第13話 誘拐されたので八つ当たりビンタからの説教
「ふわぁー」
心地よい睡眠から目を覚ますと、目の前に冷たい石畳の床があった。
「……………………」
一瞬で不快な気持ちになったぜ。
俺は、地面にくっつけていた右の頬を
「いたい……」
というか、右頬が痛い。俺の身に何が起こった? それに、ここはどこだ。俺は一体何をしていた?
目覚めてからしばらくの間は、分からない事だらけだったが、頬の痛みと消えぬ憎悪の炎が俺に全てを思い出させてくれた。
「ドロテーヌ……!」
そう、ドロテーヌだ。
俺はヤツの後を追いかけ、バトルの末に勝利したが、何者かに催眠魔法をかけられてしまったのである。
……となるとつまり、これは誘拐事件だな。
そしてこの薄暗い部屋は、俺を閉じ込めておくための牢屋か。
実に腹立たしい。こんなけったいな牢屋に閉じ込めて良いのは猿だけだぞ。
――猿といえばドロテーヌだ。あいつはどこに居る? 殺されたのか? それとも見世物小屋にでも売り飛ばされたか?
そう思いながら足もとへ目をやると、ドロテーヌがすやすやと気持ちよさそうに眠っていた。
「……ちっ」
腹立たしいが、非常事態だ。ここを脱出するまでは、一時休戦といこう。
「起きて、ドロテーヌ」
俺は反吐が出るような優しい声でドロテーヌのことを揺り起こす。
「むにゃむにゃ……なんでみんな……お姉ちゃんばっかり……」
「今そういうのいらないから」
こいつは優秀な姉に対して劣等感を抱いているキャラだが、マジでどうでもいい。寝言は寝て言え。
寝てたぜ。
「起きろ」
ムカついたので、ペチペチと頬を軽く十発くらい叩いてみた。ちょっと赤くなってて愉快だったので、今までの無礼は許してやろう。
「う……ん……?」
すると、ドロテーヌはゆっくりと目を開ける。
「こほん……。おはよう! 大丈夫、ドロテーヌ?」
俺はいつものように心のチューニングを行うことで笑顔を作り直し、元気よくドロテーヌに挨拶する。
「うん…………」
すると、ヤツは珍しく素直に返事をした。どうやら、寝ぼけているらしい。
「良かった。元気そうだね」
「ううん……」
そうしてしばらくの間、眠そうに俺の事を見つめていたドロテーヌだったが、突然目を見開く。
「あ……!」
「どうしたの?」
「こ、ここはどこっ?! なんであんたがっ?!」
ドロテーヌは慌てた様子で飛び起きた後、素早く俺から距離を取った。そして周囲をキョロキョロと見回す。
「なんかほっぺたが痛い! なんで?!」
両手で頬をおさえて叫ぶドロテーヌ。実に滑稽な奴だ。
「覚えてないの?」
「あ、あんた、アルベールよね?! しつこくあたしの後を追いかけてきて、それで……」
そこまで言って、ドロテーヌは首をかしげる。
「……どうしたんだっけ?」
「………………」
――そんな気がしていたが、やはり催眠魔法を喰らうと直前の記憶が飛ぶようだ。
どうやら、俺と殴り合ったことは覚えていないらしい。
「えっと……」
「思い出せないなら、無理はしないほうが良いよ」
……というか思い出すな。その方が色々と都合がいい。この状況で殴り合いを続行するなどという下等な真似はしたくないからな。
「とにかく落ち着いて聞いて、ドロテーヌ」
「な、なによ!」
「どうやら、僕たちは誘拐されちゃったみたいなんだ」
「ゆ、誘拐?!」
いちいち驚くな。黙って聞け。まったく騒がしい奴だ。
「だから、どうにかして助けを呼ばないといけないね」
「ふざけないで! どうしてあたしが誘拐なんかされなきゃいけないわけ?!」
「僕に聞かれても……」
「……あんたのせいよ」
「え?」
「全部あんたのせいよっ! このバカ――」
刹那、べっちーん! という良い音が鳴る。
気付くと、俺はドロテーヌの左頬をビンタしていた。
「あ……ぇ……?」
またやってしまったらしい。こいつ相手だと怒りを抑えるのが難しいな。
「な、なんで……」
精神的に追い詰められているところへ物理攻撃を食らったドロテーヌは、目を潤ませながら困惑している。
その姿を見た俺は、勢い余ってドロテーヌの右頬までビンタしてしまった。往復ビンタというやつである。手の甲だったので、今度はバチッ! っという少し鈍めの音が鳴り響いた。
「あっ……あっ、あっ!」
二発もぶたれたドロテーヌは、完全にパニック状態に陥っている様子だった。
――よし、今のうちに大声で怒鳴りつけて、さらに混乱させることで誤魔化すとしよう。
「いい加減にしろおおおおおおおおおっ! 元はといえばああああああ! 君が勝手に屋敷の外へ出ようとしたからこうなったんだろおおおおおおおおッ! くたば――」
くたばれカスと言いかけたが、寸前のところで堪えた。それを言ってしまうと、説教という建前すら保てなくなってしまうからな!
「あ、あ…………!」
俺に怒鳴られたドロテーヌは、涙目のまま呆然と立ち尽くす。普段威張り散らしている奴ほど、暴力に弱いということだな。
暴力に屈しない高潔な精神を持ち、相手を選んで威張り散らしている俺を見習って欲しいものだ。
「うっ、あ……!」
……よし、そろそろ頃合いだな。
俺は目を白黒させているドロテーヌのことを抱きしめた。
「えぇ……っ?!」
「聞いて……ドロテーヌ……」
「な、なんなの……?」
「いきなりぶったりして……ごめんね……っ。でも、君のことは僕が守るから……だからお願い……今だけは、僕の言うことを聞いて欲しいんだ……ぐすっ」
そして、嘘泣きをしながらドロテーヌに懇願する。ビンタ、説教からの泣き落とし。フルコンボだ!!! こうすれば反撃できまい!
「い、意味分かんないわよぉ……っ!」
「びっくりさせてごめん……。でも……今は君だけが頼りなんだ……っ」
「…………!」
俺は無尽蔵に湧き上がってくる殺意を必死に抑え込みながら、出来る限り優しくドロテーヌに語りかけた。
「ひとまず深呼吸して……」
「う、うん……」
「ありがとう。良い子だね」
「さっきは……ごめんなさい……」
「ううん、大丈夫。ドロテーヌが謝る必要はないよ。……君の言う通り、責任は僕にあるから」
「………………」
ドロテーヌは大人しくなった。
どうやら、上手いこと支配下に置くことができたらしい。
「いざとなったら、僕が盾になる。僕が身代わりになってでも、ドロテーヌだけはここを出られるように頑張るよ……!」
「ううん……そんなのダメ。二人で……無事に脱出しましょ……」
「…………ありがとう」
よし。いざという時の肉盾、確保完了だぜ。
「ちゃんと二人で生きて帰れたら、僕のこともぶっていいよ」
「な、なによそれ……! ば、ばかじゃないの……!」
顔を真っ赤にしたまま、小声で悪態をつくドロテーヌ。バカって言うなクソガキがああああッ!
…………ふぅ。
どうやら、俺の
ムカついたので更に一発ぶってやろうかとも考えたが、これ以上ヤツの頬が赤くなると笑いを堪えきれなくなりそうなのでやめる。
「けど……どうするつもりよ……。ドアも開かないし……逃げられないじゃない」
「大丈夫、僕に任せて。――まずは扉の裏に隠れよう」
何者かが近づいて来る足音を聞き取った俺は、ドロテーヌにそう耳打ちした。
ついに、生身の人間に向かって全力で魔法を放てる機会が巡って来たのである。
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