第9話 お兄さまの行方


 勝敗を決めたのは、最初の一撃だった。


 不意打ちで放ったファイアーボールが、お兄さまの右足に命中したのである。


「き、貴様ぁ! 何故魔法をッ!」

「ふふふ」


 動けなくなったお兄さまから鞭を取り上げ、数回しばいた。


「うぐっ! があっ!」

「エドワールお兄さまは動物の鳴き真似がとてもお上手ですね!」

「き、貴様ぁッ!」

「おらッ!」

「ぐああああっ!」


 ミッションコンプリートである。


「こ、殺してやるクソガキッ!」

「え? うわぁ?!」


 途中で予想外の反撃に遭い、首を絞められたり、あんな事やこんな事をされたりしてだいぶ手こずってしまったが、先にエドワールお兄さまが力尽きたので良しとしよう。


 何故か魔法を使わなかったからとはいえ、七歳児に負けるエドワールお兄さまはとても弱い! クソザコ! ざぁこ!


 といっても、殺してはいない。ガスが発見していた隠し部屋――地下室の更に奥に存在する、魔術的に隠された用途不明の座敷牢へ閉じ込めているだけだ。


 おそらく、これでエドワール暗殺イベントは起こらないし、その結果エドワールお兄さまは生き延びる事が出来るので、俺は命の恩人であるといっても過言ではない。


 エドワールお兄さま。貴様のことは、俺がこれからじっくりと時間をかけて、品行方正な人間に教育してやるぜ!


 *


 翌日、屋敷は大騒ぎになった。昨日までドヤ顔で歩き回っていたエドワールが、突如として消失してしまったのだから当然だ。


 俺達はお父さまとお母さまに呼び出された。


 アリバイは完璧だと思っていたが、どうやら俺とリーズが地下室へ連れ込まれるのを見ていた奴が居たらしい。


 ガスが意地汚く屋敷中を這いずり回り、覗き見し、聞き耳を立てまくって得た情報なので、信憑性は高いだろう。


「ある……」


 二人が待つ居間へ入る直前、リーズが不安そうな顔をして俺の名前を呼ぶ。


 そして、持ち前の怪力で服の袖をぎゅっと掴んできた。


 俺と二人きりの時はある程度話せるようになったが、他の人間がいる時はまだ無理だろう。


「大丈夫だよリーズ。僕たちは何もしていない。正直に話せば、きっとお父さまもお母さまも、理解してくれるさ」


 俺は、適当にリーズを励ます。


「うん……。そう、だよね……」


 いざとなったら、お前に全て罪をなすり付けて逃げるがな!


「いざとなったら、僕がリーズのこと守るよ!」


 そう言うと、リーズは小さく頷き、少しだけ悔しそうな顔をした。


 『アルのことはわたしが守るって決めたのに……!』的なことを考えているのだろう。


 殊勝な心がけだが、守る守らないの判断は俺が下す。下僕は余計なことを考えず、俺の命令に従っていればいいのだ。ガスのようにな!


 俺はそんな事を考えながらリーズに向かって微笑み、扉をノックした。


「入っていいぞ」


 中に居るお父さまに促され、リーズと一緒に居間へ足を踏み入れる。


「失礼します」


 部屋には、お父さまとお母さまが狼狽えた様子で座っていた。長男が俺のせいで失踪しているのだから、当然の反応である。かわいそうに。


 けど、原作だと死ぬんだから、失踪の方がだいぶマシだよな!

 

「お父さま、お母さま。……エドワールお兄さまは……見つかりましたか?」


 俺は心配している顔をしながら、二人に向かって問いかける。


「いいえ……まだよ……」


 お母さまは、酷く憔悴し切った様子で呟いた。エドワールお兄さまは、お母さまの一番のお気に入りだからな! 笑えるぜ!


「あなた達は――何か知らないの?」

「何でもいい、知っている事があるのなら教えるんだ!」


 お父さまが怒鳴る。やはり、完全に疑われているようだ。


 おそらく、俺達がエドワールの家出を協力したと思われているのだろう。


 状況的にはそう考えるのが自然だし、家出であれば消えたエドワールの生存が保証されるので、親としてはそう思いたいに違いない。


「……いいえ、何も」

「昨日、お前とエドが一緒に居るのを見た者が居る。……あいつと最後に会ったのはお前なんだ……アル」

「別に、あなたを疑っている訳ではないわ。でも、正直に話して欲しいの。本当に何も知らない?」

「………………」


 問いかけに対し、俺は俯く。

 

「くっ……うぅ……っ!」

「アル……? やっぱり何か知っているのねッ!」

「うぅっ……!」


 ――俺は、笑顔を堪えるので精一杯だった。


 落ち着くんだアルベール。こんなにも上手く事が運んだからって、笑ってはいけない。


 ここでは、泣きながらお父さまとお母さまに訴えかける必要があるからな!


「ご、ごめんなさい……お父さま、お母さま……僕は……エドワールお兄さまなんか……居なくなった方が良いって思ったんです……! きっと……そのせいでっ――」

「何を言っているのッ!」


 刹那、部屋中に乾いた音が鳴り響く。


 お母さまが、俺のほっぺたを全力ではたいたのである。


「…………っ!」


 どいつもこいつも、手が出るのが早いんだよ。落ち着いて俺の話を聞きやがれ。


「……エドワールお兄さまにされたことと比べれば、こんなの全然痛くありません……っ!」

「ど、どういうことなのアルッ!?」


 お母さまは俺の両肩を掴み、強めに揺さぶってくる。やめろ。馬鹿になる。


「エドワールお兄さまは……僕やリーズのことを……鞭で打ってくるんです。昨日もそうでした……」


 幸いなことに、リーズの回復魔法はまだ未熟だ。俺の体には治療しきれなかった傷跡が残っている。


「そ、それは本当なの……?」

「はい……」


 俺は服をめくって、痛々しい鞭の跡を二人に見せつけた。


「………………っ!」

「だから、酷いことをするお兄さまなんか居なくなってしまえって……そう思ったんです……っ! そのせいでエドワールお兄さまは……! うええええええんっ!」

「わ、分かったわ。……もういいから、あなた達は部屋に戻っていなさい」


 かくして、お父さまとお母さまは黙らせることができた。


 しかし、怒りに任せて消すと後始末が大変だな。自己保身の為、これからはもっと平和的に生きよう!


 ラブアンドピース。暴力を用いない対話こそが正義だぜ!


 俺はそんな学びを得て、また一つ人間的に成長したのだった。


 くっくっくっ! 天才がこれ以上成長してしまったら、どうなってしまうのだろうか? 末恐ろしいぜ!

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