第18話 俺はとても心優しい
「ぐッ、ぐあああああああああッ!」
「うーん……むにゃむにゃ……?」
気がつくと、デスパレートは無数の腕で頭を抱えて、俺の前に座り込んでいた。
「な、なんデスかこの狂った精神はっ!? し、思考がッ! 汚染されるううううううううううううううううッ!」
「ん?」
「こっ、こんなふざけた人間がッ、この世に存在して良いはずがないのデスうううううッ!」
鬼気迫る表情で叫び、床に何度も頭を打ち付けるデスパレート。
何を言っているんだこいつは? 頭がおかしいのは元からだが……。
「腐っているッ! 貴様の精神は腐りきっていて食えないのデスうううううッ! 私の姿を見た子供はッ! もっと純粋な恐怖心に満ちていなければならないというのにいいいいいいいいッ!」
「………………ファイヤーボール」
「ぐわあああああああッ!」
なんか勝手にダメージを受けているみたいなので、追い撃ちで燃やしておいた。
「ファイヤーボール」
「ぎゃああああああああああああッ!」
……だがなるほど、そういうことか。
どうやら、俺の精神が高潔すぎて取り込むことに失敗したらしい。よくよく考えてみれば当然のことだ。
「ふん、狂気の中に身を置かなければ自分を保つことすらできない貴様のようなクズに、精神力で負けるはずがないだろう」
俺はデスパレートに向かって言った。
「グ……ぐぎぎぎぎぃ……!」
「ファイヤーボール」
「ぎゃあああああああああああああッ!」
それにしても、思ったより弱いなこいつ。ひょっとしたらこのまま押し切れるんじゃないか?
「ファイヤーボール、ファイヤーボール、ファイヤーボール」
そう思った俺は、渾身の火炎魔法を連発した。
「ぐあああああああああああああああッ!」
手足がたくさんくっ付いているのでよく燃えるな。優秀な薪だ。愉快だぜ。
「ファイヤーボール」
「ぐぎいいいいいいいいいいッ!」
かくして、俺に連続で魔法を撃ちこまれまくったデスパレートは、黒焦げになって地面に倒れ伏すのだった。まさか、こんなにあっさりと勝ててしまうなんてな。俺の才能が恐ろしい。
「さてと。これで終わりだデスパレート」
「な……なぜぇ……私の名を……ッ!」
俺の呼びかけに対し、眼を見開いて反応するキモキモ
「俺は神だからな。全知全能なんだよ」
「い、言われてみれば……! となると……あなたの記憶の中にあったあの場所は……神界……ッ!」
すると、デスパレートは何故か納得した様子だった。
「か、神……ッ! おお、神よ……! まさか、このような場所でッ!」
そう言って、潤んだ目で俺に手を伸ばすデスパレート。どうやら信じたらしい。お間抜けさんめ。
……だが残念ながら、コイツには下僕としての価値すらない。死体をくっ付けているやつなんて、身の回りに置いておきたくないからな!
俺は、デスパレートの手を払い除けて言った。
「嘘に決まってるだろ。脳みそが腐っているとこの程度の嘘も見抜けなくなってしまうのか?」
「あ、あっ、あああああああああああああああああッ! よくもッ! よくもこの私を騙してくれましたデスねええええええええッ!」
発狂し、恨めしそうな目で俺を見てくるデスパレート。ちょっと楽しくなってきてしまったが、今はこんなことをしている場合ではないのでさっさと始末しよう。
「もういい、死ね」
「い、いや違う! 嘘ではない! 神でなければあなたの異常な精神に説明が付かないのデスうううううううッ!」
「これで終わりだデスパレート」
「いいえッ! あなたに……私は殺せないのデスッ!」
「あ?」
この後に及んで悪あがきをするつもりか? 往生際が悪いぞ。
「あなたの中には……二つの精神が存在していました……! 取り込めたのは一瞬でしたが……はっきりと感じとったのデス……!」
「聞いていないのに勝手に語り始めるのはやめろ」
「一つは今のあなたのような狂気を司る精神……! そしてもう一つは奥底に潜む理性を司る精神……! あなたの行動はァ……この理性によって抑制されているゥ……!」
「デスパレートくんさぁ、コミュニケーションってのはさぁ、一方的に話すだけじゃ成立しないんだよぉ? 分かるかい?」
「理性を司る精神がある限り……あなたに人は殺せない……! 私に勝てるはずがないのデ――」
うるさかったので、俺はひとまずデスパレートの顔を平手打ちして黙らせた。
「……うーん」
そして考える。
――言われてみれば、思い当たる節があった。
前世の記憶で知るアルベール・クローズは、人の命を何とも思わない腐れ外道だったはずだ。
しかし、今の俺はどうだろう? こんな雑魚の言うことにもとりあえず耳を傾けてやる程度の慈悲深さや、囮にする際ドロテに別れの言葉を告げてやる程度の良識を兼ね備えている。
加えて、人殺しをためらう優しき心まで持っていることも事実だ。でなければ、お兄様が今も生きているはずがない。
「ふむ、なるほど」
つまり、俺の前世の記憶が、俺という非人道的な天才に人並みの良識を与えてしてしまった……ということか。
前世の記憶に目覚めたことで客観性までをも獲得してしまい、人の気持ちを考えられるようになってしまった、完全無欠の超天才ウルトラ心優しき悪役貴族……それが俺であるということだ。
心の奥底では殺すことを嫌がっていただなんて……俺はなんて優しいんだ……っ!
涙が出てくる……っ!
お兄様を殺さなかったのも、バーベキューに失敗したのも、本当は最初から邪魔が入ることを期待していたからだったのか……!
「う、うぉぉ……っ!」
俺は、自身の海よりも深く寛大で、聖母のような慈愛に満ちた心に感動して泣いた。こんなに素晴らしい人間がこの世界に存在していて良いのだろうか……? まさに救世主……!
今まで悪ぶってはいたが、本当の俺はとても心優しいんだ……!
「確かに……人殺しはいけないことだ……っ! 俺はそのことを……心の奥底でしっかりと理解していたんだな……っ! クローズ家の人間であるという重圧が……俺に非道な振る舞いを強制していたんだ……!」
「そう……デス……! 私のように、狂気に呑まれてはなりません……あなたには……優しい心がまだ残っているはずなのデス……!」
「というわけで死ね」
「えっ」
きょとんとした顔をするデスパレート。
「当然だろ? お前を生かしておくと、この先大勢の人間が犠牲になるからな。心優しい俺が放っておけるはずないだろう? おまけに、ここまで話が通じないと再教育も不可能だろうしな。……死刑!」
「えっ、ええええええええええええッ!」
その後、デスパレートは俺の火炎魔法で骨すら残ることなく塵となった。
ラブアンドピース。対話不可能な相手には暴力こそが正義だぜ!
*
デスパレートに勝利し上機嫌になった俺は、通路を引き返して囮にしたドロテが待つ小部屋へと向かう。
さてと……どんな嘘をついて囮の件を誤魔化そうかな。
「アルっ!」
「わぁ?!」
そんなことを考えていると、先にドロテが部屋から飛び出してきて俺を押し倒した。
まずいな。早くしないと馬乗りのまま殴り殺される。
「あ、あのね、ドロテ……その、さっきのは……」
「よ、よがっだあああああっ!」
すると、ドロテは大粒の涙を流しながら俺に抱きついてきた。
「え……?」
「あたしのために……囮になってくれたんでしょ……っ? それなのに、あたし……何も出来なかった……っ! うええええええええんっ!」
「ドロテ……」
何をほざいているんだこいつは?
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