第6話 半年後
リーズと一緒にこっそり魔法の訓練を行い、気が向いた時にガストンに試し撃ちをする生活を続け、半年が経過した。
魔法は、使えば使うほど習熟していく。半年間、二人でしっぽり――ではなく、みっちり練習した俺とリーズは、魔法使いとして見てもそこそこ優秀になっていると言っても過言ではないだろう。知らんけど。
「あるっ!」
夢の中ですやすやと過去の事を振り返っていると、突然寝巻き姿のリーズが部屋の中に駆け込んで来た。
「う……ん……?」
どうやら朝になったらしい。
「……おはよう、リーズ」
「ん…………!」
リーズは生意気にも、俺のことを睨み付けてくる。
「どうしたの? 険しい顔で枕なんか抱えちゃって……」
貴様も犬から豚にクラスチェンジしたいのか?
「嘘つきっ!」
そんな事を考えていた次の瞬間、リーズは俺に捨て台詞を吐く。
「きらいっ!」
そして、枕を丁寧に床へ置いて部屋から出ていった。
育ちが良いので、流石に投げつけることは出来なかったらしい。
「は……?」
理由は不明だが俺はリーズを怒らせるような事をしたみたいだな。
まったく、下僕のメンタルケアをするのもなかなか難しい。
「クソガキがよ……てめぇの機嫌はてめぇで取りやがれ……!」
殺意が湧くぜ。血祭り決定だな。
「……はっ! ぼ、僕の名前はアルベール・クローズ! アルって呼んでね!」
ふと、ベッドの横にある鏡に映った自分の顔が恐ろしいことになっていたので、可愛く微笑みながら挨拶をする。
こうして毎朝『心のチューニング』を行うことで、俺は可愛らしいガキであり続ける事ができるのだ。
しかし、最近はチューニングしすぎて本当の俺がどんな人間であったのか分からなくなってしまった気がする。
自分というものを見失った。
……まあ、どうでもいいけどな!
「さて……クソガ――リーズが怒っている原因を考えるとするか」
犬が怒って不貞腐れる理由といえば……エサをやり忘れたからだな! だが、リーズは毎日俺の隣でご飯を食べているので、お腹など空いていないはずだ。これは違うだろう。
となるとやはり、知らぬ間に約束でも破ってしまったのだろうか?
俺に向かって嘘つきとか言ってたし。
「うむ……」
しかし、俺は命令に忠実な下僕には優しい。望んだ褒美だって、できる限り与えるようにしている。
リーズとの約束を破ったことなど……。
「…………あれか」
無いとも言い切れないな!
それは、遡ること遥か昔。――具体的に言えば昨日の朝のことである。
子どもの体感時間からすれば、昨日の朝のことは遥か昔のことなのだ!
*
「う……ん……?」
俺が目を開けると、隣にリーズが眠っていた。
「………………」
無防備な間抜け面で眠りこけている、獣としての本能を失ったリーズに、無言の圧力を送る俺。
野生の狼だった頃を思い出せ、リーズ。
「……ん? ある……」
すると俺の念が通じたのか、リーズはゆっくりと目を開ける。
「おはよう、リーズ」
「おはよう!」
「…………それで、どうしてリーズが僕の部屋に居るのかな?」
「あ……」
「答えは簡単。リーズが、また僕のベッドに勝手に潜り込んできたからだ」
「…………!」
慌てた様子で口を塞ぐリーズ。無意味な行動だ。
「言わなくても、顔に答えが書いてある」
「………………」
「そっぽを向いて誤魔化したって無駄だよ」
やってる事が本格的に犬じみてきたな。教育の成果か?
「ん、んぅ……」
ちょっとくらい良いじゃん。というような目で俺のことを見てくるリーズ。
「もうすぐ八歳になるんだよ? 一人で眠れないと……」
いや、八歳くらいなら一人で眠れないのも仕方ないか? リーズは大切な家族を失ったトラウマ持ちだしな。
俺はその場で黙って考え込む。
「うぅ…………」
すると、リーズが俯きながら、上目遣いでこちらを見て来た。
どうやら、可愛さでこの状況を乗り切るつもりらしい。下衆が。
「こわい夢……見るの……」
なるほどな。だから俺と一緒じゃないと眠れないわけか。
「大丈夫。今度怖い夢を見たら、僕がリーズの夢の中に出て来て守ってあげるから!」
俺は、なんか適当にそれっぽいことを言ってリーズの説得を試みる。
「ほ、ほんと……?」
信じるなよ。ちょろすぎるぞ。
「うん、約束するよ!」
「ぜ、ぜったい……?」
「リーズが強く願えば、僕はどこへだって駆けつけるさ!」
我ながら、よくもこんなに薄っぺらい台詞を吐けたものだ。日に日に演技力が向上しているのを感じる。やはり、俺は多岐にわたる天才だぜ。
「こわい夢なんか、二度と見させない。僕を信じてリーズ!」
夢なんてものは、気の持ちようでどうにでもなるからな。
「分かった……。アルのこと……信じる!」
*
「……なるほど」
つまり、一人で眠った結果いつも通り怖い夢を見たのに、俺の助けが現れなかったので、八つ当たりしてきたということか。
状況からして、そうとしか考えられない。
「くくくっ、傑作だな! 可愛らしいじゃないか!」
想像しただけで笑えるぜ! 今後、俺の可愛さをアップする為の参考にさせてもらおう。
あんなくだらない戯言を信じるその健気さに免じて、今回は俺から謝ってやる。
「……とにかく、リーズの後を追いかけないといけないな」
俺はベットから這い出して、急いで身支度を整える。
「ごめんね……リーズ。僕は君の事を勇気付けたかったんだ……。うぅ……ひっぐ……うえええんっ」
そして、嘘泣きして謝る演技を完璧にキメてから自室を後にした。
「リーズ相手なら、泣き落としが有効だろう。……くくく」
「リーズがどうかしたのか?」
「え?」
嫌な声がしたので、思わず顔を上げる。
そこに立っていたのは、クローズ家の長男にして唾棄すべき人間のクズ、エドワールだった。
「あ、おはようございます、エドワールお兄さま」
「丁度いい、地下室に来い」
「ほぇ?」
こいつ……一体何をする気だ?
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