝かせながら「アル……! 私たち、お城で暮らすんだよね……!」だとか「お姫様の騎士って、なんかカッコいいよね……!」といった心底どうでもいい話をしてきて、この上なく鬱陶しかった。


 こちらは迫り来るメイド軍団と、はしゃぎまくる貴様の相手を立て続けにしたせいで、既にヘトヘトだというのに。実にいい気なものだな。


 危うくその邪魔な口を塞いでやりたくなったところだ。この世界にガムテープが存在しないことが悔やまれる。


 俺は拳を固く握りしめた。


「き、緊張するねっ」


 すると、俺の仕草を見て勘違いしたリーズがそわそわしながら話しかけてくる。


「いや別に。僕は平気」

「強がってるアル、かわいい……!」


 ガストンといいリーズといい、近頃は下僕に舐められているような気がするな。優しくし過ぎたか?


「……早く降りよう」


 俺は不愉快な気分になりつつ、そう言って先に馬車を降りた。


 現在俺たちが居るのは、広々とした庭園だ。その正面には、立派な宮殿がそびえ立っている。


 庭といい王宮といい、実に豪華な造りだな。下民どもの血税と労働力を湯水の如く投入して建てられたこの場所に住めるのかと思うと気分が良いぜ。姫様の騎士に選ばれるのもそれほど悪いことじゃないかもしれないな!


 今朝からブルーな気持ちだったが、おかげで少しだけ元気を取り戻すことができた。


 搾取され、貧困に喘ぐ下民どものことを想うと笑顔――ではなく涙が止まらない。


「わぁ…………!」


 俺に続いて馬車から出てきたリーズが歓声を上げる。どうやら、豪華な血税パレスが気に入ったらしい。ご満悦の様子である。


「すごい……! すごいよアル! 見て見て!」

「う、うん。もう見てるけど……」


 いくらなんでもはしゃぎすぎだぞ貴様。尻尾があったら間違いなく振っていただろうな。そんな風に思い、一人で騒ぐリーズにドン引きしていたその時。


「リーズ、アルベール! また会えて嬉しいです!」


 突然、近くで俺の名を呼ぶ声がした。


「…………?」


 声の聞こえた方へ目をやると、そこには俺にふざけた役職を与えた問題の人物――第一王女テレーズの姿があった。


 その瞬間、先ほどまであれだけうるさかったリーズは突然大人しくなり、さっと俺の後ろに隠れる。いつもの人見知りが発動したようだ。


 ……まったく、先が思いやられるぜ。


 仕方ない。俺が仲良く王女とお話ししてやるか。


「お久しぶりです、テレーズ王女。……ええと、この度はわたくしに栄誉ある騎士の称号を与えてくださり――」

「やめて、アルベール。堅苦しいのはなしにしましょう?」


 テレーズは俺が一晩かけて考えた媚売りの挨拶を笑顔で打ち切ってきた。


「分かりました……」


 なんて女だ……! 俺は、心の中で膨れ上がっていく憎しみを抑えつつ返事をする。


「ところで、この場所で何をしていらしたのですか?」

「お茶会……かしら?」


 言いながら、テレーズは遠くを指さす。そちらを見ると、そこには椅子に座って優雅に紅茶を飲むセルジュとドロテの姿があった。


 どうやら、奴らの方が先に到着していたらしい。


「みんなでお話ししていたところなの!」

「そ、そうですか……」


 それにしても、戦闘狂セルジュ色情魔ドロテが並んで紅茶を啜っている様は中々に面白いな。笑えるぜ。


 というか、王女と三人でなに話してたんだよ。組み合わせが謎すぎるだろ。


「もうすぐあなた達を正式に騎士として認める叙任式があるのだけど……待ちきれなかったからお部屋を飛び出してきたのですよ!」


 間抜け二人を心の中で嘲笑っていると、テレーズが聞いてもいないことをペラペラと話し始めた。


 ……部屋から脱走したことを誇らしげに語るな。王女ならもっと落ち着きを持て。所詮はガキだな!


「きっと今頃、爺やが大慌てで私のことを探し回っているわ」


 そう言って胸を張るテレーズ。


 だが残念ながら、この会話は俺とリーズを連れてきた馭者に聞かれたので、貴様はもうすぐその爺やとやらに連れ戻されることとなるだろう。


 面白いから指摘せずにしばらく泳がせておくがな!


(王女の居場所をこっそり伝えておいて下さい)

(うむ。心得たでござるよアルベール殿!)

(ありがとうございます)


 俺が馭者に目くばせをして意志の疎通を図っていると――


「あ、あの、テレーズ……さまっ」


 珍しくリーズが発言をする。


 背後から少しだけ顔を出してテレーズを凝視するその姿は、さながら変質者のようだった。


「はい、なんでしょうか?」

「お姫様が一人で出歩いて……危なくないの……?」

「もちろん、大丈夫です!」


 テレーズは笑顔で答えた後、こう続ける。


「だって、今日からはとても強いあなた達が護ってくれますからね」

「そ、そっか……」


 何故か納得した様子のリーズ。貴様は本当にそれでいいのか。


 こんな好き勝手に動き回る奴の護衛など、命が幾つあっても足りないぞ。


「――さてと。これで皆さん揃いましたし、そろそろお城に入りましょうか」

「お城の中……見たい……!」

「うふふ、私が案内しますね。誰にも見つからずに回る方法を、寝ずに考えましたから!」


 自信満々に話すテレーズ。


 ……だがしかし、城の中に足を踏み入れてすぐ、お転婆お姫様は爺やに見つかって泣きながら連行されていった。


 そして残された俺達は、駆け付けた使用人に住む部屋まで案内されることとなったのだった。一件落着だな!

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