第27話 どうやら、鮮烈にデビューする日がやってきたらしい
「アルベール様、朝です。起きてください」
「……………うーん」
早朝、メイドの声で目覚めた俺は、渋々ベッドから起き上がった。
「おはようございます! アルベール様」
「う、うん……。おはよう……」
クソ眠いぞ。なぜ俺の安眠は常に妨害されるんだ。この世界は狂っていやがる……!
「だ、大丈夫ですかアルベール様……?」
俺が世界に対する憎悪を募らせていると、メイドが心配した様子でそう問いかけてきた。
「お熱は……ないようですが」
そして、さり気なく俺の額に手を触れながら言うメイド。やめろ、気安く触るな。
「……大丈夫だよ。ちょっと眠いだけ」
「む、無理に起こしてしまい申し訳ございません」
メイドは慌てた様子で言った後、続ける。
「ですが……本日は王都の宮殿で行われるぶとう会に、アルベール様が初めてご参加される大切な日ですので……」
「ああ……」
言われてみればそうだったな。どうやら、神童と謳われるアルベール・クローズが、社交界で鮮烈にデビューする日がついにやって来たらしい。
しかし舞踏会か……踊りの練習はそれほどさせられていないのだが、大丈夫なのだろうか?
……まあ、天才の俺だったら問題ないよな! 華麗な踊りで全員魅了してやるぜ!
「……危うく忘れるところだったよ。起こしてくれてありがとう! 素敵なメイドさん!」
完全に目覚めた俺は、お決まりの台詞をメイドに投げかける。
「そ、そんなっ! もったいないお言葉ですうううぅっ!」
すると、メイドは恥ずかしがりながら部屋を出ていった。どうやら、追い払うことに成功したらしい。
邪魔者を排除した俺は、ゆっくりと身支度を整えて部屋から出る。
「…………はぁ」
そして、小さくため息をついた。
――まったく、半年前に誘拐されたばかりだっていうのに舞踏会に強制参加させられるとは……お父さまも
もっとも、あの事件はクローズ家の評判が落ちることを怖れたクズのお父さまに隠ぺいされ、無かったことにされたがな。
……しかし、お父さまがそういった行動に出たということは、少なくとも俺の誘拐には関わっていない可能性が高いといえる。
なぜなら、もし誘拐が成功していたら、ガバガバ警備なクローズ家の評判が落ちることは避けられないからだ。エドワールお兄さまが俺に失踪させられた時も散々騒がれたしな!
当主であるお父さまがわざわざクローズ家を没落させる理由も見当たらないし、犯人候補から除外しても問題ないだろう。
「…………ん?」
……だが待てよ。あの事件が半年前?
「――――――はっ!」
そこで俺は気づいてしまう。
ぬくぬくと平和に過ごしていたら、半年が経過してしまっていたという事実に。
「何も起きていない……だと……?」
思えばあれ以来、俺もエドワールお兄さまも襲撃されていない。
ということは、そもそも裏切り者の存在自体が思い過ごしだったのか……? 今までの犯人探しは全て無駄……?
「……アル。おはようございます」
その時、突然背後から挨拶される。
振り返ると、そこにはお母さまが立っていた。
「お、おはようございます、お母さま」
俺は軽くお辞儀をして言った。
「ぼーっとしていたみたいだけど……大丈夫?」
「だ、大丈夫ですっ!」
「今日はあなたにとって大切な日だけれど……くれぐれも無理はしないようにね」
「は、はい!」
そういえば誘拐されて以降、お母さまが妙に優しくなった気がする。なんというか不気味だ。俺という存在の尊さにでも気付いたのか……?
そんな風に考えていると、お母さまは言った。
「それじゃあ、馬車に乗りましょうか」
「え……? ま、まだちゃんとした準備が――」
かくして、俺は舞踏会用の正装に着替える間もなく、お母さまに腕を掴まれて屋敷の外まで連れていかれるのだった。
そして、屋敷の門の外に停めてあった馬車に乗せられる。
するとそこには、先にリーズとガストンが座っていた。どうやら、こいつらも舞踏会に参加させられるらしい。
なるほど、俺の引き立て役といったところか。
……しかし妙だな。
「おいどうした。顔色が悪いぞガストン」
俺は、青ざめた顔をしているガストンの隣に座り、小声で耳打ちする。
「今は話しかけないで欲しいでゲス…………」
すると、返ってきたのはそんな返事だった。
生意気な奴め。御者やお母さまが見ていなければしばき倒していたところだ。
「………………?」
しかし……合法的に年上の女性と踊れる舞踏会なんて、こいつが一番喜びそうなものだが。どうしてこんなにやつれているんだ? 甚だ疑問である。
まあいい。こいつのことは放っておいて、リーズにでも構ってやるか。
「おはよう、リーズ。今日もいい天気だね!」
「おはよう……アル。そ、そのっ、頑張ってねっ!」
「…………? う、うん」
なんというか、今日はいまいち会話が噛み合わないな。
この俺のただでさえ天才的な頭脳がさらに限界突破して、周囲を置いてけぼりにしてしまったのだろうか……? あまりにも知力に差がありすぎるとまともな会話が成立しないというしな……。仕方がない。もっと下僕の思考ににレベルを合わせる努力をするか。
――そんなことを考えている間に、馬車は王都へ向けて出発するのだった。
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