第31話 なるほど、これが修羅場というやつか
「第十一回戦! アルベール選手対ディオン選手! ……試合開始ッ!」
二戦目が始まり、俺は意地の悪そうな顔をした貴族のガキと向かい合う。
「へへへっ……」
ヘラヘラしていてなんとなく不愉快だったので、さっさとぶち飛ばして終わらせようと思ったその時。
「おい! アルベール!」
ガキが俺の名前を呼んできた。これから戦おうという時に話しかけてくるとは、とんでもない愚か者だな。一周回って愛らしさを覚えるぞ。
仕方ないから辞世の句くらいは聞いておいてやろう。
「うん? どうしたんだい?」
俺は込み上げてくる殺意を抑えつつ、慈悲の心で問いかける。
「おまえさぁ」
すると、ガキはニヤリと笑ってこう言った。
「セルジュにまぐれで勝てただけでいい気になるなよ! ザコのくせに! ばーか! あほ――」
「ファイヤーボール」
「ぎゃあああああああああああああッ!」
おっといけない。ハチャメチャが押し寄せてきてしまった。
だがまあ、これで俺に対する恐怖を植え付けられたと思うので良しとしよう。
「今のは挨拶がわりだよ! ――さあ、始めようか」
俺は手のひらに再び火球を生成し、ボロボロになったガキにゆっくりと歩み寄る。
「ひいいいいいいい! こ、降参しますうううううううっ!」
すると、ガキはあっさりと勝負を諦めた。
「な、生意気なこと言ってすみませんでしたあああああああっ! びえええええええんっ!」
「……………………」
おそらく、俺という天才に出会ってしまった今日の記憶は、コイツにとって一生のトラウマになるだろう。哀れだぜ。
「……勝者、アルベール選手!」
「やったー!」
かくして、俺は無事に二回戦目も突破したのだった。
*
……と、そんなこんなで、俺は相手を蹴散らしながら順調に勝ち続け、あっさりと決勝戦に進出した。
適当なところでいい感じに負けるつもりだったんだが……俺のプライドが高すぎて無理だったぜ。
さて、決勝の相手は――
「あ、会えて嬉しいわ……っ!」
「…………。僕も嬉しいよ。さっきも似たような会話したけど」
ドロテだ……。
並外れた耐久力と敏捷性を持つガストンが負けた時点でなんとなく予想はついていたが、やはりこいつを倒せる奴はいなかったらしい。
「で、でもっ! あんたなんか、強くなったあたしの敵じゃないんだからっ!」
ドロテは顔を真っ赤にして言った。相変わらず不可解な奴だな。
「さあ、ついに少年少女の部決勝戦が始まりますッ! 数多の苦難を乗り越え勝ち上がってきた二人――ドロテーヌ選手とアルベール選手の入場ですッ!」
俺がドロテに引いていると、司会の声が聞こえてきた。どうやら、いよいよ始まるらしい。
「行こうか」
「ええ、そうねっ!」
かくして、俺とドロテは並んでコロシアムへと入場するのだった。
「うおおおおおおおおおおお!」
「やっちまえええ!」
俺は観客どもやかましい声に辟易しつつ、ドロテと向かいあう。
「えっと。よろしくね、ドロテ」
「てっ、手加減なんかしたら承知しないんだからっ!」
「分かってるよ。当然、僕も本気でいく」
適当にそう答える俺。だが、仮に俺が本気を出した場合、死ぬのは貴様だぞ? 己の力量を理解した上で発言して欲しいものだな。
「試合開始ッ!」
おっと、心の中で毒づいている間に最終決戦が始まってしまった。
「はあああああああああああッ!」
ドロテは魔法によって身体能力を高め、最初からいきなり全力で向かってくる。
「もらったッ!」
こいつ……速い!
「…………っ!」
ドロテは俺の懐に潜り込み、そして――
「アルうううううううっ! だいすきいいいいいいいっ!」
勢いよく抱きついてきた。
「…………は?」
「今までっ、素直になれなくてごめんなさいっ! でもあたし、この場所なら勇気を出して本当のことが言えるのっ! 闘技場は神聖な場所だからっ!」
駄目だ。理解が追いつかない。なんなんだこいつ。
「い、いやあああああああああああッ!」
俺が困惑していると、静まりかえっている観客席からリーズのものと思しき悲鳴が上がった。
「あのね、アル……ここなら……誰にも邪魔されないわっ! そ、その……いっぱいラブラブしましょ……っ!」
「いや、しないから離して」
「もうっ……アルってば、とっても恥ずかしがり屋さんね……! でも、そういうところも可愛くて……すきっ!」
「離して」
「ふふっ、決勝はより深い愛を示した方が勝つ……ラブラブバトルよ……っ!」
「なにそれ」
駄目だ。完全にイカれてやがる。
まさかこいつ……俺に対してこんなふざけた行為をするために決勝まで勝ち進んできたのか……? 狂気の沙汰だぞ……!
「二人とも、どうして抱き合ったまま動かないんだ……?」
「おい! いいから戦えよ!」
そうこうしているうちに、観客席から野次が飛んでくる。大ブーイングというやつだ。当然の結果だな。
「ふ、ふふっ、愛は障害が大きい方が激しく燃え上がるの……っ!」
「離して」
「アルっ! 逃げてえええええっ! つかまっちゃだめぇっ!」
発情したドロテと、絶叫するリーズ。
なるほど……これが修羅場というやつか。
「うーん……」
「こうやって大勢に見られながらギュッてすると……ドキドキするわ……っ!」
「このどろぼうねこっ! アルのことっ! ずっと前から好きなのは私なのに! お前なんかよりもずっとずっと前から好きなのにっ!」
おまけに、観客席の方から身の毛もよだつ愛の告白が聞こえてきた。目の前の状況と合わさって、色々と悍ましすぎる。デスパレートを間近で目撃した時よりも精神的なダメージがでかい。
こんな目に遭わされるだなんて……俺が一体何をしたっていうんだ!
「…………あのね、ドロテ」
「ふふっ。どうアル? あたしの婚約者としての覚悟を思い知った? 降参……しちゃう?」
「ちゅ」
俺は何も考えず、ドロテの頬にキスした。口にするのは以前の出来事が毎晩うなされるほどのトラウマになっているので無理だが、心を殺せばこれくらいはできる!
「あっ、あああああああっ!」
ドロテは、ただでさえ真っ赤な顔をさらに赤くした。
「前のお返しだよ」
俺は、ドロテの耳元で囁く。要するにさっさとラブラブバトルとやらに勝てばこの地獄から逃れられるんだから、こうするより他に道はない!
「……まだしたい?」
「あっ、あ、こっ、降参……しましゅ…………っ!」
どうやら、攻められると弱いみたいだな。あっさりと勝てたぜ。
「しょっ、勝者! アルベール選手っ!」
かくして、俺は武闘会? で優勝したのだった。
誰かの言った通り、初戦が実質決勝戦だったぜ……。
「やったー!」
さてと……まずは、汚れてしまった俺の可愛いお口を入念に洗って清めなくてはいけないな! クソが!
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