爆破事件、連続する4

「これまでの現場検証結果から爆発物はこの一階及び地下、建造物を支えている大きな柱を壊すよう仕掛けられている筈だ」


 絶望から立ち直ったドクターシノブは、大理石のフロアにこのビルの設計図を照射しながら説明した。思考予測マシンによると爆破予想時間は近く、既に爆発物が仕掛けられている可能性が高いらしい。


「今いる場所がこの中央エントランス、大きな支柱となっているのがこの4箇所だ。よほどの愚か者でなければここを狙う。最小限の爆発物で最大限の破壊効果を得ようと思うなら、まずここに最も大きい爆発物を仕掛けているはずだ」

「ドクターシノブ」

「また、今までに仕掛けられたことはないがガス管と電力系統についても警戒する必要があるだろう。今までは建造物を破壊することに重きを置いていたが、テロ行為を重ねるに連れて犯行が激化するのはよくあることだ。そうやって自滅していく馬鹿がどれほどいることか」

「ドクターシノブ」

「なんだ、ようやく変身する気になったのか」

「いえ、しませんけど」


 一瞬ガッカリした顔になったドクターシノブは、メガネを掛け直して要件を訊いてくる。長々と喋っていた演説が止まったので、私はようやく質問できるようになった。


「これ、爆発物では?」

「は? ……これは」


 エントランスを飾るように、観葉植物の鉢が通路の両側に並べられている。吹き抜けで広々としたエントランスなのでそれほど圧迫感はないけれど、植木鉢はそれぞれ直径1メートルほどある大きなものだった。そのうちの出入り口に近いひとつ、エントランスからは見えない壁側のところが他と違っていた。

 植木鉢のフチの部分に、スマホほどの大きさの膨らみがある。ご丁寧に植木鉢と同色にされた四角い茶色の粘土のようなものが貼り付けられているようだ。


「怪しいな……」

「ですよね」

「今から解析するが、おそらくは極小信管内蔵タイプの可塑性爆薬だろう。このリストウォッチにはレーザーで物質を解析する機能もついているので、このような大きさのものであれば約30秒で詳細な」


 何かまた喋りだしたので、私は反対側の植木鉢の方へと近付いた。そこにも同じようにひとつ爆発物と思しき物体がある。様々な種類の観葉植物が植えられている中で、ひときわ高さのある木が植わっている植木鉢にそれは貼り付けられている。

 エントランスからまっすぐ行ったところにある反対側の出入り口にも、同様のものが発見された。


「おい三科ヒカリ! 爆発物が設置されている建物の中を一人で歩き回るとは危険極まりないだろう。私にひと声かけていけ」

「他にもありましたよ」

「何故手に持っている!!」


 見つけた計3つの爆発物を見せると、ドクターシノブは大げさに後退った。この反応からすると、これは本当に爆発物だと確定されたらしかった。


「結構簡単に剥がれたので……」

「剥がれたら持ってきていいというわけではない! 置いてきなさい!」

「大きさからして建物を破壊するほどではないですよね。出入り口を塞ぐことで中にいる一般市民を爆破の巻き添えにしようとか胸糞悪い考えで設置されたんでしょうか」

「それはなかなかに胸糞悪い考えだが、おそらく違う」


 解析してもらっていた最初のひとつも剥がして、全部一纏めにする。ドクターシノブはそれを嫌そうに眺めながら首を振った。


「もっと胸糞悪いぞ」

「どんな感じで胸糞悪いんですか」

「解析の結果、爆発の衝撃波に指向性を持たせる構造になっていることがわかった。爆発物は外側に向かって仕掛けられていた。内部ではなく、外部にターゲットを絞った爆発物だ」


 ドクターシノブの中指がメガネを押し上げる。


「私の予測では、これらは駆けつけてきた魔法少女を狙って置かれた爆発物だ」

「胸糞悪いですね」

「しかも燃焼性物質を撒き散らす構造になっている。人がいる状況でそれが爆破すれば、人体に付着した物質が燃え続けて大変なことになっただろう」


 ビシ、と硬い音が響いた。爆発物が爆破されたのかと思ったけれど、僅かな振動だけで建造物が倒壊する気配はない。

 何の音だろうと思っていると、ドクターシノブがやけに汗をかいていた。


「い、いま、きき貴様の足元の大理石が割れた……のだが」

「あ、ホントだ」


 私が乗っている大理石のタイルが大きくひび割れている。これが割れた音だったらしい。


「ちょっとイラッとしちゃったんで、割っちゃいましたね」

「イラッとしちゃっただけで割っちゃったのか……」

「魔法少女あるあるですよ」

「あるあるなのか……」


 魔法少女の素質が早期に発見されるきっかけが大体こういう感情の物理的発露である。幼い頃は感情の抑制が効かずに力が暴走しやすいのだ。まあ小さい子供だと力も弱いのでさほど被害もないけれど、現役の魔法少女がうっかりしてしまうと割と大変である。こういった爆破事件以外でもちょいちょい建物が崩壊するのは、魔法少女があるあるしちゃった結果であることが多いのは秘密だ。


「まあ出入り口も封鎖してますし一般人もいませんし、このまま爆破させましょうか?」

「待て、このビルがどうなってもいいというのか。貴様それでも魔法少女だというのか」

「魔法少女辞めてますよ」

「貴様はこの規模のビルを建てるのにどれくらいの費用がかかっているかわかっているのか。貴様の好きな金が灰燼に帰すのだぞ。どうだ悔しくはないのか」

「他人のお金は別に……。あと特に人的被害がないんだったらいいかなって」


 あと、地味にスーパー特売タイムの時間が迫っているので。

 言外の意思を敏感に感じ取ったらしいドクターシノブは、リストウォッチを起動させて通話を始めた。


「手の空いている社員5名を例のスーパーへ行かせろ。スーパー特売タイムの安売り商品を買ってくるのが任務だ。特別手当を出す。……それでいいな。代わりに貴様はここで爆発物の処理に専念しろ」

「待って下さい。その社員がもし男性で買い物に慣れてないなら人数を3倍ほど増やしてください。あと欲しいものと選ぶコツと戦い方をちゃんと教えないと」

「我が秘密結社は買い物代行サービスは担っていないぞ!」


 ドクターシノブは、渋々ながらも私の指示に従ってくれた。その代わりに私はこのビルにある爆発物を責任持って処理するようにと念を押される。特売に行かないのであれば今日は暇である。熟練の主婦たちとの戦いよりもここでのんびりしている方が圧倒的に楽なので、私はその条件を呑んだ。


「じゃあ残りの爆発物もさっさと片付けて帰りましょう。あー、エコバッグ持ってくればよかった」

「回収した爆発物をエコバッグに入れようとするな」


 ドクターシノブは黒いスーツの内ポケットから、ビニールの四角いバッグのようなものを取り出した。台所で食品を入れるようなアレに似ている。


「これは我が技術部が開発した特殊形状記憶ビニールだ。中に品物を入れて軽く押すと、自動的に真空状態にしてくれる機能がついている。普通は収集品を保存するために使うものだが、素手で爆発物を持つよりもいいだろう」


 これまた便利そうなものが出てきた。そして普段は何を収集しているんだろう。

 一纏めにした爆発物をそれに入れ、ぴったりと空気が抜けていく様子に感心してから密閉し、そのビニールを持って他の爆発物を探しに行く。

 オープンしてさほど時間が経っていないビルは綺麗で、照明も明るい。人の気配がまったくない、静かで清潔感のあるビルを私とドクターシノブは歩いて進んだ。


「しかし、出入り口に爆発物を仕掛けるというのは今までになかったことだ」

「そうなんですか」

「これは目星をつけた場所以外も確認する必要があるな」

「そうですね」

「全てのフロアを探したほうがいいだろう」

「そうですね」

「念のために魔法少女に変身したほうがいいのではないか?」

「嫌です」





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