第7話 長男のエドワール


 俺はエドワールに腕を掴まれ、屋敷の地下室へ連れ込まれる。


 そして、そのまま床へ放り投げられた。


「わっ!」


 ここは、通称お仕置き部屋。悪さをすると、この場所で折檻されるのだ。


 この変態め……可愛い弟に何をするつもりだ!


 俺はゆっくりと起き上がり、エドワールの方を睨みつけて言った。


「説明もなしにいきなり乱暴をするだなんて、野蛮の極みですねエドワールお兄さま。品性を疑います。家畜の豚でももう少しお上品――」


 刹那、エドワールは俺の胸ぐらを掴み右頬をはたく。


 パン、といい音がした。


 流石は俺の頬っぺただ。鳴る音も素晴らしい。


「は……?」


 ところで、コイツは今何をした?


「アル。貴様は自分の犬の躾も出来ないのか?」


 困惑する俺をよそに、エドワールはそう問いかけてくる。

 

「は? は? え?」

「さっき、リーズが俺にぶつかって来た。……にも関わらず、ひと言も謝って来なかった上に、そのまま逃げ去ろうとしたんだが? これは一体どういう事かな?」

「は? え? えっ?」


 そんな事はどうでもいい。


 俺は今、ぶたれたんだよな?


 目の前に居るコイツに。


 エドワール・クローズに。


 怠惰で、傲慢で、嫉妬深く、短気で、目上の者にだけ媚びへつらい、自分より下の者は都合の良い下僕としか考えていない、人間のクズに!


「…………」

「どうした、なぜ黙っている。飼い主まで犬に似てしまったのか?」


 ……原作通りであれば、こいつは三年後、暗殺者に襲撃されて死ぬ。そうして、次男のジルお兄さまが次の当主となるのだ。


 だから、このクズは放っておいても問題はないと考えていたが、どうやら甘かったらしい。


 ――よし、殺そう。


 相手は魔法が使えるうえに、現時点の俺より確実に強い。


 だから、隙を見て確実に仕留める。俺が魔法を使えることを知っているのは、リーズとガストンだけ。奇襲の成功率は高いはずだ。


 火炎魔法で塵一つ残さず焼き尽くせば、犯行がバレる事もないだろう。


 そして念の為、こいつを始末した後はリーズと一緒に過ごし、アリバイを作っておこう。


 完全犯罪成立だぜ☆


「揃いも揃って自分の立場というものを分かっていないようだ。なあ、リーズ」


 エドワールの殺害を決意したその瞬間、当の本人がリーズの名を呼んだ。


「……えっ?」


 俺は思わず振り返る。


「……あ……る……っ」


 するとそこには、震えながら膝を抱えて座るリーズの姿があった。


「リーズっ!」


 危ない。目撃者リーズの存在に気付かず殺人を決行してしまうところだった。


 いくら下僕でほとんど喋れないとはいえ、まともな倫理観を持つリーズを黙らせ続けるのは至難の業だ。


「……チッ」


 今殺すのはやめておこう。命拾いしたな。


「り、リーズに何をしたのですかっ!」


 俺は一瞬で鬼気迫る表情を作り、エドワールに詰め寄る。下僕リーズの前なので、気遣う演技をしないといけない。


「いいや、これからんだ。悪い犬は鞭で躾けないといけないだろ?」


 えっ、なにそれキモ……。


「い、意味が分かりません」


 ドン引きする俺をよそに、エドワールは壁にかかっている鞭を引っ掴んで言った。


「お前がこれでリーズに罰を与えろ」

「…………っ!」


 俺にやらせるつもりなのか。


 いい趣味をしているな。


 自分よりも下の人間に思う存分鞭を振るうだなんて、さぞかし快感だろう。


 俺の心が少しだけ揺らぐ。


 ガストンなら喜びそうだから、悩むまでも無いのだが。


「躾は飼い主が責任を持ってするべきだろう?」

「リーズは……大切な家族です! おかしな事を言わないでください! 人の事を犬呼ばわりするだなんて最低だ!(すっとぼけ)」


 このクズの要求に大人しく従うのは癪だな。


 それに、今リーズを鞭で打てば、これまで構築してきた関係が全て崩壊してしまう。


 いざという時に備えて、回復役ヒーラーとはある程度良い関係を保っておきたい。


「おかしな事など何も言っていない。これが我が家の流儀だ」

「………………!」


 どうやら、この状況を切り抜ける為には目の前のクズを論破する必要があるらしい。


 仕方がないな。


「お言葉ですが……エドワールお兄さま」


 今こそ、前世のインターネット・レスバトルで培った論破力を発揮する時だ。


「暴力で言うことを聞かせようというのはあまりにも知能が低過ぎるのではないでしょうか? 考えなしに暴力を振るうことしか出来ないのであれば芸を仕込んだ猿の方がまだお利口――」


 パン、という音が鳴り響く。


「…………」


 俺は左頬をはたかれた。


「……よく、聞こえなかったな。何か言ったのか?」

「お兄さまはお猿さん以下なのですか?」


 ――パン。


 俺は右頬をはたかれた。


 どうやら、対話は不可能なようだな。


 ならば仕方がない、次の作戦に移ろう。


「…………僕には」

「うん?」

「僕には何をしても構いません。……でも、リーズのことを傷付けるのは絶対に許さない!」


 俺は、リーズに聞こえるよう大きな声で言った。

  

 敢えて俺自身が盾となる事で下僕からの信頼を勝ち取りつつ、自己犠牲をも厭わない高潔で真っ直ぐな姿を見せてやる事でクズを改心させる。


 実に完璧な作戦だ。


「さあ、煮るなり焼くなりしてください! 何をされても、僕はあなたを恨んだりしません! だって、エドワールお兄さまも大切な家族だから!」

 

 どうだエドワール! 貴様のようなドクズでも、こんなに健気な弟に暴力を振るうことなど出来ないだろうッ! 


「僕はお兄さまのことを信じています!」

「分かった。では、貴様も罰を受けろ」

「……えっ?」


 あれぇ?

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