第4話 魔法の練習


 ――リーズが屋敷にやって来てから、一週間が経った。


 わんこメソッドを駆使し、適度に撫でたり餌付けしたり遊んでやったりしたおかげで、リーズは俺に懐き、命令になんでも従う下僕第二号となった。


 実にめでたい。


 ……ちなみに下僕第一号は、俺が現在椅子にしている、ふくよかな小姓だ。


「ぶ、ぶひいいいっ! ありがとうございますううううっ!」


 こいつの名前はガストン。


 リーズが来る少し前に、俺の世話係としてこの家へやって来た。


 原作では、ジルベールお兄さまの後ろで俺と一緒に「そうだそうだ! ジルベールさまの言う通りでゲス!」という役割を担っている。


 要するに、お父さま、お母さま、ジルベールお兄さま、俺、リーズ、使用人、下民、畜生、その他虫けら、有象無象、塵芥ちりあくた、こいつの順番で偉いという訳だ。


 だが、初対面の時――


「君が僕のお世話をするの? じゃあ、これからよろしくね!」

「ケッ! お前みたいなケツの青いクソガキの世話なんてゴメンでゲス! あっしの下僕になるんだったら、靴舐め係くらいには任命してやっても良いんでゲスがねェ!」

「あはは。そっか」

「それとも、ブタの鳴き真似をしてあっしを楽しませる家畜係の方が良いでゲスかぁ?」

「うん、そうだね」


 かなり生意気な奴であることが判明したので、こうして従順な豚に調教し直した。本人の希望通りだな!


 豚と犬を手懐けた俺は将来、立派な調教師になれるだろう。


「これからも、俺の言うことをしっかりと聞けよ?」

「あ、あの、一人称は『僕』の方がいいでゲス!」

「…………ッチ。オスブタが僕に指図するなッ!」

「メスブタなら指図しても良いんでゲスか?」

「死ね」


 俺は立ち上がり、四つん這いになっているガスの横腹を蹴りつける。


「ぐぼぶひひひひいっ! ありがとうございますうううっ!」

「………………」

「はぁ、はぁ、アルベールさま……いい感じでゲス……!」

「………………」


 こいつ、蹴られて喜ぶようなキャラじゃ無かった気がするんだけどな?


 少し様子がおかしい気もするが、まあいいだろう。


 ガストンは、とあるルートで、俺や兄さまに対する恨みを晴らすため、料理に毒を混ぜて殺害を試みてくるクソ野郎になるからな。


 今のうちから、できる限り上下関係を叩き込んでおいた方が良いのだ。


「それで、ガストン。リーズは今どうしてるんだ?」

「へ、へい。……部屋の前に仕掛けておいた人妻ものの官能小説(★★★★★寝取られる描写が背徳的でとても良かったでゲス)を夢中で読んでいるところでゲス! しばらくは、ここへは来ないと思うでゲスよん♪」

「……リーズにそんなものを読ませるな!」


 俺はもう一度ガストンを蹴っておいた。


「ぐふっ、ぶひひひひいいいいい! こっそり回収しておくでゲスううぅぅぅっ!」


 こいつには、リーズに存在を悟られないように行動することと、なるべくリーズの気を俺から逸らすことの二つを指示してある。


 下僕が寄り集まると、謀反を起こされる可能性があるからな。


 余程のことが無い限りは分散させておいた方がいい。


 というわけで、現在は命令を忠実? に守ったご褒美を与えているところだ。


 リーズは俺に懐き、下僕第二号となったが、その代償として、俺は常に付きまとわれるようになってしまった。


 誰にも邪魔されず、独りで静かに豊かにしていた食事も、今はリーズが乱入してくる。


 どうやら、飯はみんなで食べるものという謎の宗教を信仰しているようだ。哀れな奴め。


 おまけに、寝る時まで俺のベッドの中に潜り込んで来やがる。幸い、今の季節は冬だから暖がとれてちょうどいいが、夏になってもこの調子で潜り込まれたら死ぬ。


 どうにかして、やめさせなければならない。


「……まあいい。ご苦労だったな。帰っていいぞガストン。というか帰れ」

「へぇ!? も、もう終わりなんでゲスか!? あ、あっしはまだ椅子にされ足りないでゲス! あっしをもっとブタと罵って欲しいでゲス!」

「帰れ。故郷に」

「じ、自分の部屋に帰らせていただくでゲス!」


 そう言うと、ガストンは立ち上がり、物凄い勢いで俺の部屋から出ていった。


「……あいつはあいつで、七歳だとは思えないな。……今のうちに抹殺しておいた方が世の為になるんじゃないだろうか」


 俺は愉快な独り言を呟きながら、椅子に腰掛ける。


 そして、書斎からこっそりと持ち出した魔導書を机の上に広げた。


 これから、いよいよ魔法の勉強を始めるのだ。


 どうやら、魔法を使う為には、その原理を完璧に理解したうえで詠唱しなければいけないらしい。


 だが、原理を説明している魔導書は基本的に古代文字とやらで書かれているので、それを読めるように勉強するだけで、随分と時間がかかってしまった。


 急いで手頃な魔法を習得し、遅れを取り戻さなければならない。


「確か……俺の適性は火属性だったはずだ」


 本来、この国で魔法を使って良いのは、十歳になって『鑑定の儀』を終えてからだ。魔導士による適性の診断は、その際に行われる。


 だが調べたところ、十歳未満の子供が魔法を使ってはいけない明確な根拠も特に存在していないみたいだし、勝手にやってしまって良いだろう。


 どうせくだらない迷信だ。


 それに、今のうちから訓練しておけば、他のガキどもに三年差をつけられるからな!


「では、始めるとしよう」


 俺が持ち出した魔導書に記載されている魔法は、どれも超しょぼい初級のものだ。しかし、こういうのは基礎から固めていくのが大切なのである。


 たぶん。


 まずは、火属性の初級魔法、ファイヤーボールから試してみよう。掌に小さな火の球を生み出す、ありがちな魔法だ。


「ファイヤーボール」


 俺は試しに、詠唱してみる。


 すると魔導書に書いてある通り、俺の掌に小さな火の玉が生み出された。


「…………」


 線香花火レベルだ。初めて魔法を使ったのにあまり感動できない。侘び寂びも特に感じない。


 最初はこれを維持し続けることで少しずつ魔力を高めていくのが定石らしいが、そんなまどろっこしいことはやっていられないな。


「ファイヤーボール、ファイヤーボール、ファイヤーボール、ファイヤーボール、ファイヤーボール」


 俺は試しに、同じ魔法を繰り返し唱えてみる。連続詠唱によって威力が上がって派手になるとか、そういう感じの裏技的なやつはないのだろうか?


「うぐっ……?!」


 するとその時、突然視界がくらみ、そのまま床に倒れ込んでしまう。


 俺は動けなくなったのだった。


 なるほど。これがいわゆる魔力切れというやつだろう。とても気持ち悪い。吐きそうだ。


 子供が考えなしに魔法を使うと、こうなってしまうから危険だという事だな。


 この国の大人どもは、それを感覚的に理解しているのだ。


 迷信じゃなかったぜ!


「…………無念だ」


 そんなことを思いながら、俺は意識を失うのだった。

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