第33話 俺、帰っていいですか?


「アルベール……君じゃないといけないんだ……!」


 セルジュは、乱入者の二人には目もくれず話を続ける。


 というか、いきなり呼び捨てで来たな。距離の縮め方が下手くそすぎるだろ。昔のリーズと接しているような気分になるぜ。


 ――おそらく、常に他者から気を使われて育ってきたせいでまともなコミュニケーション能力が育たなかったのだろう。


 上級貴族という地位がこいつをこんな風にしてしまったのだ……! 実に哀れである。


「よ、よく分からないよ……。何が僕じゃないといけないの?」


 仕方がないので、俺は慈悲の心でこいつの話に付き合ってやることにした。


「毎日……今日みたいな試合をするんだ。お互いの魔力が尽きるまで、何回も。――僕について来れるのは君しかいない。一緒に高め合おう……!」

「うわ……」


 新手の拷問だろそれ。ふざけるなよ貴様。その顔で戦闘狂かよ!


「いつでも戦えるように、僕と一緒に暮らして欲しいんだ。アルベール」

「うわぁ」

「もう君のことしか考えられない!」

「わぁ」


 色々と誤解を招きそうな言い回しはやめろ! 


「これって……愛の告白よね……?」

「ど、どうしよう……アルが男の子にとられちゃう……!」


 見ろ! ドロテとリーズがすごい顔でこっちを見てるぞ。全員からドン引きされていることに気付けセルジュ・プレヴァンス!


「え、えっと……その……」

「アルベール。……返事を聞かせてくれ」


 追い詰められた俺は、ドロテの方を見て目で訴えた。


 貴様の大切な許嫁が貞操の危機だぞ! 助けてドロテーヌ!


「ちょ、ちょっと! なに勝手に進めてんのよっ! アルが困ってんでしょ!」


 すると俺の思いが伝わったらしく、ドロテが俺とセルジュの間に割り込んできて叫んだ。


「ドロテぇ……!」


 今だけがこいつが女神に見えるぜ……!


「――そうだ! こんな奴と一緒になるくらいだったら、あたしのところに来なさいアル! 魔法は苦手だけど……剣術の稽古くらいだったら毎日付き合って上げられるわよ! 強くなりたいんだったらその方が絶対に良いわ!」


 前言撤回。やっぱり話がややこしくなっただけだった。この暴れザルが……!


「……邪魔をしないでくれないか。アルベールは僕と更なる高みへ行くんだ。……真面目に試合をしない君なんかのところで腑抜けるより、僕と魔法の訓練をした方が絶対に強くなれる……!」


 そもそも俺は強さを追い求めてなどいない。貴様らのような暴力大好きパワー系ゴリラと一緒にするな。


「あのね二人とも。僕は――」


 俺がセルジュとドロテの提案をまとめて断ろうとしたその時。


「だめっ!」


 突然リーズが叫んで抱きついてきた。


「あ、アルは私のだもん……っ! 誰にもわたさないっ!」

「…………………………」


 おい、もう少しタイミングを考えて行動しろリーズ。


「だ、誰よあんた……? あたしのアルにベタベタしすぎじゃない?」

「アルベール。その子は……君の愛人かい?」

「うそッ?! あたしというものがありながら……っ!」


 貴様の発言のせいで更に状況がややこしくなったぞ。


「違うよ」


 俺は抱き着いてきたリーズを引きはがしつつ、訝しげな表情で見つめてくるマセガキどもにこう説明した。

 

「……ええと、紹介するね。この子はリーズ。僕の妹」


 言い終わる前に、リーズはさっと俺の後ろへ隠れる。


 どうやら、未だに人見知りは治っていないようだ。それなら余計な勇気を振り絞らないで欲しかったんだがな。


「ああ、なるほどね。そういえばお母さまから聞いてたわ」


 俺の話を聞いたドロテは、納得した様子で言った。


「…………言われてみれば、僕にも聞き覚えがある」


 一方、間抜けヅラでそんなことを口走るセルジュ。元はと言えば、お前の親が引き取りを拒否したせいで俺が面倒を見させられているんだが? くたばれ。


「あ、アルはどこにも行かないのっ!」


 俺が心の中で密かに殺意を募らせていると、リーズが少しだけ俺の背後から顔を出しながら言った。


「……その子のことが気がかりなら、一緒に連れてくればいい。僕が説得すれば、お父様だって許してくれるはずだ」

「だ、だったら、あたしもパパを説得するわ! その子もまとめて引き取ってあげるから、あたしのところに来なさい!」

「…………。アルと一緒なら……別にどこでもいい……けど……」


 おい。いきなり負けるなリーズ。貴様は口論が弱すぎるぞ。


「あのね。僕は家を出る気なんか――」

「それでは、四人で一緒になれば良いのです」


 俺が発言しようとしたその瞬間、再び何者かが割り込んできた。いい加減最後まで言わせて欲しいんだが?


 俺は内心苛つきながら、声のした方へ目をやる。


「………………!」


 そこに立っていたのは、先ほどまで試合を観戦していた第一王女のテレーズだった。

 

「アルベール・クローズ、セルジュ・プレヴァンス、ドロテーヌ・ヴェルア、そして……リーズ・


 王女は、俺たちの前に歩み出てきて順番に名前を呼ぶ。


「あなた方を、私の騎士に任命します」


 そして、平穏に過ごしたい俺を更なる厄介ごとへと巻き込むのだった。


 もう帰っていいですか?

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