第5話 危機感
「う……ん……?」
目覚めると、俺はベッドに寝かされていた。
ふと横を見ると、リーズが心配そうな顔をしてこちらを見ている。
「……あれ、僕は一体何を――」
「…………んっ!」
刹那、リーズは目覚めた俺に抱きついてきた。
ふわりと、甘い香りがする。我が家で使っている石鹸の匂いだ。
どうやら、身も心もクローズ家に染め上げられてしまったみたいだな。
「ど、どうしたのリーズ……?」
俺はそんなことを思いながら、彼女に問いかける。
すると、リーズは更に抱きしめる力を強くすることで答えた。
一瞬だけ、俺の事を絞め殺そうとしているのかとも考えたが、従順なリーズがそんな
おそらく、俺の心配をしてくれているのだろう。
「あ……る……っ!」
「僕は大丈夫だよ」
――そういえば、魔力切れで気絶したんだったな。
つまり、部屋に訪ねて来たリーズが、床に倒れている俺を発見し、ベッドまで運んでくれたということか。
その献身的な態度、まさに犬。
俺の次くらいにかわいい存在であることを認めてやろう。
「ある、へーき……?」
というか、こいつ結構喋れるな。設定はちゃんと守れよ。
「……うん。ちょっと疲れて眠っちゃっただけ」
俺はリーズを抱きしめ返し、耳元でこう囁く。
「もう大丈夫だから、心配しないで」
そして、リーズをゆっくりと引き剥がしながら、指先で涙を拭ってやった。
「……ん、んぅ……!」
「でも、ありがとう。僕の事を心配してくれるのなんてリーズくらいだから、すごく嬉しいよ……」
真っ赤な嘘だ。俺は、使用人を含めたこの家の全ての人間から愛されている。
だが、リーズをコントロールする為にはこう言っておいた方が良いと、俺の天才的な直感が告げているのだ。
「……リーズはイ――お姉ちゃんみたいだね」
俺は、リーズに向かって可愛く微笑んだ。
一瞬イヌと言いかけたが、ギリギリセーフである。気を引き締め直さなければ。
「あるぅ……っ!」
俺がそんなことを考えていると、リーズが再び抱き付いてきた。
やれやれ。これでは、魔法の練習どころではない。
どうにかして、気を逸らすことは出来ないだろうか?
「あ、あのねリーズ……。いくら家族だからって、女の子が男の子とこんなにべたべたしたらいけないと思うんだ……」
俺は試しに、そう忠告してみた。
というか、俺に気安く触るな。離れろ。
「んっ……!」
すると、リーズは首を横に振った。家族とはこういうものだと言いたいらしい。
確かに、原作のリーズは主人公であり兄であるアレクに、危ないくらい懐いていたな。
このブラコン野郎が。
お前はお兄ちゃんなら誰でもいいのか。恥を知れ。
――第一、俺はお兄ちゃんではない。ご主人様だ。
そろそろ、こいつにもガストンと同じように上下関係を叩き込んでやる必要があるのかもしれないな。
「もう。わがまま言わないでよ、リーズ」
「ん!」
「それにね、僕は魔法のお勉強をしたいんだ」
「ま……ほう……?」
すると、リーズが魔法という言葉に食いついてきた。
「まほう…………!」
キラキラと目を輝かせて俺の方を見てくる。
「もしかして、リーズもお勉強したいの?」
リーズは、うんうんと首を縦に振った。
自発的に魔法を学ぼうとは、実に勤勉な奴だな。
流石は下僕第二号。流石は犬。
褒めておいてやろう。
「リーズは偉いね!」
「ん……?」
俺は、いきなり褒められて困惑しているリーズの頭を撫でてやる。
ちなみに、犬や猫といった動物は、毛の流れを乱さないように撫でてやるといいそうだ。
インターネットにそう書いてあった。前世の知識である。
「じゃあ、一緒にお勉強しよっか。最初は僕が教えてあげるね!」
「ん!」
俺はリーズを勉強机に座らせ、魔導書を広げた。
こいつの適性は、治癒の魔法だ。
とりあえず、そこら辺の呪文を教えておけば良いだろう。
俺は魔道書のぺージをめくり、治癒魔法について記載されている項目を探す。
「……あった」
まずは、俺と同じく初級魔法の練習をさせておこう。
「とりあえず、『キュア』をやってみようか。まずは、この魔法が発動する原理を知る必要があるから、それを教えるね」
「……キュア」
「え……?」
しかしその時、リーズは俺の膝に手を当てて、勝手に詠唱を始めた。
すると、魔法が発動して彼女の手が光り輝き、倒れた時に出来たと思しき俺の青あざが消え去った。
「な、治った……」
どうやら、俺が教える必要など無かったらしい。
「…………ん!」
得意げな顔をするリーズ。成程、これがメインキャラクターと三下ザコの才能の差か。早いうちに下僕にしておいて良かったぜ。
「す、すごい……すごいよリーズ! 教えなくても出来たってことはつまり、リーズは最初から、直感で魔法の原理を理解してたってことだ! 滅多にない才能だよ!」
とりあえず、俺は褒めて欲しそうなリーズを望み通り褒めておく。
「んん!」
すると、リーズは口角を吊り上げながら、無い胸を張った。
「リーズは魔法の天才なんだね!」
……まあ、天才である俺の下僕なのだから、この位の才能は備えていてくれていないと困るがな。
「でも……僕が教えられること……無くなっちゃった……」
俺は、少しだけ寂しそうな顔を作って俯いた。
「僕なんか、すぐに置いていかれちゃうんだろうな……」
「あるぅ…………!」
「ご、ごめん。僕は大丈夫だから、心配しないで! あはは……」
しっかりしているように振る舞いつつも、定期的にか弱さを見せることで相手の庇護欲をかき立て、俺に依存させる。
これが、数多くのメイドと執事を落としてきた俺の人心掌握テクニックである。
「んぅ……!」
「わぁ?!」
次の瞬間、俺は椅子から立ち上がったリーズに押し倒された。
「ずっと……いっしょ。置いてかない……っ!」
「リーズ…………」
こいつ……回復キャラのくせに結構力が強いぞ? そのうち締め殺されるのでは?
俺は、少しだけリーズに対して危機感を抱いた。
飼い犬に手を噛まれてしまわないように、気をつけねば。
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