第28話 偶々この世界でも同音異義語だったぜ!


 森を抜け、川を越え、馬車は現在無駄に広い平原を走っている。太陽の光が眩しいぜ。


 ――それにしても、実に変わり映えのない景色だな。いい加減飽きたので寝よう。


 そう思って目を閉じてから、数分程度が経過したその時。


「もうすぐ宮殿に到着するわ。みんな、そろそろ降りる準備をして」


 そんなお母さまの声が聞こえてきたので、仕方なく目を開けて外を見る。すると、露店が並ぶ大通りを抜けるところだった。下民どもの活気ある声が聞こえてくる。


 どうやら、王都に到着したらしい。タイミングが悪すぎるぜ。


「ふわぁ……」


 俺が小さくあくびをすると、お母さまとリーズが何故か心配そうな顔でこちらを見てくる。


 そんな様子で大丈夫かと俺に訴えかけているようだった。どうせこの後踊るだけなのに、何を緊張する必要があるのだろうか。実に不愉快だ。


「あ、あばばばばっばばばばばっばば」

「…………?」


 一方、ガストンは真っ青な顔で震え始める。いよいよ死にそうな感じだな。というか、もはや死神に取り憑かれてるだろこいつ。その「あばば」というのは、どういう感情の発露なんだ。


「おい、大丈夫かガストン」


 俺は、リーズやお母さまに聞かれないよう小声で問いかける。


「こ、この世の終わりでゲス……! 短い人生でゲした……!」

「何だお前、今日死ぬのか?」


 ガストンは頷いた。


「そうか。では次の豚を入荷しなくてはいけないな」

「は、薄情すぎるでゲスッ! 人の心は無いんでゲスかッ!?」

「い、いきなりどうしたのガストン……? 僕、そんな風に怒鳴られたらびっくりしちゃうよ……っ! ぐす……っ」

「…………………………」


 無言で俺のことを見つめてくるガストン。その目からは、怒りの感情が読み取れた。


「こら、アルを虐めるのはやめてちょうだいねガストン」

「………………さいてー」

「反省……してるでゲス…………ッ!」


 しかしこれで多少は元気になっただろう。まったく、世話の焼ける下僕だぜ。


 ――そうこうしている間に馬車は宮殿に着いた。


 俺たちは、並んで馬車から降りる。


「お待ちしておりました、クローズ家の皆様。我々が案内をさせていただきます」


 すると、待ち構えていた数名の使用人たちに取り囲まれた。


「行ってらっしゃい、アル」

「が、がんばってっ!」


 すると、お母さまとリーズが俺の方をみてそんなことを言ってくる。どうやら、二人とはこの場で別れるらしい。


 おそらく、舞踏会にふさわしい衣装に着替えるのだろう。だから男女別々に案内されるわけだな!


「分かりました。それでは後ほど。――行くよ、ガストン」


 そんなこんなで二人と別れた俺とガストンは、待機していた執事に案内され、宮殿の中へと足を踏み入れた。


 そして、広い廊下を進んだ先にある大広間へと案内される。


「準備が整うまでこちらでお待ちください」

「…………? はい、分かりました」


 そう言って立ち去る執事。なんだ、着替えるんじゃないのか。


 俺は疑問に思いながらも、ひとまず広間を見渡す。


 ――そこには、殺気立った目つきをした貴族のガキどもがわらわらと居た。……というか、睨まれている。


 おかしいな。本来であれば貴族どもの前に姿を表した瞬間、俺に対する賞賛の眼差しが向けられると思っていたのに。


 この場にいるガキどもの敵意が全て俺に集中している気がするぞ。これは一体どういうことだ……?


 思わず首を傾げたその時、ずかずかとこちらへ近づいて来る何者かの姿があった。


 ――ギュピッ、ギュピッ、ギュピッ!


「すごい足音だなぁ」

「ごきげんよう!」


 俺に勢いよく挨拶をしてきたのは、ドロテだ。


「うわ」


 ……そういえば、こいつも舞踏会に参加するとお母さまが話していたな。


 というか、よく考えたらすでにドロテという許嫁が居るんだから、わざわざ俺が舞踏会に参加する必要はないんじゃないか? もし仮に俺が他の奴と踊ったら、この猿が嫉妬して暴れるだろ。


「……ひさしぶり、ドロテ」


 俺はこの上なく面倒に思いながらも、とりあえずドロテに挨拶する。


「ひっ、ひさしぶりねっ! 会えなくて寂し――じゃなくて、会えて嬉しいわよ、アル!」

「うん、僕も嬉しいよ」


 当然嘘だが。


「その……きっ、今日は見ていなさいっ! あなたのお嫁さんとして……恥ずかしくない戦いをするわっ!」

「……ん?」


 戦い? 何言ってんのこいつ?


「……けっ、決勝で……会いましょ……!」

「え…………?」


 決勝? 舞踏会でダンスバトルでもするのか? それに、顔を赤らめながら言うセリフじゃないだろそれ。


「それじゃっ! あなたも、あたしと戦う前に負けるんじゃないわよっ!」

「………………?」


 ――ギュピッ、ギュピッ、ギュピッ!


 意味不明な言動に困惑する俺を放置して、ドロテはどこかへと去っていくのだった。


「どんな靴履いたらそんな足音が鳴るんだ……?」


 俺は思わず呟く。


 それからすぐ、広間の中央に執事と思しき格好をした人間がやってきて、待機していた俺たちに言う。


「間もなく、王都一の貴族を決める武闘会、少年少女の部が始まります! トーナメントの組み合わせを決めるので、皆さんはくじを引きに来てください!」


 トーナメント……?


「…………おいおい、嘘だろ」


 そこで、俺はようやく気づいた。


「これ、舞踏会じゃなくて武闘会じゃん……!」


 クソッ! なんだその古典的ギャグみたいなオチは……! 


 ――そういえば、原作でも同じ展開があったな。


 完全に忘れてたぜ……! ガストンがやけに怯えていたのもこれが原因だったのかッ!


 

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