第36話 押し寄せるメイドの群れ
一ヶ月後。
「くっ……ついにこの時がやって来てしまったか……!」
朝、使用人たちの手によって半ば強引に騎士として相応しい装いへと着替えさせられた俺は、自室に引きこもって頭を抱えていた。
そう、今日こそがここを発つ日なのである。
「アルベール様……あっしも寂しいでゲス……!」
その時、隣に立っていた下僕のガストンが言った。
「お前……いつの間に!」
「癖になってるんでゲス、音殺して動くの」
「なんかムカつくから黙れ」
「すごい理不尽でゲス……!」
だが確かに、近頃こいつの隠密スキルが向上しすぎているような気がするな。
「そ、そんなことより、あっしはアルベール様とお別れするのがとっても悲しいと言いに来たんでゲス……!」
目を潤ませながらわざとらしい声の調子で言うガストン。
「本当は?」
「めちゃくちゃ嬉しくて昨日は一睡も出来なかったでゲス! 監視の目がなければこの屋敷でやりたい放題ですゲスからねぇ!」
相変わらずの下衆だな。反吐が出るぜ。
「お前の監視はエドワールお兄さまに頼んである」
「………………ッ!」
俺の発言を聞いたガストンは目を大きく見開く。
「不審な動きをしたら丸焼きにして食えと言っておいた」
「…………短い夢だったでゲス」
そして絶望した表情でその場に座り込んだ。
「さてと……お前の苦しむ姿を見て多少は気分が晴れたし、出発するか!」
「性根が腐りきってやがるでゲス……! アルベール様は一度、心優しいあっしの爪の垢を煎じて飲むべきだと思うでゲス!」
「……………………」
なんかこいつ、俺に似て来た気がするな。理由は不明だが。
――豚と同類だと気づいてしまったら俺の精神がもたないので、深く追求するのはやめておこう。
俺はガストンから目をそらし、部屋の窓から外を覗き込む。すると、屋敷の庭にはすでに王宮から遣わされて来た馬車が停められていた。
あれに乗り込んだら、しばらくはここへ帰ってくることができないだろう。
「……さらばだガストン。ジルベールお兄さまに殺されていないことを祈る」
「ゲスうううううううううううううう!」
俺はガストンの悲鳴を背に、覚悟を決めて部屋から出る。
するとその先には――
俺を慕う屋敷のメイド全員が、廊下の両脇にずらりと並んでいた。
「行ってらっしゃいませ、アルベール様……!」
メイドどもは、俺に向かって涙声で見送りの挨拶をする。
実に感動的な別れだな。俺の方も涙が出てきそうだぜ。
「みんなありがとう。……行ってきます!」
……思っただけで全然泣けなかったので、仕方なく可愛らしい笑顔をメイド達に向けてやった。
すると次の瞬間。
「いがないでぐだざいいいいいっ! アルベールさまああああっ!」
突然、メイドのうちの一人が俺に抱きついてきた。
「うぐっ!」
無駄に大きい胸に埋められたことで視界が塞がり、息が出来なくなる俺。
まさか……俺の命を狙う裏切り者はメイドどもの中に居たのか……?!
「最後に……っ! もっと甘えてくださいっ、アルベール様っ!」
一瞬だけそう思ったが、どうやら違うようだ。
メイドは、国宝級の可愛らしさを持つ美少年である俺の顔を無理やり胸に押し当てるという、国家反逆罪に等しい行為をしながら、尚も話を続ける。
「毎朝、お部屋に居るアルベール様をお呼びするという幸せな役目がなくなってしまったら
こわ。意味の分からんことを生き甲斐にするな。ストーカーじみているぞメイドその一。
「だ、大丈夫だよ。たまにはここへ帰ってくるだろうから――」
強めの恐怖を感じた俺は、襲いかかってきたメイドをさりげなく引きはがし、宥めようとする。
だが、その瞬間――
「アルベールさまっ!」
「どうしても行ってしまわれるのですかっ!」
「
「う、うわああああああッ!」
思わず絶叫する俺。伸びてくるメイドどもの腕。お日様の匂い。胸。黄色い声。
――その時のことは、俺にとって一生のトラウマになった。
*
「クソ……っ! 汚されちゃった……」
メイドどもに揉みくちゃにされつつ、やっとの思いで外へ出た俺は、そう呟く。
せっかくの正装が手垢まみれだぜ……。
「アル……だいじょうぶ?」
よろめきながら馬車へ乗り込むと、先に準備を済ませていたリーズが心配そうな顔をしながら問いかけてきた。
「う、うん。色々あって出るのが遅くなっちゃったけど……大丈夫」
全然大丈夫じゃないんだが?
まさか、この屋敷を徘徊するメイドどもがあんなにも恐ろしい存在だとは思わなかったぞ。もうお家帰りたくない!
「みんなとのお別れ、ちゃんとできた?」
「うん。――心配してくれてありがとう、リーズ」
「は、早く出してもらおっ!」
俺が礼を言うと、リーズは顔を真っ赤にしてそっぽを向く。
「……そうだね」
こんな化け物だらけの屋敷に居られるか! 俺は王宮に行かせてもらうぞ!
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