第2話 リーズ登場


「お父さま……説明が不足しています。どうしてこのガ――この子を引き取ったのですか?」


 俺は、お父さまに問いかける。


「色々と事情があるんだ。子供が知る必要はない!」

「そ、そんな!」


 確かにそうだ! 何も言い返せない! 七歳児が首を突っ込むことではないな!


「……と、言いたいところだが、お前は賢いからな。特別に説明してやろう」

「…………。ありがとうございます」


 ならさっさと話せや。


「……まず、リーズは、ラングレー家唯一の生き残りだ」

「はい。……はい?」


 唐突に明かされる衝撃の事実。


 ……アレク死んだの?! 主人公だぞ?!


「えっ?」


 困惑する俺をよそに、お父さまは説明を続ける。


「そして、我々クローズ家と、リーズの居たラングレー家は、プレヴァンス公爵家の分流に当たる」


 プレヴァンス公爵家といえば、確か長男が俺やリーズと同い年だった記憶がある。


 魔術の天才で頭脳明晰、かつ美形でクールで氷属性とかいう、いけすかなさを煮詰めて丁寧に抽出したかのようなキャラをした、モテモテ貴公子だ。とりあえず死刑だな。


「……要するに、遠い親戚関係というわけだ。……だから、ひとまず引き取った」


 そう話すお父さまは、どこか不服そうだった。


 おそらく、立場が上のプレヴァンス家からリーズの面倒を押し付けられたのだろう。


 そうでなければ、権力に媚びへつらい弱者に暴力を振るうド屑のカスお父さまが、こんな善い事をするはずがない。


「……なるほど、事情は大体分かりました」

「エドやジルは忙しいからな。ガキの面倒は三男のお前が見なさい」

「…………」

「適当に可愛がってやるといい」

「二回も同じことを言う必要はありません」


 そして最終的に、リーズの面倒を押し付けられたのは俺だったというわけか。 


 適当に可愛がれとは、凄いことを言う。やはりこの家の人間は狂っているな。


 比較的まともなのは俺だけだ。


 ……しかし、それにしたって急すぎぞ。主人公のアレクが勝手に死ぬだなんて、俄には信じられない。


「…………あ」


 ――そこで俺は、『クロクロ』のプロローグを思い出した。


 まず、主人公のアレク(九歳)は、両親や妹と馬車に乗って森を抜けようとした際、魔物に襲われて死亡する。


 だが、その時能力に目覚め、森を抜ける直前まで時間を巻き戻すのだ。


 かくして、アレクは最初のピンチを切り抜け、皆で無事に我が家へと帰り着くことができたのである。めでたしめでたし。


 ……という訳だが、物語の後半にて、アレクが実際に行なっているのは、時間の巻き戻しではなく世界線の移動である事が明かされる。


 死んだ時点で、似通った別世界のアレクに転生するのだ。


 つまり、俺は主人公のアレクが最初に「失敗」した世界線に取り残されてしまった、ということなのだろう。


 非常にまずい。


 この先、アレクが活躍しないと国やら世界やらが滅んでいたような事件が沢山あるんだが?


 あいつが居ないとこの世界は終わりなんだぞ?


「用はもう済んだ。仕事の邪魔だから、外で遊んでいなさい」


 俺が内心で激しく動揺していると、お父さまが言った。


「……もう木は燃やすなよ」

「そんな昔の話はしないでください」

「黙れ! 口答えするなッ!」

「えぇ……」


 情緒が不安定すぎる。


「さっさと出て行け!」

「…………はい」


 かくして、俺とリーズは書斎から追い出されたのだった。


 *


「……ごめんね。お父さまって、ああいう人なんだ」


 書斎から少し離れた俺は、ずっと何も言わずに俯いているリーズに向かって話しかける。


「………………ぁ」


 リーズは、顔を上げて俺の方を見た。


 まだ七歳なのに家族が死んで、おまけに知らない場所へ連れて来られたんだ。


 きっと、まだ気持ちの整理もろくにできていないのだろう。


 泣けるぜ。


 俺は、なるべくリーズに優しくしてやることにした。


「えっと、僕の名前はアルベール。アルって呼んでよ。これからよろしくね、リーズ」

「………………」


 だが無視された。


 ぶち●すぞクソガキ。


 あの世で大好きな家族と会えてハッピーエンドだぜえええェ!


「………………ぅ」

「…………もしかして、話せないの?」


 俺は喉元まで出かかった言葉を飲み込み、そう問いかけた。


 よくよく考えてみたら、ずっと様子がおかしい。


「…………んぅ」


 すると、リーズは少しだけ申し訳なさそうな顔をしながら、こくこくと頷く。


「大変なことじゃないか! お医者さまには診てもらったのかい?」


 俺は驚いて心配する演技をした。


 だが実際のところ、「家族を目の前で失った精神的なショックで喋れない的なアレね。悲劇のヒロイン気取りやがってよぉ!」としか思っていない。我ながら情緒が不安定だ。


 前世の記憶に目覚め、二人分の意識が混ざってしまったせいで、精神性が少し普通とずれてしまったのかもしれない。


 ……そう思ったが、俺ことアルベールは、元から他人を虫けらとしか思っていないクソガキだったので平常運転でした。お父さまに似たんだな! ごめんね、てへ★


「…………んっ!」


 俺が一人でおめでたくなっていると、リーズが再び頷いた。


 どうやら、医者には診せたらしい。


「なんて言ってたの?」


 聞いたところで答えられないか。面倒だぜ。


「………………ぅ」


 リーズは、首をぶんぶんと横に振る。


 分からない、という事だろう。


「そっか……」


 俺の理解力が天才級なおかげで、意外と会話できるな。


「治るのかも分からないってこと?」

「…………んぅ」

「きっと大丈夫だよ。何にせよ、僕とはこうして話せてるわけだし」

「…………ん」


 俺は、適当にそれっぽいことを言いながらリーズを慰めた。


 だが、大丈夫じゃない。お前は回復魔法が使えるキャラなんだから、詠唱が出来るようになってもらわないと困る。


 ここへ来たのだから、俺の下僕第二号として、死ぬ気で頑張ってもらうぞ!


「僕にはちゃんとした事情が分からないけど、大変だったんだね。ゆっくり休んでいいから、焦らないでね。リーズ」

「ぅ…………んぅ」


 俺は、リーズの頭をそっと撫でてやる。


「何かあったら、いつでも僕を頼って!」

「ん…………っ!」


 前世の記憶によると、こうすれば手懐けられるはずだ。


 犬を。


 でも、犬も人間も似たようなもんだよな!


 こいつ喋れないし!


 なんか適当に撫でときゃいいだろ!


「ふふふ」


 俺は可愛くほくそ笑んだ。

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