第17話 ばいばいドロテ、永遠に


「うーん……? 何かの気配がするんデスがねぇ……?」


 デスパレートは、部屋の中をずるずると動き回りながら呟く。


「くっ…………!」


 とにかく、こいつに発見されることだけは何としてでも避けたい。どうにか隙をついて逃げ出さなければ……!

 

 そう思っていると、ドロテが震えながら俺の手を掴んできた。


「……………………?」

「ぁ……ぁ……!」


 そこには目を見開き、大量の冷や汗を流して怯えるドロテ。


 どうやら、ちゃんと目を閉じなかったらしい。まったく、大人しく指示に従っていればアレを見ずに済んだのに。


 死体をくっ付けて歩く変態なんて、誰が見てもショッキングな存在だからな。本来ならば、全身にモザイクをかけなければならないところだ。


 ノーモザイクの変態と遭遇してしまったドロテをかわいそうに思った次の瞬間――


「もしや、テーブルの下にでも隠れているのデスかぁ?」


 部屋中にデスパレートの声が響き渡った。


 どうやら勘づかれているようだな。隠れても無駄だったか。クソが。


 俺は拳を固く握りしめ、床を思いきり殴りたい衝動を抑える。


「…………っ!」


 一方ドロテは、今にも泣き出してしまいそうな顔をしながら俺に擦り寄ってきた。


 威張ることを忘れ、必死に俺へ縋るドロテ。その哀れな姿を見て、俺は思った。


 ――よし、コイツを囮にして逃げよう!


 デスパレートがテーブルの下を覗き込んできた瞬間に渾身の火炎魔法を放ち、即座にヤツの脇をすり抜けて部屋の外へ出る。もちろん俺だけ。


 そして残されたドロテは、あわあわしながらヤツに捕まり、数秒の時間稼ぎをして尊い犠牲となる。


 うむ、実に完璧な作戦だ。俺は天才軍師だな!


「大丈夫だよドロテ。目を閉じて、じっとしてて。僕が守ってあげる」


 まず初めに、できる限り小さな声でドロテに耳打ちする俺。


「………………!」


 すると、ドロテは弱々しく頷き、震えながら目を閉じた。余計なことをされると困るので、落ち着かせるためにそっと手を重ねてやる。


 ドロテの手は冷たかった。ここまで怯えていただなんて……かわいそうに。


 まあ、これから死体になるんだからもっと冷たくなるけどな!

 

「ここら辺デスかねえ?」


 そうこうしている間に、部屋中を探し回っていたデスパレートが、俺たちの隠れているテーブルの前までやって来た。


 よし、作戦開始だ!


「ばいばい、ドロテ」


 ――厄介者の貴様ともこれでお別れだぜ。せいぜい、最期くらいは肉盾として役立ってくれよォ?


 俺は満面の笑みで別れの言葉を告げた後、テーブルの下を覗き込もうと腰を屈めているデスパレートに向かって、右手を突き出す。


「見つケ――」

「ファイヤーボールッ!」


 そして、ヤツの顔面に向かって全力で火炎魔法を放った。


「ぎゃあああああああああッ!」


 絶叫しながら地面を転がり回るデスパレート。


「今だッ!」


 俺はその隙にテーブルの下から抜け出し、ドロテを放置したまま部屋の外へ飛び出した。


「あとは二人で仲良くやっていてくれ」


 それから丁寧に扉を閉めて、行き止まりだった反対側の壁へと向かう。


 ――俺の考えが正しければ、おそらくあの先に隠し通路が存在しているはずだ。デスパレートの出現したタイミングから考えて、そうとしか考えられないからな。


 何もなかった向こう側の壁に、実は俺の家にある座敷牢と同じ魔術的な隠蔽が施されているのだろう。


 そこから外へ逃げれば俺の一人勝ちだぜ!


 そう思った矢先――


「この私から逃げ切れると思っているのデスかぁ?」

「なんッで俺の方に来るんだよおおおおおおおおおおッ!」


 デスパレートは、何故か真っ先に俺の方を追いかけて来た。


 ふざけるな! 俺が生贄として差し出してやったドロテはどうした!? 机の下に放置したままか? この節穴がああああああ! あいつを先に捕まえやがれええええええええッ!


「捕まえましたデス!」

「わああああっ?!」


 刹那、俺はデスパレートの無数の手に組み伏せられる。


「うぐっ! うわあああっ!」

「抵抗しても無駄デスよ? 苦しむ時間が増えるだけデス」

「く、くそぉ……!」


 無念だ。まさか、ドロテの方には目もくれずに俺を追いかけてくるだなんて。ひとえに俺の魅力が高すぎるせいだろう。


「デスが……必要なのは肉体だけ。あなたの精神は、私のところに来るのデス!」


 そう言って、俺の頭を無数の腕で鷲づかみにするデスパレート。やばい、何か吸い出される!


「くっ! 離せクソ変態野郎! ぐわああああああああああ!」


 かくして、俺の精神はデスパレートと一つになるのだった。

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