第19話 汚されちゃった……


「アル……ごめんなさい……っ! ひっぐ……! でも、無事で良かった……っ!」


 ドロテは、俺の顔に涙をぽたぽたとこぼしながらそう話す。実に不愉快だ。


 しかし、どうやら俺の行動を都合よく解釈してくれたらしいな。まだまだ肉盾として再利用できそうだし、適当に合わせておくか。


「ドロテは……怪我してない……?」

「え、ええ。あたしは……大丈夫よ」

「そっか。なら良かった……」


 全然良くないけどな! お前がちゃんと肉盾としての役目を果たさないから、散々な目に遭ったぞ!


「さっきの化け物は僕がやっつけたから、もう安心していいよ!」

「あなた、見かけによらずとっても強いのね……で、でも、カッコよくて素敵だなんて、ぜんぜん思ってないんだからっ!」


 ドロテはそう言って顔を赤くし、よくわからない表情でじっと俺のことを見つめてくる。思い出したかのようなツンデレはやめろ。はらわたが煮えくり返る。


「で、でもっ! あのね、アル……」

「どうしたの?」


 おい、なんだこの状況は。お前は一体いつまで俺の上にのしかかっているつもりだ。いい加減重いんだが?


「あ、あなたのお嫁さんになら……なってあげても良いわよ。生涯支えてあげるんだから……覚悟してなさい……!」

「ん?」


 どうでもいいから早くどけ。いつ増援が来るか分からないんだぞ? 死にたいのか?


「アルは……そ、その、キス……とか……したことある……?」

「ないけど今関係ないよね?」


 だんだんと苛ついてきた俺は適当に答える。


「あ、あたしの……ファーストキスの相手……あなたにしてあげるんだから……感謝しなさいよねっ!」

「は?」


 すると、ドロテは俺の上にのしかかったまま、目を閉じてゆっくりと顔を近づけてきた。


「……………っ!」


 おい待て。嘘だろこいつ……敵地のど真ん中で発情してやがる……っ!


 ふざけるな! こんな奴に俺の純潔が奪われてたまるか!


「ま、待ってドロテ! そういうのは――」


 ドロテを押しのけようとした俺は、絶望的な事実に気づいた。人間より猿の方が基本的に腕力が強いのだ。


「………………!」

「ん~~~~~~」


 迫り来る発情したドロテの顔。お花の甘い香り。


 ガキの分際で色気づきやがって……!


「ん~~~~!」

「ひっ!」


 い、嫌だ! やめろやめろやめろやめろ! やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!


「……んちゅ」

「っ………………!」


 唇と唇が触れ合う。


「ぢゅうううううううううううううううっ!」

「んんんんんんんんんんんんんんっ!」


 そしてめっちゃ吸われた。


「ぢゅううううううううううっ! ちゅぽん」

「……………………」


 こいつやばい。


 デスパレートを遥かに凌駕する強烈な精神攻撃を食らった俺の心は、完全に破壊されるのだった。


「ぁ…………」


 今の俺は間違いなく死んだ目をしているだろう。パパママ助けて……。


「は、はい! おしまい! こ、これで満足したでしょっ!」


 ドロテは、恥ずかしそうな顔をしながら立ち上がって言った。


 勝手に満足したのはお前だろ。ふざけるな。


「で、でも……どうしてもって言うなら……結婚したら毎朝やってあげるんだから……っ!」

「……………………」


 どうして心優しい俺にこのような試練ばかり降り掛かるのだろうか。神がいたら殺す。


「……早く脱出しよ」

「そ、そうねっ。頑張って出口を探さなくちゃ!」


 俺は、残った力を振り絞ってどうにか起き上がり、向こう側の壁に向かって歩き始める。


「アル……? そっちは行き止まりよ……?」

「大丈夫。僕に任せて」


 というかお前はもう何もするな。頼む。


 そうして俺は、精神的な苦痛によって何度もよろめきながら、やっとの思いで再び行き止まりだった壁の前までやってくる。


「うそ……! さっきはこんなのなかったのに……!」


 するとそこには、怪しげな装飾が施された扉が出現していた。調べるまでもなかったな。


「たぶん、さっきの化け物がこっちに来るときに隠し忘れたんだよ」


 俺はドロテにそう説明しながら、軽く扉に触れる。


 これを開けば、少なくともこの狭い空間からはおさらばできるはずだ。もっとも、どこに繋がっているのかは不明だがな。


「ふむ、なるほど」


 ……ざっと調べたところ、扉に転移魔法がかけられているので、場所を指定できない俺たちが開けた場合は漆黒教団が保有するランダムな関係施設に繋がることになるだろう。実に面倒だ。


 向こう側に教団の信者たちが待ち構えている可能性も十分あるので、油断はできない。


 俺は周囲の様子を伺いつつ、慎重に扉を開いた。


 その先は――


「ここって……!」

「そんな……!」


 俺の屋敷に繋がっていた。


「ど、どういうことなの? あたし達、誘拐されたんじゃ……?!」

「ぼ、僕にも分からない……」


 考えられる可能性としては、すでにクローズ家の屋敷には教団の手が入り込んでいるということくらいだろうか。


 ……だが原作においては、漆黒教団とクローズ家にこれといった関わりなどなかったはずだ。


 ちょっとずつ原作のどのルートからも外れてきているせいで、屋敷の中に漆黒教団と秘密裏に繋がる裏切り者が生じてしまったのだろうか?


 色々ときな臭くなってきたぜ……! 俺はおうちにいても安心できないのか! クソが……!


「あ、アルベール様にドロテーヌ様!? こ、こんな場所で何をしていらしたのですか?! 突然いなくなってしまわれたので、皆大騒ぎで探し回っていたのですよ!?」


 そんなことを考えていると、偶然通りかかった使用人が俺たちのことを発見して言った。とりあえずは助かった……と考えて良いのだろうか?




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