第14話 バーベキュー失敗


 俺とドロテーヌが部屋の隅へ身を隠してすぐ、扉が開け放たれる。


「おいクソガキどもッ! 殺されたくなかったら起きろッ!」


 同時に、男の怒鳴り声が響き渡った。どうやら、俺達を起こしに来たらしい。


 だが残念ながら、すでに目覚めている。命を狙われているのが自分だと気づかずに、いい気なものだな。


「……………………」

 

 俺とドロテーヌは返事をせず、扉の裏側でじっと息を潜める。


「……あ? ど、どこ行ったあいつら?!」


 すると、異変に気づいた男が血相を変えて部屋の中へ飛び込んできた。


 黒いローブを身に纏った、如何にも怪しげなヤツである。その見た目からして、おそらく『漆黒教団』の人間だろう。


 邪神復活を目論む、色々とヤバい狂信者どもの愉快な集まりだ。


 ――なるほど。理由は不明だが、クローズ家は教団に狙われていたわけか。迷惑な話だ。火刑。


「クソッ! 脱走しやがったのか?!」

「ファイヤーボールッ!」


 俺は、教団とドロテーヌに対する殺意を全て込めて火炎魔法を詠唱する。


 そして、掌に生成された大きめの火球を、男の背に向けて放った。


「ぎゃああああああああああああああ!」


 最大出力のファイヤーボールを背中に食らった男は、たちまち燃え上がり、叫びながら地面をのたうち回る。


 水溜まりで溺れる蟻みたいで滑稽だぜ! ……だが、思ったより威力が弱かったな。


「あづいっ、あづいあづいあづいいいいいいいッ!」

「ファイヤーボール」


 俺は外へ叫び声が漏れないよう扉を閉めた後、男へ更なる追撃をする。


「がああああああああああああああああっ!」


 肉の焼ける匂いがしてきた。多分、後もう一発くらい魔法を撃ち込めば仕留められるだろう。


 レッツ、バーベキュー!!!!!


「ファイヤーボー」

「やめてっ!」


 しかし、三発目のファイヤーボールはドロテーヌの妨害によって中断させられた。


「どうしたの?」


 腕を引っ張られたので仕方なく背後へ目をやると、ドロテーヌが怯えた様子でこちらを見ている。


「もう……十分でしょ……」


 そして、唐突に甘ったれたことを言い始めた。


「ちゃんと仕留めないと仲間を呼ばれちゃうかもしれないよ?」

「出来っこないわ……。だって、黒焦げだもの……」


 そう言ったきり、少しの間黙り込むドロテーヌ。


 燃えカスみたいになった男のうめき声だけが、牢屋の中にこだまする。


 全身に火傷を負って苦しんでいるのだろう。可哀想に。俺を誘拐しなければこんなことにはならなかったので、自業自得だがな!


「ねえ、アルベール」

「アルでいいよ」

「アル……」

「なんだい?」

「あんた、少し怖いわ……」


 散々威張り散らしていたコイツも、人殺しには抵抗があるらしい。


 面倒臭い奴だな。高貴なるこの俺を誘拐した可燃ゴミなど、焼却処分されて然るべきだろうに。


 ――だが、ドロテーヌにドン引きされて距離を取られたたままだと、いざという時に肉盾として機能しないかもしれないな。


「……ごめんなさい。悪い奴は問答無用で殺せって、お父さまから教えられてきたから……」


 仕方がない。お父さまに罪をなすり付けよう。


「あんたのパパ、頭おかしいのね……」

「僕は三男だし、お兄さま達と比べて優秀じゃないから、あまり期待されてないんだ。…………だから、何かあったら真っ先に僕が身代わりにならないといけないってずっと言われ続けてきた。……お父さまにとって僕は、都合の良い使い捨ての駒なんだよ。死んでも良いって思われてるから……人としての常識とか、そういうの何も教えて貰えなかった……」

「何よそれ……!」

「小さい頃、内緒で小鳥を飼ってたことがお父さまにバレてね。沢山殴られて、僕の手で始末するように言われたんだ。……あれ以来、生き物を殺しても何も感じなくなっちゃったの」

「最低じゃない……っ!」


 怒りの籠った声で、吐き捨てるように言うドロテーヌ。


 ちなみに、今の話は全て嘘だ。俺が一秒で考えた。


「えっと、つまりね……君は間違ってないよ、ドロテーヌ。僕はきっと、もう心が壊れておかしくなっちゃってるんだ」


 色々と雑だが、十歳のガキくらいなら騙せるだろ。


 さあ、俺に深く同情しろドロテーヌ!


「怖がらせてごめん。……ちゃんと帰れたらね……許嫁の話、僕から断っておくよ」

「………………!」

「巻き込んじゃったことも謝る。……ごめんね、ドロテーヌ」


 傑作だ。俺はさながら、悲劇のヒロインってところだな!


「さよなら――」

「あたし……あんたのこと、誤解してたみたい」

「え……?」

「……ドロテって呼びなさい」

「…………?」

「あたしのこと、親しみを込めて、ドロテと呼んでくれて構わないって言ってんの!」


 よし、上手く騙せたみたいだ。


「う、うん。分かった。よろしくねドロテ!」


 ミッションコンプリートだぜ。


「で、でも! 友達として認めたってだけで、まだあんたのこと許嫁って認めたわけじゃないんだからっ! 勘違いしないでよねっ!」

「もちろん分かってるよ」

「でもでも! まだあんたのこと許嫁って認めたわけじゃないけど、認めてないわけでもないんだからっ! 勘違いしないでよねっ!」

「???」

「バカっ! どうして分かんないのよっ!」


 何言ってんだこいつ。ついでに焼き殺すぞ?


「とにかく、扉が開いたんだから早く逃げよう!」


 俺は、ドロテーヌ改めドロテの言葉を軽くスルーしてそう提案する。


「……そ、それもそうね。こんな狭くて暗い場所に居る意味なんて無かったわ」


 かくして、俺達は牢屋から脱走するのだった。


 ――ちなみに、漆黒教団の幹部どもは物語の中盤以降で戦う『名前付きネームド』のボスなので、現在の俺が勝てる相手ではない。


 遭遇しないことを祈るぜ!

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