第20話 嫉妬するリーズ
漆黒教団のアジトを脱出し、無事に保護された俺とドロテは、屋敷の応接間で親や使用人たちに囲まれていた。
「ドロテーヌ! そしてアルベール君! 二人とも……無事で良かった!」
ドロテの母親であるエリゼは、安堵した様子で目元の涙を拭う。
「ママ……」
そんな母親の様子を見たドロテは、座っていたソファーからゆっくりと立ち上がって、エリゼのことを抱きしめた。
「ごめんなさい……」
「いいんだっ! お前が無事ならそれで……っ!」
「ひっぐ……ママぁ……っ!」
うむ、親子の和解というやつだな。実に感動的だ。あくびを噛み殺したせいで涙が止まらないぜ!
「心配したぞ……アル……! もうどこにも行くな……!」
「あなたまで居なくなってしまったらと思うと……私……っ!」
「お父さま……お母さま……! 僕……怖かったです……! 死んでしまうかと思いました……っ! うえええええん!」
対する俺も、隣で繰り広げられている光景に負けないよう盛大な茶番を行う。年相応の子供アピールはしっかり行っていかないとな!
「アルベール様……!」
俺たちを捜索するために集められた使用人たちが、潤んだ目でこちらを見ている。
おそらく「アルベール様もまだまだか弱い子供なのですね……!」と感動しているのだろう。これからはより俺の身辺に注意を払ってくれるはずだ。まったく、次からは俺が誘拐されないよう気を付けたまえ。
さてと、後は裏切り者を見つけ出すだけだな。
しかし……どうしたものか。こんなにも愛くるしいこの俺を裏切る人間など、皆目見当がつかん。
「エリゼ殿。本日はこのようなことがありましたので……」
「ああ、そうだな。私たちは屋敷へ帰るとしよう」
俺が一人で考え込んでいると、お父さまとエリゼがひそひそ話をする声が聞こえてきた。どうやら、厄介者が帰ってくれるらしい。やったぜ。
「……ばいばい、アル。またね」
ドロテは、いつになくしおらしい感じで手を振ってきた。実に不気味である。
「さようなら!」
俺は満面の笑みで手を振り返す。
「あたし……あなたに相応しい立派な女になってみせるわ」
「???」
かくして、歩く厄災は去ったのだった。めでたしめでたし。
*
――その日の夜。
「……アル」
俺の部屋をリーズが訪ねてきた。
何やら心配そうな顔をしているが、いつものことだ。
今日あった誘拐未遂事件のことは、騒ぎを大きくしないため内密に処理されたので、リーズも知らないはずである。
当然、俺の口からも話すつもりはない。
何らかの拍子にリーズが誘拐について知った場合、「余計な心配をたくないから黙ってたんだ……」と言うことで、好感度を稼げる可能性があるからな。
そうなれば、リーズは今以上に何でもしてくれるようになるだろう。三回まわってワンと鳴くことですら、俺の頼みであれば躊躇なく実行してくれるようになるかもしれない。実に愉快だぜ。
閑話休題。
「どうしたのリーズ? 一人で眠るのが怖い?」
俺は下衆な笑みを堪え、天使のような微笑みを作ってリーズに問いかける。おそらく、許嫁のことを聞きにきたのだろう。
「うん……それもあるけど……」
あるのかよ。
「あのね……アルの許嫁のこと……どうしても気になって。……どんな子だったの?」
――よく喚く猿。知性を持たぬ蛮族。歩く厄災。地獄の唇吸引マシーン。色気づいたメスガキ。ツンデレモンキー。
奴に対する様々な蔑称が俺の脳裏を駆け巡る。
「う、うん。ちょっとエキセントリックな感じだったけど、素敵な子だよ。名前はドロテーヌっていうんだ」
だが耐えた。
「どろてーぬ……」
少しだけ俯きながら、その名を口にするリーズ。よく分からないが、何か思うところがあるらしい。
「でもやっぱり、こうしてリーズとお話ししてる時が一番落ち着くな」
嫉妬されても面倒なので、俺は適当なことを言ってリーズを安心させる。犬はご主人様を取られることを嫌うからな!
「……ねえ、アル。ちょっとだけ目を閉じて」
「え? ど、どうして?」
「ひっ、ひみつ! すぐに終わるからっ」
顔を真っ赤にし、もじもじしながらそんなことを言うリーズ。
様子がおかしいな。まさかこいつが裏切り者か? ……いや、それはないな。
「……うん、分かった。じゃあ言う通りにするよ」
俺は仕方なくリーズの要求に従った。
まあ、従順な下僕のお願いだし、たまには聞き入れてやろう。
「アル…………」
リーズの声が耳元で聞こえた。理由は不明だが発情していたドロテを思い出し、背筋に寒気が走る。
少しだけ目を開けようかと思ったその時。
「…………ちゅ」
俺は再び純潔を奪われた。ブルータス、お前もか。
「っ!」
刹那、蘇るトラウマ。
クソっ! やはりこいつが裏切り者だったのかッ!
「リーズ……?」
俺は恐怖に震えながら、ゆっくりと目を開いた。
「え、えっと……その、わ、忘れてっ!」
そう言い残し、ばたばたと走り去るリーズ。
「あっ、あ、ああああああああああ! 僕の可愛い唇が二回も汚されたあああああああああッ!」
俺は絶叫し、外に出て洗面所へ駆け込み、念入りに顔を洗うのだった。
「ドロテぇ……リーズぅ……!」
俺にこれほどまでの屈辱を味わわせたのは貴様らが初めてだ……! いつか必ず仕返ししてやるからな! 覚えてろよ! 貴様らにも地獄のトラウマを植え付けてやるッ!
俺は、硬く拳を握りしめるのだった。
「…………うん?」
――その時、一瞬だけ背後に何者かの気配を感じたが……まあ気のせいだろう。
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