悪役貴族、さらなる外道へと覚醒する~バッドエンド確定の世界に転生したので、最強になって無理やりハッピーエンドを目指します~
おさない
プロローグ
おれはグレゴワールはくしゃくけのさんなん、アルベール・クローズ! てんさいのよんさいだ!
「反省しろアル! 大抵のいたずらは許してやるが、俺が大切に育てている庭の木を燃やすことだけは断じて許さんッ!」
おれはいま、おとうさまにおこられている。いたずらで、にわのきをもやしたからだ!
「鉄拳制裁だッ!」
おれは、おとうさまになぐられてふきとんだ。へやのかべにぶつかった。ほんがあたまにおちた。すごくいたかった。
「いってぇッ!」
――刹那、脳内に謎の記憶が流れ込んでくる。
一瞬で膨大な情報を流し込まれたことにより、未発達で曖昧な四歳児の思考は一気に研ぎ澄まされ、代償として強烈な吐き気に襲われた。
「………………ぐぅッ!」
俺はそれらの痛みを堪えながら、ゆっくりと立ち上がる。
怒り、憎しみ、憎悪、怒り、怒り怒り怒り怒り怒り。
様々な感情が俺の中で渦巻き、瞬く間に情緒が発達していく。
「お、おお……偉いぞアル! 俺に殴られても泣かないとは……成長したんだな!」
「あぁ……」
情操教育、完了だぜ。
「素晴らしいぞ!」
「ふん!」
我が父、グレゴワールよ。俺はこの一瞬の間に、貴様が想像するよりも遥か高みの次元へと到達した。
もっと褒めろ。その程度の賞賛では足りん。
――ところで。
一緒に流れ込んで来た、この記憶は何なのだろうか?
……最初は戸惑ったが、不思議とそれが前世の記憶であることはすぐに理解できた。
俺の前世は、日本という国で暮らしていた平均以下の無能と思しき人間だ。
学校では今の俺みたいな奴に虐められ、会社ではなんか偉そうな奴にヘコヘコと頭を下げて日々を暮らす、プライドの欠片もない人間。
実にくだらない人生を歩んでいたらしいので、自分ごとながら怒りが抑えられない。
誰にでも頭を下げやがって。今の俺には考えられないくらいの腰の低さである。腹立たしい。貴様には自分というものがないのか。貴族としての誇りはないのか。お父様意外に軽々しく頭を下げるな。反吐が出るぜ!
一瞬そう思ったが、前世の俺は貴族でも何でもないただの平民だったようなので仕方がないのかもしれない。
まあ、平民にしてはよく生きたと褒めておいてやろう。力が無いのならば、余計な恨みは買わないように生きる。それは実に素晴らしい生存戦略ではないか。
流石は俺だな。無能であっても高潔で知的だ。
と、このように、俺は他人に対しては厳しいが、自分にだけは甘いのである。
「…………はぁ」
しかし、いきなり膨大な情報を流し込まれて覚醒したせいで、少し疲れてしまった。休みたい気分だ。
「だ、大丈夫か?」
そんな俺を見て、お父さまがそう聞いてきた。
……自分から殴っておいて、そんな問いかけをしてくるだなんて、お父さまも変な人だな。即刻死ね。
俺の心に渦巻いていた怒りが、殺意という新たな感情へ分化する。
――そうだ! 今の思考力があればこいつを言い負かす事が出来るのではないだろうか?
天才的な発想に至った俺は、前世のインターネット・レスバトルとやらで培った論破力をお父さまに見せつけてやることにした。
「お言葉ですが……お父さま……」
「ど、どうしたアル?! 四歳児とは思えない言葉遣いだぞ……!」
「その四歳児を相手に暴力で言うことを聞かせようというのはあまりにも知能が低過ぎるのではないでしょうか? 考えなしに暴力を振るうことしか出来ないのであれば芸を仕込んだ猿の方がまだお利口ですよねぇ? お父さまはお猿さん以下なのですかぁ?(早口)」
まずは見え透いた挑発で相手の怒りを誘い、冷静な思考を封じる。
完璧な作戦だ。
そう思った次の瞬間、俺は再び殴り飛ばされていた。
「よく分からんが、生意気な口をきくなッ!」
結局、いくら口が達者でも暴力には勝てないという事だ。
齢四歳にして悟った。現実は非情であると。
「ご、ごめんなさいいいいいっ!」
俺は、お父さまに泣きながら謝る。
「謝れて偉いッ!」
「はんせい……じまず……!」
「よろしい。今日一日飯抜きの罰で許してやろう」
「びええええええええんッ! いやだああああああッ!」
成長した気になっていたが、俺は結局ガキだった。
悲しい。おなかすいた。
「ごはんだべだいよおおおおおッ!」
「黙れッ!」
――だがそんなことよりも、気にかかることが一つある。
アルベール・クローズ。そして、グレゴワール・クローズ。これら二つの名前に、何故か憶えがあるのだ。前世のどこかで見かけたような気がする。
「………………ッ!」
そこで、俺は漸く思い出した。
――今の俺、前世でプレイしてたゲームの登場人物じゃねえか!
*
『クロノス・クロニクル』
通称『クロクロ』は、死ぬと時間を巻き戻してやり直せる能力――いわゆる【死に戻り】の力に目覚めた主人公が、仲間達と共に最良の未来を目指して奮闘するシュミレーションRPG(※十五歳以上対象)である。
このゲームの最も特徴的な部分は、やたらとバッドエンドが多いという点だ。
街中で普通に刺されて死ぬネタ寄りの「通り魔エンド」や、殺された仲間の生首を目の前に陳列される「生首エンド」、一番好感度の高いヒロインが醜悪な魔物にされる「魔物エンド」、拷問された主人公が自ら死を望む「介錯エンド」など、選択ミスによって発生する、ありとあらゆるバッドエンドがプレイヤーの心をへし折って来るのである。
おまけに「世界滅亡エンド」や「虐殺王女エンド」などの、必ず一度は見ておかないとハッピーエンドに辿り着けない回避不可能なバッドエンドも存在している為、更にタチが悪い。
俺は、そんな救いのない世界で、必ず主人公と敵対する悪役貴族の一家に転生してしまったのだ。
しかも、メインで主人公を妨害するのは、俺の兄にして次男の、ジルベール・クローズである。
兄さまは、ルート次第では主人公に協力することもある憎めない悪役として描写されているが、俺はただひたすらに兄さまの腰巾着。
おまけに、形勢が不利になると仲間を裏切って逃げ出し、いつの間にか死んでいる、最悪で良いところなしのギャグ要員。唯一の取り柄は顔が可愛いことだけ。
大抵のキャラは選択次第で救う事ができるこのゲームにおいて、どんな選択肢を選んでも無様に死ぬネタキャラ。散々ヘイトを集めて惨たらしく死ぬ為だけに生み出された三下悪役貴族。それが俺なのだ。
*
「終わった……」
お父さまに殴り飛ばされた後、泣きながら自室に戻った俺は、絶望する。
「俺……死ぬんだ……。死んで、画面の前の皆様にガッツポーズされて……笑い飛ばされるんだ……!」
もっとも、この世界に主人公を操作しているプレイヤーが存在するのかは不明だが。
ここが前世でプレイしたゲームの世界そっくりだとはいえ、人や物や外の風景は全てリアルだし、現実の世界だと考えておいた方が良い気がする。
ゲームの世界であるということを前提に好き勝手振る舞うと、頭のおかしい奴だと思われかねないからな。現状を正しく認識しよう。
「とにかく、破滅だけは回避しないと……!」
――よし、決めた。
俺はこれから、自分の為だけに生きる。
今のうちから全力で特訓し、最強になって、三下即死ネタ貴族の未来を変え、幸せな余生を送るのだ!
グレゴワール伯爵家の三男、アルベール・クローズは今日、生まれ変わったのである!
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