第16話 静かにしろ!(大声)


 牢屋から抜け出し、やけに薄暗い通路を真っ直ぐ進む俺とドロテ。その先の突き当たりは、二手に分かれていた。ちょうど丁字路になっているというわけか。面倒な構造しやがって。俺が逃げやすいよう、直線で出口まで繋げろ!


「なんなのよもうっ……!」


 まあ、こんな場所で悪態をついていても仕方がない。俺は、特に深い意味もなく右手の通路を行くことにした。


「ほんとばかっ……!」

「…………あれ?」


 しかし、その先は行き止まりだった。硬い土の壁しかない。わざわざ二手に分けたのに、行き止まりに部屋すら用意していないとは。一体、何のために無駄な通路を作ったんだ? 考えた奴は脳みそが腐っているのか? あるいは――


「なるほど」


 ……まあいい。反対側を調べれば分かることだ。引き返すとしよう。


「この鈍感っ…………!」


 ――それにしても、こいつさっきからやかましいな。後ろで何やら喚いている畜生の声を聞かされ続けた俺は、この上なく不愉快な気持ちになる。肉盾は普通の盾と違って喋るところが欠点だな。


「……もう! 静かにしてよドロテ!」

「はぁ? あんたの方がうるさ――」


 俺はドロテの口を無理やり塞いだ。


「もがっ! むぐぐぅーーっ!」


 暴れるな猿。崇高なるこの俺の尊い命がかかっているんだぞ。


「見つかったら殺されちゃうかもしれないんだよ? お願いだから、もっと小さな声で話して」


 俺は、ドロテの耳元で囁いた。


「ひぅんっ! んっ!」


 俺に脅されたドロテは、ビクンビクンしながら頷く。その顔はこれ以上無いくらい真っ赤だ。ビンタよりも脅しの方が効くのか……?


 まあいい、理解したようなので解放してやろう。


「ふーっ、ふーっ!」


 手を離すと、ドロテは息を乱しながら、恨めしそうな目でこちらを見て来た。


「うんうん。ドロテはいい子だね」


 俺はそう言ってドロテの頭をぽんぽんとなでてやる。


「………………っ! っ!」


 何かを言いたそうにしているが、聞いてやる暇はないので無視しよう。


「じゃあ行こっか」


 俺は通路の反対側へ向かって歩き始めた。


「はぁ、はぁ……!」

「……疲れてるなら、僕が先にあっちの様子を確認してくよ。ここで待ってて」


 俺がそう言うと、ドロテは首をぶんぶんと横に振って拒否した。


 生意気な奴めこの野郎ォ……!


「つ、疲れてるわけじゃないわっ。ただ……あんたのデリカシーが無さすぎるだけ!」

「そうなんだごめんね」

「そ、それに! あんたの魔法は確かにすごいけど……あたしだっていざとなったら戦えるんだからっ!」

「そうなんだすごいね」

「足手まといだなんて思わないことねっ!」

「そうなんだむごいね」

「は?」


 小声で威張るとは……なかなか器用な奴だ。


「むごいってなによ? どういう意味?」

「こんな状況でも元気を忘れないドロテは頼もしくて素敵だね短絡的な脳味噌で幸せそうだなってことだよ」

「あ、あるぅ……!」


 ――でもよく考えたら、さっき邪魔してきたじゃん。足手まといだよお前。

 

 俺はそう思った。だが、自ら肉盾となる事を志願するのであれば望み通りにしてやるか。


「……まあいいや。じゃあ一緒に行こう」


 俺の言葉に対し、ドロテは嬉しそうな顔をする。


「その、頼りにしてるよ。僕だって、自分の魔法に自信があるわけじゃないから……」


 微塵も頼りにしていないが、俺の魔法があれば大丈夫だろう。


「任せなさい!」


 俺の言葉に対し、ドロテは胸を張って答える。

 

 かくして、俺達は教団のアジトの出口探しを再開したのだった。


 周囲を警戒しながら分岐点へと戻り、今度は左手側へ進む。


「こっちは……行き止まりじゃないみたいね」

「……うん」


 すると、古びた木の扉に突き当たった。俺とドロテは、並んで聞き耳を立てる。


 ガキ二人が揃って扉に耳をくっ付けているその様は、はたから見ればかなり滑稽だろう。屈辱の極みだ。


「……誰もいなさそうね」

「うん」


 向こう側に人の気配が無いことを確認し、ゆっくりと扉を開ける。


 その先にあったのは、中心に粗末な木の椅子と四角いテーブルが置かれた広めの部屋だ。


 テーブルの上には、血痕らしきものが付着した短剣と、謎の黒い液体の入った瓶が置かれている。


 いかにも何かの儀式で使いそうな不気味アイテムだな。気色悪い。


「ねえ……アル……」


 部屋の中を眺め回していると、ドロテが珍しく弱々しい声で俺を呼んだ。


「どうかしたの?」

「ここ、どこにも出口が無いわ。全部行き止まりよ……!」


 確かにこの部屋には、俺たちが入って来た所以外に扉が存在していない。


 反対側の通路は行き止まり、分かれた通路を引き返しても牢屋があるだけ。


 注意しながらここまで進んだが、他に扉らしきものは見当たらなかった。


 ……だがまあ、概ね想定通りだ。


「ど、どうしよう? 出口なんて最初から無かったってこと!? 死ぬまでずっとここに居なきゃいけないの!?」

「落ち着いてドロテ。たぶん――」


 俺がドロテを宥めようとしたその時、突如として背後の扉が勢いよくノックされる。


「遅いデスよ! さっさと生け贄を連れて来るのデス!」


 同時に、頭がおかしそうな男の声が聞こえてきた。


「………………っ!」


 咄嗟に口を塞いで震えるドロテ。


 俺の頬を冷や汗が伝う。


「嘘だろ……っ!」


 ――間違いない。


 こんなふざけた話し方をするのは、あいつだけだ。


「ドロテっ!」

「きゃぁっ?!」


 俺はドロテの腕を引っ掴み、テーブルの下へと身を隠す。


「はて、誰も居ないのデスか? に加わりたくないのであれば、すぐに返事をして欲しいのデスが……」


 当然、返事などしない。するはずがない。コイツに見つかるのが一番最悪だ。


 そう思った次の瞬間、勢いよく扉が開け放たれる。


「…………目を閉じてっ!」


 俺はとっさにドロテに指示を出した。今悲鳴を上げられると困るからな。


「おやおや、不思議デスねぇ。ヒトの気配がしたのデスが……」


 ズルズルという奇妙な音を鳴らしながら、部屋の中へ入ってくるそれ。


 机の下から確認できるだけでも、六本の足と五本の腕が床に垂れ下がっている。


 死体を切り刻み、自分の身体へ縫合することを趣味とする、子供に見せちゃいけない冒涜的な姿をしたクソ異常者。場合によっては直視しただけで精神に異常を来し発狂しかねない、喋る化け物。


 こいつこそが漆黒教団幹部の一人、異形の死霊魔術師ネクロマンサー『デスパレート』だ。


 今見つかれば、俺もドロテもあの手足の中に加わることとなるだろう。おまけに、殺す前にこちらの精神を取り込んでくるので、死という救済すら存在しない。


 ちなみに、原作の『クロクロ』だと、アルベールがコイツに捕まって合体する末路を辿るルートが五つくらいある。


「どこに居るのデスかぁ?」


 絶体絶命のピンチ!

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