第21話 クローズ家の次男
純潔を二度も奪われ、ついでに人殺しまで経験した最悪な一日の翌日。
「アルっ!」
早朝、俺の部屋の扉が勢いよく開け放たれる。訪ねてきたのは、黒髪ショートヘアの美少女だ。
「ゆ、誘拐されたと聞きましたが……あの話は本当ですか?! け、怪我などはしていませんか……? へ、変なこととか……されていませんよね……?!」
「声が大きいよ、ジルベールお兄さま」
この弱々しい感じの美少女の正体は、ジルベールお兄さま(十二歳)である。
見ての通り、今は美少女と見紛うほどの繊細な美少年なのだが、長男であるエドワールお兄さまが暗殺され、家を守る為に強さを追い求めた結果、学園に入学する頃にはガタイの良いマッチョな青年へと進化してしまう。
おまけにお父さまを参考に強くなろうとしたせいで凶暴化して、傲慢な態度をとるようになってしまうのだ。実に由々しき事態である。ジルベールお兄さまの進化は、なんとしてでもキャンセルしなければならない。
「僕はこの通り平気だよ。……それから、誘拐の件はあまり言いふらさないようにして。表沙汰にはせず、慎重に調査を進めてるみたいだから」
「そ、そうですよね……ごめんなさい……」
俺の言葉に対し、しょんぼりと俯くジルベールお兄さま。
「うぅ……ぼく――じゃなくて……おっ、オレにもっと力があれば……!」
「やめて」
「え……?」
「ジルベールお兄さまは、今のままで十分素敵だよ。強くなる必要なんかない。……いや、お兄さまの優しさこそが強さなんだ!」
俺がそう言うと、ジルベールお兄さまは目を潤ませる。
「そ、そう言ってくれるのは……アルだけです……っ!」
「ジルベールお兄さまは無理をせず、これからも自分らしく生きるべきだよ!」
「ありがとう……アル。ぼ、ぼく……少しだけ……今の自分に自信が持てるようになりました……!」
よし、今日もなんとかゴリラ化フラグは折れたな。洗脳完了だ。俺が都合良く操りやすいよう、か弱いままのジルベールお兄さまでいろ。
「これからの貴族に必要な資質は、腕力よりも優しさだよ! 頑張ってお兄さま!」
「う、うん……!」
俺の安否を確認しに来たジルベールお兄さまは、俺に励まされて帰っていくのだった。一件落着だぜ。
「ふぅ……」
……しかし、予めできる対策は全てやっておいた方がいいな。
「おいガストン」
お兄さまを見送った俺は、窓に向かってそう呼びかける。
「はいはい、何でゲスか?」
すると、そこから音もなくガストンが入ってきて、俺の前で着地した。……相変わらずふざけた奴だ。
「ジルベールお兄さまの部屋のクローゼットに、メイド服を忍ばせておけ」
俺は、ふざけたガストンに命令する。
「はいでゲス! ……はい? な、なぜ?」
「簡単な話だ。ジルベールお兄さまのゴリラ化を回避するために、ジルベールお兄さまをメス化させる」
「あ、あっしには何を言っているのか理解不能でゲス……!」
「天才の言葉を理解するのは難しいからな。貴様のせいではないぞガストン」
「………………」
何も考えていないような表情でこちらを見つめてくるガストン。実に腹立たしい。
「……とにかくやれ。可愛らしく着飾ることの悦びに目覚めさせるんだ」
「アルベールさま……良い趣味してるでゲスね……ドン引きでゲス……」
「黙れ。これは俺の趣味ではない。生存戦略だ」
「………………。……そういえば」
ガストンは俺の命令通りに黙った後、露骨に話題をそらした。
「昨日は大変だったでゲスね。アルベールさまが誘拐されたと聞いた時は、心配で昼寝もできなかったでゲス!」
「本当は?」
「ついにあっしの時代が来たと思って嬉しかったでゲス! でも無事と聞いて絶望したでゲス!」」
俺は無言でガストンをしばいた。
「いったぁッ、ありがとうございますッ!」
「……それと、貴様がするべきことはもう一つある」
「は、はい! なんでもするでゲス!」
「俺に代わって、裏切り者の調査をしろ」
「う、裏切り者……でゲスか?」
「ああそうだ。この屋敷に、誘拐犯どもを手引きした貴様以下の下衆が紛れ込んでいる」
「あっしは下衆ではないでゲス!」
こいつ……自覚が無かったのか。恐ろしい奴だ。
「いつも通り屋敷内を意地汚く嗅ぎまわって情報収集し、怪しい動きをしている者を発見したら俺に伝えてくれ」
「なるほど……確かにあっしが適任の仕事でゲスねぇ……」
「そういうわけだ。理解したのであれば、さっさと任務に取り掛かれ」
「はいでゲス!」
ガストンはそう返事をすると、超高速で窓から退室した。
最近、ヤツの動きが更に人外じみてきたな……。やはり、この世界の未来のために抹殺しておくべきか……?
……まあいい。俺の方でもできることをやろう。
まず手始めに――――エドワールお兄さまを解放するか。
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