爆破事件、連続する2
日曜日には、少し離れたところにあるスーパーが大特価市を開催する。野菜が50円近くなる貴重な機会なので、用事がないときは大体そこへ買い物に行くようにしていた。
卵おひとり様ひとパック80円のセールに間に合うためには、そろそろ準備を始めなければ。
出掛けるところがあるとドクターシノブの魅力的な勧誘話を断ると、意外にも彼はあっさりと話を中断して立ち上がった。素早く洗い物を片付ける辺り助かる客である。
「今日は明太子ありがとうございました」
「何を追い出そうとしている。早く支度をしろ」
「え、でも私これから用事が」
「どうせライエーの特売に行くのだろう。我が組織は既に貴様の趣味が特売チラシを眺めることだと把握している」
「……一緒に行くんですか?」
「そんな目をしていいのか? 私は車で来ているのだぞ。人手と車があれば普段は諦めている品物が買えると思うが」
「一緒に行きましょう。ライエー楽しいですよ」
『オデカケデスカ?』
いつもは自転車で行っているけれど、車であれば重いものをいくらでも買える。醤油とみりんとお米も買おうかと考えながらエコバッグを準備していると、ドクターシノブが玄関でそわそわと身だしなみを整えていた。ドアに貼り付けてあるマグネットの鏡を覗き込みながらささっとスーツをブラシで撫で、ネクタイも調整している。
「スーパーって買い物するだけの場所なんで、別にかしこまる必要はないですよ」
「スーパーくらい私でも知っている! 別にかしこまってはいない!!」
「あ、行ったことあるんですか」
「20年ほど前に何度かな」
この20年は行ったことがないらしい。自炊は出来るくせにスーパーに行かない生活とはどう成り立っていたのか質問すると、食料品は基本的にSジェネラルが経営する飲食系のダミー会社から直接入手していたらしかった。各地に契約農家がいるようで、一流の食材を集めて飲食店を経営しているらしい。やり手である。
なんとなく、安い食べ物をあまり口にしたことのない人なのかもしれないと思った。貧乏生まれからすると羨ましい境遇である。
「さあ乗るがいい。我が工業部が作り上げた最新型の車両だ」
ドクターシノブは手ずから車のドアを開けて、私を後部座席へと誘った。運転席に座る黒ずくめの部下がミラー越しにペコリと会釈してくる。それに会釈し返しながら乗り込むと、ドクターシノブが私に続いて乗り込んできた。特売という名の戦場へ赴くというのになんだか楽しそうにしている。
「さあ出発しろ。どうだ、三科ヒカリ。この滑らかな走り出しと静音性には舌を巻くだろう」
「そんなことはどうでもいいですけど、大丈夫なんですか。スーパー特売タイムはかなり熾烈な戦いになりますよ」
「この私の頭脳と身体能力があれば不可能なことはない」
「いや、おばちゃんの迫力にそんなものは通用しなくて……」
謎の余裕を持っているドクターシノブに特売の危険性を説いていると、私たちを乗せた車は途中で減速をしはじめ、ある場所で一時停止した。
「見ろ、こんなところに偶然にも事故現場があるぞ」
「すごい白々しい」
「ここのところ周辺で多発している魔法少女出動事件のうちの一つが起こった場所だ。爆破の規模と危険性から、この地方では今年初めて被害規模大に分類された」
「ああ、最近多い思想団体のテロとかいうやつの……」
警備ロボが並び、電子スクリーンで覆い隠されている一角は、道路に面している部分だけでもビル3から4件ほどの大きさがある。スクリーンで内側は見えないが、確かここにはそこそこ高さのあるテナントビルが並んでいたはずだ。今電子スクリーンで覆われているのは3メートルほどの高さまでで、他のビルの間からすきっ歯のように空が覗いている。
「私の掴んだ情報では、どうも思想団体というよりは、正体不明の無差別爆破テロ犯の仕業らしい」
別に良いのだけれど、この人は大事そうな情報をそうペラペラ外部に漏らして大丈夫なのだろうか。
「エリア内で頻発し、この一週間で14件、うち8件がこの2日で行われている」
「結構働き者のテロリストなんですね」
「爆発物に共通点があり、同一犯であることはわかっているものの、犯行声明や要求も政府や報道機関に送られてはいない」
いたるところで秘密結社の部下が暗躍しているのだろうか。巷に溢れる陰謀説というのは意外と捨てたものではないのかもしれない。窓には透け防止フィルムを貼り、スマホのインカメラに盗撮避けシールを貼っておいたほうがいい気がしてきた。
「我々独自の分析によると、犯人は1人から5人ほどの個人または少数集団、海外とのパイプを持ち爆発物を密輸していると思われる。犯行現場を決めているのはおそらく1人だ。それにしても三科ヒカリ、無差別爆破テロというのは何とも的外れな言い方だと思わないか?」
「どういうことですか?」
ひとりで演説しているのかと思ったら質問された。続きを促すと、ドクターシノブは得意げに中指で眼鏡をクイッと上げた。
運転手は空気を読んでまたそっと車を流れに戻した。車で移動している分普段よりも移動時間が短くなるけれど、あまり時間をかけられるとスーパー特売タイムに遅れそうな気がしていたので助かった。
「無差別と言いながら、こういった手合いは本当に無差別にターゲットを選んでいるわけではない。この街にある緊急ステーション、軍事エリアからは一定の距離を置いた場所しか選ばれていないからな。しかも大企業が所持する物理セキュリティの強いビルではなく、ファッションビルや中小企業の入った弱い相手ばかり選んでいる。無差別テロというのはつまり、自分より弱い相手に対して、という条件がついているのだ。実に陰気で女々しい、卑屈な人間の所業ではないか」
形の良い片眉を上げ、ドクターシノブは皮肉げに笑った。口調からして、そういった輩を見下しているらしい。真に実力があるのであれば、より強いところに対して挑戦を挑むべきであるとか、弱い者いじめだなんて幼稚園児でもしてはいけないと知っていることだなどと言っている。
個人的にはその意見には賛成だ。私が魔法少女をしていた頃でも、人質に取られるのは主に女性や子供である。数多く出動したけれど、屈強なラガーマンなどが狙われた事件などひとつもなかった。無差別と報道されているのは随分優しい表現だなと思ったものだ。
だからドクターシノブの言い分はごもっともなのだが、そもそもこの人も銀行強盗なのであまり説得力はなかった。
「まあクズの人間性などはどうでもいいが、私の作り上げた思考予測マシンが次の爆破場所を特定してね。どこだか気になるだろう」
「いえ特には」
「特別に案内してやろう。あそこだ」
ドクターシノブはひとりでに頷き、車窓から見えるビルを指さした。
既に爆破されたビルから比べるとやや低い、明るい印象のビルである。窓が大きく作られ開放感があり、窓に貼られている店名などから中に入っているテナントの様子が窺いしれた。
私がそれを確認したのを見てから、ドクターシノブが低く囁く。
「未就学児童を預かる大型幼稚園やデイケアサービスなどが入った総合福祉ビルだ。大手保険会社が100%出資した子会社で、全年齢が交流しながら生きるための総合施設と銘打たれ作られた。出入りする人間が多いため出入場者制限は甘く、開放的な空間作りのために物理セキュリティも弱い。卑劣極まりないな」
確かに、子供やお年寄りが多く集まる場所を狙うのであれば、無差別というよりももはや弱い者いじめである。自分の破壊能力に自信がないのであればそもそもテロ活動をしなければいいのに。言葉によるコミュニケーションがよほど信用ならない人物なのだろうか。
ビルもタダではない。主張したい事柄はもっとコストのかからない方法で効果的に伝えてほしいものだ。
そう思いながらビルを眺めていると、ドクターシノブが腕時計を見ながらわざとらしく言った。
「そういえば、思考予測マシンがテロを予測した時間がそろそろ近付いているな。さあ、どうする?」
ニヤリと笑ったドクターシノブを見て、私はちょっと殴りたいと思った。無差別ではない暴力である。
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