第1話 予想外の展開


 俺はグレゴワール伯爵家の三男、アルベール・クローズ。七歳だ。


 前世の記憶に目覚めてから、今日でちょうど三年が経った。


 西洋風ファンタジーな世界の醍醐味といえば、魔法である。


 俺はこの三年間、魔導書を読むために、ひたすら書庫に籠って言語の勉強をしていた。


 その過程で、前世の記憶だけでは知り得なかったこの世界の情報を、色々と学ぶことが出来たのは大きな収穫だった。


 ――というわけで、まずは現状を確認していこう。


 俺が転生したゲームの世界『クロノス・クロニクル』の舞台となっているのは、「エステリシア」と呼ばれる大陸である。


 俺や主人公アレクが住んでいるルマナン王国は、大陸西側に存在する、自然豊かな国だ。


 山脈を隔てた東側の方では、北のグレンドルト帝国と、南のナポール共和国が、魔石とかいう謎の資源を巡って互いに睨み合っている状態である。


 しかし、現在は各々の思惑が水面下で進行しているだけであり、本格的に戦争が始まるのは約十年後だ。


 ちょうど、俺より二歳上である兄さまと、その同年代の主人公アレク・ラングレーが、学園を卒業する年である。


 学園生活で、三つの勢力全てと何かしらの繋がりができるアレクは、戦争の際どの勢力について戦うかを選択できるが、俺はどうあがいても死ぬので関係ない。勝手に戦ってろ。


 ――従って、戦争が始まる前にどうにかして国外へ脱出し、幸せに暮らすことこそが、俺の人生における勝利条件となる。


 ちなみにこの大陸は、邪神やら厄災やら禁術やらの、放置していると世界が丸ごと滅びるヤバい案件をいくつも抱え込んでいるが、それらは全て主人公のアレクが死ぬ思いをして解決してくれるので問題ない。


 がんばれアレク。この世界と俺の為に。


 ……という訳で、ストーリーにはなるべく関わらないようにするとして、まずは国外へ逃亡した時にも生きていける強さと知識を身につけなければいけない。


 最悪の状況を想定し、野外でも生きていけるサバイバル能力を習得する必要がある。


 とはいえ、この世界には魔法なんて便利なものが存在するのだから、それさえ覚えてしまば、多少は楽になるだろう。


 魔法の練習と体力を付けるためのトレーニングを同時並行でやっていこう。


 ――そんなことを考えていたその時、突然自室の扉がノックされる。


「どうしたの?」


 俺は、与えられた勉強机で読んでいた本を閉じ、扉の方に向かって言った。


「ご主人様がお呼びです」


 メイドの声が返ってくる。


「うん分かった、すぐ行くよ」


 俺はなるべく可愛い声で言った後、こう続けた。


「いつもありがとう! 素敵なメイドさん!(すごく可愛いキメ声)」


 我ながら、実に素晴らしい演技だ。こんなに愛嬌のある貴族のガキはなかなか居ない。


「い、いえ! そんな、もったいないお言葉ですぅっ!」


 俺に悩殺されたメイドは、ばたばたとどこかへ走っていった。


 全くもってちょろすぎる。


 クローズ家の人間は基本的に偉そうだから、ここの使用人はお礼を言われ慣れていないのだ。


 今の俺はそこそこ可愛いので、メイド相手にもお礼ができる素直なガキを演じておけば、使用人たちの間で好感度がうなぎ登り。


 いざという時、味方になってくれる可能性が高まる。


 使えるものは何でも使う。余計な敵は増やさない。それが、この先生きのこる為の戦略だ。


「呼び出しってなんだろう? ぼく、何か悪いことしちゃったのかな……?(可愛い声)」


 不届きなメイドが外で聞き耳を立てている可能性を考慮し、独り言で可愛く不安がる演技をしながら、椅子を立つ俺。


「ちょっと不安だな……(可愛い声)」


 見られていない時であっても、決して気を抜かない。


 この調子でいくと、俺は将来、最強の役者になれるだろう。


「……ったくよぉ反吐が出るぜェ」


 小声で呟く俺。


 今のは、思わず口からまろび出た本音だ。誰も聞いていないことを祈る。


 ……よく考えたら、七歳にしては少し利口に振る舞いすぎていたかもしれない。


 もうちょっと我儘わがままな方が自然か……? 余りにも利口すぎると、かえって気味悪がられて捨てられるかもしれないしな。


 難しいところだ。


 俺はそんなことを思い、愛嬌のある子供らしさについて考えながら自室を後にし、お父さまの待つ書斎へと向かうのだった。


 *


「お父さま」


 俺は扉をノックして呼びかける。


「入って良いぞ、アル」

「はい。失礼します」


 書斎へと足を踏み入れた俺は、予想外の光景を目の当たりにし、驚愕した。


「これは……どういう事ですか……お父さま?」

「見ての通りだアル。新しい……家族? を連れて来たぞ!」

「家族?!」


 お父さまはそう言って、隣に居た少女の肩をぽんと叩く。


 真っ直ぐにおろしたプラチナブロンドの髪、病的なまでに青白い顔。そして、生気のない死んだような瞳は、くすんだ色をしていた。


「そ、それはつまり……お父さまはその……僕と同い年くらいの女の子が好きという――」

「違う。引き取っただけだ。おかしな勘違いをするな!」


 即座に否定するお父さま。


「こいつの名前はリーズだ!」

「リーズ?!」

「なんだアル? 知っていたのか?」

「い、いえ……」


 お父さまにはそう答えたが、嘘だ。


 俺は、こいつを知っている。『クロクロ』をプレイしたのであれば、知らない方がおかしい。


 リーズ・ラングレー。


 主人公である、アレク・ラングレーの妹だ。


 しかし、様子がおかしい。


 本来であれば、髪は二つに結んでいたし、瞳だってもっと綺麗な金色だったはずだ。


 元気で可愛らしい、いかにもな妹キャラといったムカつく風貌をしていたはずである。


 今のこいつがそう見えないのは、常に俯いていて、酷くやつれているからだ。


 名前を聞くまで、俺は目の前のガキがリーズだと気づけなかった。


「今日からコイツは、お前の世話係だ!」

「は…………?」

「……いや、お前がコイツの世話係か……? まあ、どっちでもいい。適当に可愛がってやれ!」


 分からない。どうしてリーズがここに居るんだ?

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