第3話 生きる理由


 ぱぱ、まま、おにいちゃん。


 リーズの大好きな家族は、ある日突然、魔物に奪われてしまった。


 リーズは一人だけ生き残り、一人ぼっちになった。


 小さな教会でお葬式をして、小さなお墓を三つ作ってもらった。


 みんな魔物に食べられてしまったから、ちゃんと魂がそこで眠っているのか不安だ。


 お葬式の後、リーズは誰も居なくなった家に一人で帰ってきた。


 家族との沢山の思い出が詰まったこの場所も、近いうちに売り払われてしまうらしい。


 リーズは泣いて、嫌だと抗議したが、誰も話を聞いてくれなかった。


 やがて、遠い親戚だという大人の人達に家から連れ出されて、知らない屋敷に連れて来られて、そこの埃っぽい部屋で過ごすようになった。


 その頃から、声が出なくなっていた。


 話しても無駄だと理解したから。


 屋敷には、リーズの知らない人達がたくさん集まって来て、いつも何か話し合っている。


「うちでは面倒を見切れないから、早く誰が引き取るのか決めて欲しい」だとか、


「喋れもしない娘なんか引き取った所で、貰い手など付くはずがない」だとか、


「いっそ、奴隷として売り飛ばしてしまおう」とか、


「こんなことなら、一緒に死んでくれれば良かったのに」とか。


 難しい話をしていて、はっきりとは理解出来なかったが、リーズはその言葉のどれもが自分に向けられた罵倒である事は分かっていた。


 誰からも必要とされていないどころか、邪魔だと思われているのである。

 

 もう、この世界にリーズの事を想ってくれる人は居ないのだと知った。


「わたしだって、ぱぱとままにあいたい! おにいちゃんに会いたい! こんなところいやだ!」


 リーズは扉を開けて、大人達に向かってそう叫ぼうとしたが、やはり声が出なかった。


 そんな事をしても無駄だと、心が理解しているのである。


 幾つもの冷たい視線が、部屋を飛び出したリーズに突き刺さった。


 早く居なくなってしまえと、無言で願われている。


 ――もう死んでしまいたい。


 そうすれば、きっと向こうでみんなに会えるから。


 ぱぱ、まま、おにいちゃん。


 どうしてリーズも一緒に連れて行ってくれなかったの?


「…………ぅ、うぅ……あぁっ……!」


 彼女は、毎晩のようにそんな事を考え、声にならない声で泣いていた。


 眠れば、決まって魔物に襲われる悪夢を見る。


 だから恐ろしくて、ろくに眠る事も出来ないのだ。


 リーズは動く気力もなくなり、一日のほとんどを埃っぽいベッドの中で過ごした。


 ――そうしてしばらく経ったある日、リーズを引き取る人が決まった。


 グレゴワール・クローズという、髭を生やした、とても怖くて乱暴な人だ。


「まったく……なぜ俺がこんな役立たずの穀潰しを引き取らねばならんのだ……!」


 この人が新しいぱぱだと聞いた時、リーズは地獄に叩き落とされたような気分になった。


 けど、もう涙も枯れ果てていて、泣くことすら出来なかった。


 *


 クローズ家の屋敷に着くと、同い年の男の子を紹介された。


 笑顔なのに目の奥がぜんぜん笑っていない、得体の知れない男の子。 


 怖いおじさん――グレゴワール様は、この子に喋れないリーズの世話をさせるつもりらしい。


 きっと、目の前の男の子も迷惑に思っているだろう。


 リーズは、死んだ方が喜ばれる邪魔者だから。


「僕の名前はアルベール。アルって呼んでよ。これからよろしくね、リーズ」


 そう思ったけど、男の子は……アルはとても優しい子だった。


 ここの家の人たちは、みんな怖くて、ぴりぴりしていて、あまり好きになれないけど、アルは別だ。


 アルはリーズに、このままでも良いと言ってくれた。リーズの言いたい事を理解してくれた。


「僕にはちゃんとした事情が分からないけど、大変だったんだね。ゆっくり休んでいいから、焦らないでね。リーズ」

「ぅ…………んぅ」

「何かあったら、いつでも僕を頼って!」

「ん…………っ!」

「ふふふ」


 アルは、リーズの頭をなでて可愛く微笑んだ。


 でも、なぜか冷たい感じがした。


 違和感から目を逸らす為に、別のことを考える。


 ――頭を撫でられるのは久しぶりだ。そういえば、ままもぱぱもおにいちゃんも、よくリーズの頭を撫でてくれたっけ。


 子ども扱いは嫌だったけど、今はそれがどうしようもなく恋しい。


「ぅう……あぁ…………!」

「リーズ……?」


 気付くと、リーズは泣いていた。


 枯れたはずの涙が、目から溢れ出て止まらなくなってしまったのである。


「ぅう……ひっぐ、うぅぅっ」

「よ、よーしよしよし」


 アルは慌てた様子で、そんなリーズの頭を何度も撫でてくれた。どうやら、困らせてしまったみたいだ。


「ぼ、僕、何か変なこと言っちゃった?」

「………………ん、んぅっ!」


 リーズは、首を振る。


 アルは同い年なのにすごく大人びて見えたけど、慌てている時は子供っぽくて可愛い。


 目の奥が笑っていないような気がしたのは、きっと気のせいだったのだろう。


 リーズが暗い気持ちでいたから、おかしな目で見てしまったのだ。


「ア……ル……ぅ」

「……リーズ!」

「……ぁい……ぅ」


 ありがとう、とお礼を言いたかったけど、それは言葉にならなかった。


「すごいよ! 僕の名前、ちゃんと呼べたじゃないか!」

「…………んぅ」

「……僕ね、みんな忙しくて誰も相手にしてくれなかったから、君みたいな歳の近い子が家族になってくれて、嬉しいよ」

「……………!」

「改めて、これからよろしくね。リーズ」


 その時、リーズは気付いた。


 ――気のせいなんかじゃない。


 アルはずっと泣いているんだ。


 自分と同じで一人ぼっちなんだ。


 でも、奪われてしまったリーズと違って、この子は初めから何もない。何も知らない。


 ずっとずっと一人ぼっち。


「ふふ」


 悲しい気持ちを隠したまま、こんなに上手に笑えるようになってしまったのだ。


「…………んっ!」

「わっ?!」


 リーズは思わず、アルのことをぎゅっと抱きしめる。


「ど、どうしたのリーズ?」

「……んっ!」


 もう良い子の演技なんてしなくてもいい。リーズが、本当の家族の愛を教えてあげる。


 いつか絶対、本当に、心の底から、笑わせてあげる。


 嘘でもあんなに素敵に笑えるのだから、本当に笑ったアルはどんなに素敵なんだろう。


「……びっくりしたよ」

「んぅ……!」


 リーズの生きる理由が見つかった。

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