第35話 名門貴族の三男、屋敷から追放される


 紆余曲折を経て、武闘会が終わった。色々と散々な目にあったが、これでようやく帰れる。


 ちなみに、二日目に行われた『達人の部』に参加したお父さまは、二回戦目でセルジュの父親に負けた。


 クローズ家の品格が落ちたのは癪だが、なかなかの見ものだったぜ。お陰でわざわざ来た甲斐があったと思えたので結果オーライだな。


 そんなこんなで、お父さまが公衆の面前で無様に敗北した翌日の早朝。


「ほら、早くしないと置いて行っちゃうよガストン!」


 俺たちは屋敷へと帰還するため、仲良く馬車に乗り込んでいた。


「ま、待って欲しいでゲス! アルベール様が言うと冗談に聞こえないでゲスっ!」

「だって本気だからね」

「ゲスううううううう!」

「あはは。冗談だよ」


 俺はガストンと微笑ましい会話をしつつ、席に座り直す。


 ちなみに、お父さま達は別の馬車に乗っているので帰りも同じ面子だ。


 向かい側の席には、リーズとお母さまが並んで座っている。


「もう。あまりガストンのことをからかってはいけないわよ、アル」

「ふふふっ! アル、おもしろーい!」

「ひ、酷い待遇の差を感じるでゲス……!」


 二人の反応を見たガストンは、悔しそうに歯軋りをする。


 だが当然のことだ。


 下着を盗む変態の豚である貴様と、クローズ家の天才美少年であるこの俺では、人としての“格”が違うからな。同じ扱いをされるはずがないだろう。


 君は日々の行いから改めるべきなのだよガストン君。


「くっ……! 人格の腐り具合は向こうの方が上のはずでゲスのに……結局顔でゲスか……ッ!」

「ん? 何か言ったかい?」

「ケッ、ただの独り言でゲスよ!」

「い、いきなりどうしたのガストン……? 僕、そんな風に怒鳴られたらびっくりしちゃうよ……っ! ぐす……っ」

「…………………………」


 無言で俺のことを見つめてくるガストン。ククッ、行きの馬車でのやり取りを思い出すな!


「こら、ガストン。そこまで怒らなくても良いでしょう?」

「………………さいてー!」

「どうせこうなると思ってたでゲス……ッ!」


 かくして、俺たちは馬車の中でほのぼのとしながら、屋敷へと帰還するのだった。


 *


 ――そして次の日。


 俺とリーズは、揃って書斎へと呼び出された。


「失礼します、お父さま」


 室内へと足を踏み入れると、そこには珍しくお母さまの姿もあった。


「おお、来たか二人とも!」


 お父さまは、嬉しそうな表情で椅子から立ち上がって言う。


「……ええと、僕達に何か用でしょうか?」


 分かり切っていることだが、念のため俺は知らん顔をして問いかけた。


 ――覗き魔のガストンから聞いた話によれば、俺とリーズが第一王女テレーズの騎士として選ばれたというしらせは、すでにお父さまとお母さまへ伝わっているらしい。


 まず間違いなく、その件で呼び出されているのだろう。


「素晴らしいぞ! まさか、お前達が栄誉ある王族の騎士として選ばれるとはな!」


 ほら来た。


「もちろん、俺は反対しない! クローズ家の人間として、立派に務めを果たしてこい!」

「チッ」

「ん? 何か言ったかアル?」

「いいえ。何でもございません」


 …………とはいえ、お父さまが嬉々としてこの話に賛同するのは予想通りだ。


 重要なのはお母さまの方。


 疎ましく思っているであろうリーズのことはともかく、可愛らしい末っ子であるこの俺が若くして危険な騎士の任務につくなど、到底受け入れられないはずである。


 さあ、全力でお父さまに反対するのだお母さま! 


「……ねえ、あなた。私からも一つ、言いたいことがあるの」


 ほら来た!


 俺が心の中でウキウキしていると、お母さまは俺たちの前にゆっくりと進み出てくる。


 そして、何故か「今の私は慈愛に満ちていますよ!」という感じの眼差しを向けてきた。


「二人とも……頑張ってらっしゃい」

「えっ」


 …………は? この俺に向かって頑張れだと? 予想外の発言すぎて俺の脳が理解を拒んでいるんだが?


「アル。あなたはきっと……どこへ行っても大丈夫だと思うわ。だから心配はしない。――どうかリーズのことをよろしくね」

「……も、もちろん。分かっていますよお母さま!」


 おいおい、待て待て待て! ふざけるな! 完全に送り出される流れになってやがるぞ……!


「で、でも! 僕は少しだけ不安です……」


 仕方なく、俺は行きたくないアピールをした。


 さあ、これで察しろお母さま! 俺は騎士なんてふざけた仕事はしたくない! 親子の絆的なやつで俺の本心を感じ取ってくれッ!


「……大丈夫よ。あなたなら立派に騎士の務めを果たせるわ!」

「……………………!」


 クソが……!


「――そして、リーズ」

「…………はい」

「今まで……冷たく当たってしまってごめんなさいね」

「………………!」


「今さら何を言っても遅いと思うけれど……辛くなったらいつでもここへ戻って来て良いのよ」

「………………はい」

「アルのこと、よろしくお願いね」

「…………うん」


 小さく頷くリーズを、そっと抱きしめるお母さま。


「…………あなたのこと、愛しているわ。リーズ」

「……………………っ!」


 おい、なんだこの家族ごっこは。頼みの綱を失った俺が絶望していたら、隣で感動的な和解イベントが始まっていた件。


「あなたとアルがいなくなったら……寂しくなるわね……ぐすっ!」

「ジョゼット……さん……」


 お母さまは目元の涙を拭い、じっと俺たちのことを見据える。


「アル、リーズ、行ってらっしゃい……」


 ――かくして、俺は一か月後に屋敷から追放されることが決定したのだった。

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