第25話 うるさい口だな


 さてと、エドワールお兄さまとの感動の再会も済ませたことだし、部屋に戻るか。


「行こう、リーズ」

「うん……」


 俺はリーズの手を引いて居間を後にする。そして、部屋の前までコイツを送り届け、帰還したその時。


「……待って、アル」


 突然、リーズが腕を掴んで引き止めてきた。


「ど、どうしたのリーズ?」

「あのね……中に入って欲しいの……」


 何を言っているんだ? 俺は常に忙しいんだぞ? そのことを理解した上での発言か?


「どうして?」


 俺は全ての言葉を呑み込み、可愛らしく首を傾げてそう問いかける。


「……アルのこと、一人にしたくないから」


 なんだそのよく分からない答えは。ふざけた理由で俺の工作活動を妨害するな。


「僕は一人でも大丈夫だよ」

「だめ」


 ……まさか、こいつが裏切り者なのか? 俺は思わず一歩だけ後ずさった。


「入って」

「ちょ、ちょっとリーズ?!」


 だが抵抗むなしく、俺は部屋の中へと強制連行されるのだった。


「…………もう。強引だなぁ」

「アルのためだもん」

「………………?」


 リーズの部屋は、とても質素だ。家具は必要最小限のものしか存在せず、生活感がない。大切な家族を失ってから、リーズは空っぽなのである。


 ……そうか! だから俺につきまとってくるんだな! かわいそうに……! 涙が出そうだ……っ!


「こっち」

「あ、はい」


 リーズは俺を部屋の中心に放置した後、入口の扉を閉めてこちらへ振り返る。


「あの……そろそろ、どうして僕をここに連れてきたのか話してほしいな……」


 俺は少しだけリーズのことを警戒しながら、そう問いかけた。


 もしかしたら、俺を独占するためにこの部屋に監禁するつもりかもしれない。なんということだ……!


「んっ…………!」

「わっ!?」


 ――そんなことを考えていると、突然リーズが抱きついてきた。


「り、リーズ……?」

「アルのこと……今度はわたしが守るからね……っ!」

「え……?」


 一体何を言っているんだこいつは。意味不明すぎて怖くなってきたぞ。


「アルにあんなに酷いことしたのに今さら戻ってくるなんて……許せないっ!」

「あっ」


 そこでようやく俺は、リーズがエドワールお兄さまの話をしているのだと気づいた。思えば、エドワールお兄さまの愉快な監禁生活が始まったのはリーズが原因だったな。


 主人であるこの俺がヤツに目の前でしばかれたのだから、怒るのは当然のことだ。……思い出したら俺までムカついてきたぞ。


 やはり殺しておくべきだったか……!


「い、いや……」

「どうしたのアル?」


 まずい、殺意を抑えなくては。俺はどうにか心を落ち着かせて言った。


「だ、大丈夫だよリーズ。さっきのエドワールお兄さまの様子、見たでしょ? きっと、心を入れ替えてくれたんだよ! ……ちょっとおかしくなっちゃったけど」

「そんなこと言われたって……信じられないもん!」


 どうやらリーズは、かなりご立腹の様子らしい。正直面倒だが、これも俺に対する忠誠心の高さの表れか……。


 仕方がない、力技で納得させるしかないな。


「リーズ」

「あ、アルだって本当は嫌なんでしょ?! だって昔、あの人がいなくなって良かったって――」

「ちゅっ」

「……………………!」


 俺はリーズに情熱的なキスをして黙らせた。


「あ、あっ、アルぅ!?」


 リーズは顔を真っ赤にして俺から離れ、おろおろする。


「この前の仕返し」

「あっ、あああ、ある……っ!」

「先にやってきたリーズが悪いんだからね……」

「あっ、あ、あ……!」


 どうやら、予想以上に俺の不意打ちが効いたみたいだな。


「あかちゃんできちゃうっ!」

「なんでだよ」

「けっ、けっこんしないと……っ!」


 リーズはうわ言のようにそう呟いた後、ぐるぐると目を回しながらこちら側に倒れ込んできた。


 俺は華麗な身のこなしでそれを受け止める。


「おっと、大丈夫?」

「だ、だいじょうぶじゃなぃ……」

「そっか」


 そっとリーズの額に手を当てる俺。


「ひゃっ?!」

「少し熱っぽいみたいだし、疲れてるんじゃないかな。今日はもう、ベッドで横になって休んだ方がいいよ」

「う、うん……っ」


 弱々しい声でそう返事をされたので、俺はリーズを抱き抱えてベッドに寝かせてやった。


「おやすみなさい、リーズ」

「お、おやすみ……なさい……」

「…………………………」

「…………………………」


 有無を言わさずリーズのことを寝かしつけた俺は、音を立てないようにそっとベッドから離れる。


「……ふぅ」


 ミッションコンプリート。これで自分の部屋に帰れるぜ!


 *


 それから数日間は、特に何も起こらなかった。おまけに、リーズも俺と目が合うと顔を真っ赤にして走り去るようになり、以前ほど粘着してこなくなった。


 こんなにも平和で心安らぐ日々を過ごしたのは久しぶりだ。最初からこうしておけば良かったんだな!


 後はじっくりと裏切り者を炙り出すだけだ。首を洗って待っていろ!

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