第8話 リーズの決意


 鞭を叩きつける音が鳴り響き、同時にアルが悲鳴を上げる。


「うわあぁッ!」


 リーズは、それをただ震えながら見ていることしか出来なかった。


 自分を庇ったせいで、アルがあんな酷い目に遭っているのに。


 全部自分のせいなのに。


「ぁ……うぐぅ……はぁ、はぁ……っ!」

「どうした? 鞭で打たれたくらいで泣いているようでは、この先たないぞ? 俺が満足する前に気絶したら、次はリーズの番だからな」


 エドワールが、こっちを見ながら言った。


 ――それでいい。


 だから、もうやめて。アルに酷いことしないで。罰なら自分が全部受けるから。


「ぅあっ、ぇえっ……!」


 リーズは叫んだ。しかし、ちゃんとした言葉にならない。こんな時まで、自分は役立たずだ。


 アルの邪魔にしかならない。


 リーズには何もできない。


「泣いて……いません。リーズは……僕が守ります……っ!」

「あ、ぁぁ…………!」


 やめて。


「そうか。なら、お前が泣き叫びながらその発言を取り消すまで嬲り続けてやろう」

「…………何があっても取り消しません」


 やめてやめてやめてやめてやめて。


「アル……ッ!」


 リーズは、声を絞り出して叫んだ。


「お願い……終わるまで、見ないで……」


 すると、アルはリーズの目を見て応える。


「ぁ……え……?」

「リーズには……かっこ悪いところ……見られたくないんだ……」


 そう言って、虚ろな目をしながら微笑むアル。

 

「全部終わるまで……目を閉じて、耳を塞いでて」

「………………っ!」

「お願いだよ……リーズ……」


 アルにそんな風にお願いされたら、嫌だと言えるはずがない。


 リーズはうずくまり、言われた通りにするしかなかった。


「…………っ!」


 時々、鞭の振動が伝わってきて、リーズはその度に体を強ばらせる。


 それでもアルの言いつけ通り、ただ動かず、じっとしていた。


 無音の真っ暗闇。


 自分が何だったのか忘れてしまいそうになるくらい長い間、何も見ず、何も聞かないようにして、アルの言った事を守り続けた。


「……………………っ!」


 不意に、何かに優しく肩を叩かれる。


「もう終わったよ……リーズ」


 耳を塞いでいても、アルが呼んでいるのだと分かった。


「エドワールお兄さまも……もう居なくなった」


 そう言われたリーズは、ゆっくりと顔を上げる。


「アル…………!」


 するとそこには、いつもみたいに笑うアルが居た。


「なんで……どうして……!」


 リーズには、どうしてエドワールが弟相手にここまで酷いことをできるのか分からなかった。


 あんな人、お兄ちゃんじゃない。


「ひどすぎるよ……!」


 固く拳を握りしめるリーズ。


 するとその時、突然アルがふらつき、倒れ込む。


「アルっ!」

「う、うぅ……」


 リーズは慌ててそれを受け止め、自分の膝の上に寝かせた。


 そして、覚えた回復魔法で治療を始める。


「ごめん……ね……リーズ……」

「………………!」


 その時、アルがうわ言のように呟いた。


「僕が……間違ってた……」

「…………?」

「嘘つきで……ごめんなさい。僕は……何も出来ないから……君の力になりたかっただけなんだ……リーズ……」


 リーズはそこでようやく、アルが今朝のことを謝っているのだと気付く。


 ――アルには、アルにだけは、気持ちをちゃんと伝えないといけない。


「ちっ、違うの……っ!」


 気付くと、自然と声が出ていた。


「アルは……アルはわたしの為に言ってくれてるのに……わたしは……自分勝手で……っ!」

「……僕には……リーズしか居ないんだ……。君に嫌われちゃったら……僕、どうしたら良いのか分からないよ……」


 アルは泣いていた。


 弱々しいその姿が、リーズの心を締め付ける。


 いつもはしっかりしているけど、アルだって自分と同い年の子どもなのだ。


「アル……っ! ごめん……なさい……ごめんなさい……えっぐ、うええええんっ!」


 悲しくて、可哀想で、涙が溢れて止まらない。


 泣きながら、ぎゅっとアルの事を抱きしめた。


「ごふッ!」


 こうしていないと、アルまでいなくなってしまうような気がしたから。


 自分にとって大切な家族は、もうアルだけだ。


「アルぅっ……あるぅううううっ!」

「く、ぐるじぃくるしい…………」

「嫌いって言って、ごめんねぇっ! アルのこと……っ、アルのことだいずぎだよぉっ!」

「……ぁ…………」


 その日、リーズは自分の全てをアルに捧げる決意をした。


 アルを側で守ってあげられるくらい、強くなるのだ。


 もう二度と、エドワールなんかに手出しさせない。


 これからは、アルの……アルベールの為に生きる!


「何も出来なくて……ごめんなさいっ……アル……うぅぅぅぅっ!」

「………………」

「…………ある?」

「………………」

「い、息してないっ!?」


 *


 不思議なことに、その日以降、エドワールは屋敷から姿を消し、消息不明となってしまった。


 本当はいけないけど、アルに酷いことをした罰が下ったのだと、どうしても思ってしまう。


 だからどうか、アルに触れられない所でひっそりと生きていて下さい。


 リーズは心の中でそう願った。

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