爆破事件、連続する3
「貴様は金銭目的で魔法少女をやっていたと言ったな。しかし私にはそれだけだとはとても思えない。さあ、どうする? このままか弱き市民を見捨て」
「じゃあさっさと行きましょうか」
「えっ?!」
なぜそう仕向けたはずのドクターシノブが驚くのだろうか。勝手に人に夢見ないでほしい。あと車道から降りるのは危ないので歩道側に乗ってるドクターシノブが先に降りてほしい。押すように座席を移動すると、ドクターシノブが慌てて転(まろ)び出た。私もそれに続き、エコバッグは置いたまま運転手に会釈して出る。
「ま、まさかそんなに早く決断するとは……さすが元魔」
「いいから、とりあえず中にいる人を全員退避させてくれませんか?」
「やけに急いでいるな」
「5分で終わらせましょう」
1秒たりともスーパー特売タイムに遅れる訳にはいかない。グズグズしている者に特売の女神は微笑まないのである。
まず、爆破される可能性がある建造物に一般人がいるのは流石に危険だ。あと何かあった場合に人目があると困る。私にも体面というものがあるので、悪の秘密結社と付き合いがあるだなどと思われたくはない。のちのち就活に響きそうな気がする。
「なんか秘密結社的な陰謀で全員を出せないんですか?」
「舐めるな。我々にとって民衆を扇動することなど児戯に等しい」
ビルの近くに立って、ドクターシノブはリストウォッチを弄り始めた。間もなく内部からサイレンのようなものが聞こえてきて、幼児や年寄りなどがわらわらとスタッフに誘導されて出てくる。人々はそのまま道沿いに北上していった。
「火災警報を誤作動させてやったぞ。モニターによると逃げ遅れた奴はいない。このまま徒歩15分の公園まで退避するように指示しておいた」
意外に普通に退出させたようだ。
そのままビルの中へと入って、全ての通用口の施錠をしてエントランスのシャッターを閉める。
「ドクターシノブも入ってきたけど良いんですか? ほんとに爆発物があったら死ぬかもしれませんよ」
今までの規模から考えて、爆破テロ犯は人命を何とも思っていない人間らしい。ビルを壊せるほどの破壊力がある爆発物の近くに立っていれば、当然普通の人は死ぬ。今までの事件では幸いにも死者は出ていないが、重軽傷を負った人はいると報道されているのである。
一応の気遣いとして訊くと、ドクターシノブは自信満々に胸を張った。
「貴様が見捨てる筈はない。何故ならば、貴様は魔法少女だからだ!」
「勝手に夢見るのやめてくれませんか」
辞めたっつってんのにわかってないのかこの人。もうほっとくことにした。
バッグの中から、手のひら大のコンパクトを取り出す。それを見てドクターシノブはにわかにテンションを上げる。
「そ、それが例の、魔法少女が使用する変身アイテム……!!」
「防御デバイスです」
「ついにプリンセスウィッチが復活するというのか!!」
「ちょっと静かにしててください」
同じくバッグからスマホを取り出す。暗記している番号を押して通話ボタンを押し、繋がったら終了ボタンを押す。5秒後にかけ直されてくる電話に出る。
4年も使っていないことなのに意外と覚えているものだ。
「あっどうもご無沙汰しております三科ですけれどもーちょっとご相談したいことがありまして〜……」
「なんて普通の応対なんだ……」
ドクターシノブが勝手にガッカリしている。
『何の間違いかと思ったがマジでヒカリンか! 懐かしいな』
「ノジマさんですよね、お久しぶりです」
『一応確認コード言ってくれる? 覚えてんの?』
「多分覚えてます」
特殊防衛省、特殊能力部隊情報本部との連絡には、魔法少女本人であると確定させるために確認コードを告げる必要がある。この確認コードには数種類あって、本人であると証明するだけの本コード、敵がそばにいて脅されている場合の緊急コード、他の魔法少女を派遣してもらうための招集コードなどがあった。
ドクターシノブがいるので緊急コードでもいいけれど、面倒なので本コードを告げておく。
『誰かいるっぽいけど大丈夫なの? つか何でワコード福祉ビルにいんの?』
「ある意味大丈夫です。なんか例の爆発テロの次の標的がここっていうタレコミがありまして」
『引退したのに仕事するねえ』
「一応開放パス発行してもらえたらありがたいんですけど、出来ますか?」
『出来るっちゃ出来るけど、ヒカリンまだ減退期来ていないん?』
「処理くらいは出来ると思います」
『マジか。一応近くの魔法少女(チーム)に呼びかけとくわ。ちょっと遠いから時間かかると思うけど』
「了解ですーお疲れ様でーす」
『また今度ゆっくり喋ろうなー』
ノジマ情報管理官は、私が現役の頃から情報通信を担っていた人である。相変わらず元気そうでよかった。現役の頃はみんなでおじさん呼ばわりしていたけれど、今思うとそんなにおじさんではないな。子供というのは残酷なものだ。
少し待っていると、コンパクトが光りだした。解錠されたらしい。
「そんな……普通の電話で起動するなど……いや、まあいい。とにかくこれで貴様は変身するというわけだな」
やたらとガッカリした顔をしているドクターシノブに、私は追い打ちをかけた。
「変身なんかしませんよ」
「え……」
「衣装デバイスは魔法少女のプライバシー保護のためのものなので。既に正体知ってるドクターシノブに対してやっても無意味じゃないですか」
魔法少女の能力制御機能をコントロールするのは、このコンパクトの役目だ。衣装デバイスも同時に使用するのが普通だけど、別に変身しなければ制御機能が使えないわけではない。
衣装デバイスは顔や骨格も変えてみせるとはいえ、流石に19歳にもなってヒラヒラ衣装は恥ずかしい。
そう言うと、ドクターシノブはこの世の終わりのような絶望顔をして崩れ落ちた。
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