理由、明かされる3

 それからドクターシノブは言葉少なに後片付けをしてフラフラと帰っていった。

 追っかけていた魔法少女の志望動機がろくなもんじゃなくてガッカリしたのかもしれない。それから彼は私の前に現れることなく、私は元の平凡な生活に戻ることが出来た。

 学校へ行って勉強して、バイトをして、家に帰って勉強をする。チラシをチェックして安い食材を求めスーパーをさまよい歩き、生活費をいかに抑えるかを楽しむ。それだけのことだ。


『オカエリナサーイ』

「ただいま」

『オ仕事、オツカレサマデス』

「いや、仕事じゃないから、学校だから」


 ただドクターシノブがオートクッカーを忘れていったので、私の生活はそこそこ華やいだ。

 材料をまとめて入れるだけで調理してくれるというのはかなり楽である。5.2kg(自己申告)とちょっと重いものの丸洗い出来るし、タイマー機能もついているので出かける前にセットするだけで帰ってすぐに食事が始められるのは嬉しい。


「今日はカレーね、じっくりコースで」

『鶏肉カレーじっくりコース、了解シマシタ。今日モ出来上がり予約シマスカ?』

「する。えーっと、2時間後くらいかな」

『2時間半後ニ出来上がりマス。絶品カレー、待ッテテ下サイネ』


 機械なのに割とよく喋るので、料理上手の新妻を貰ったような感じである。スマホとも同期すると、出来上がりで通知が来るようになったし、材料を入れておけば後から予約も可能だ。

 しかもネットに繋がっているのか、今日のニュースなどを喋ってくるときもある。


『オデカケデスカ?』

「うん。今日はカテキョの日」

『駅前デ魔法少女ノ出動事件ガアリマシタ。被害:中、一部ノ道ガ通行止メデスヨ』

「そうなんだ、ありがとう」

『今日モ元気ニイッテラッシャイ!』


 このままドクターシノブが取りに来なければいいのに。便利過ぎる。

 教科書類を置いて学習用テキストの入ったカバンを持つと、私はオートクッカーに挨拶をしてから家を出た。

 駅に近付くと、通行止めのマークが出ている。横道を通って遠回りしながら、スマホでニュースを確認した。


『特殊思想団体による爆破テロ、重傷者1名。軽傷3名。魔法少女による周辺建物崩落も』


 画像では通ったことのある道の途中にあるビルが数棟大変なことになっている。他にも泣き叫ぶ子供の写真や救護される人々を映した動画もあり、中には魔法少女ファンのような姿もあった。銀行強盗に遭ったときに居合わせた小太りな男性もいる。


 科学技術の発達により、流通する武器のレベルも上がり、もはや一般人で暴動やテロを収束することはほとんどなくなった。街なかで活躍するのは、警備ロボ、もしくは魔法少女の二択である。

 魔法少女はその能力と研究所で開発された防護スーツを併用することによって、ほとんど生身で危険な現場を鎮圧することが出来る。

 能力が発見され次第問答無用でやらされる仕事なため嫌がる少女もいるけれど、やや偏った教育訓練を受けることで、それを自分に課せられた使命だと誇り高く遂行する少女も多かった。


 自分にしか出来ないこと。誰もが救いの手を待ち望んでいる。多くの人が憧れる存在。

 そういうものを求める少女は沢山いる。

 さらに魔法少女を正義のアイコンとして掲げることにより、アイドル的側面を担うことで魔法少女の承認欲求と世間の注目を集める。私が魔法少女だった頃に始まったその風潮が煩わしくて辞めたけれど、世間的には大成功だったようだ。

 子供たちはアニメ化された存在を見て憧れながら育ち、年頃になると自分にその能力があるようにと祈りながら検査を受けるらしい。元魔法少女が書いたという謳い文句の自伝本『わたしが魔法少女だったころ』も大ベストセラーになっている。


 何が人々を魔法少女へと駆り立てるのか。

 実際にやっていた身なのにそれがわからないのは、私の目的が金だったからなのかもしれない。


「みるるちゃん、来たよ〜あれ、起きてる珍しい」

「ヒカリちゃんせんせーこんにちはー」


 お母さんに通されて部屋をノックすると、いつも部活疲れで寝ていることの多いみるるちゃんが珍しく起きていた。制服じゃなく既に部屋着に着替えているのもレアだ。


「はい、宿題」

「えっ? 宿題やったの?」

「ちゃんとやったよー。わかんないとこあったけど」

「……大丈夫? 熱でもあるの?」


 スポーツ推薦で中学進学を果たしたみるるちゃんは、大体いつも体操のことしか考えていない。学校でも部活をしているか寝ているかの二択だと聞いたこともあるし、それが事実なのだと成績が証明していた。それなのに宿題まできちんとやり遂げるだなんて。今まで慌てた文字で数問だけしか書かれていない宿題しか見たことないだけに、逆に心配になってしまう。


「もーヒカリちゃん私に失礼だよっ! 私だってやるときはやるんだからっ!」

「ごめんね、頑張ったんだね。かなり間違ってるけど」

「……やったという過程を評価してっ!」

「うん、そこはえらいと思う」


 若さでつやつやのほっぺをプクッと膨らませたみるるちゃんを撫でると、途端に嬉しそうにえへへと笑い始めた。

 家庭教師を始めたばかりの頃は赤点ラインとチキンレースを繰り広げていたみるるちゃんだけれど、一緒に頑張っているうちにじわじわと成績が上がってきた。そこそこ偏差値の高い私立中とはいえ、初めて60点を越えたときはみるるちゃんのお母さんに泣いて感謝されたものである。

 本人も体操が好きすぎて勉強をやる気は少ないものの素直で教えれば理解出来るし、目標も低めなのでこちらも余裕を持って教えられる。またみるるちゃんのお家はお給料も良い上にたまにご飯までご馳走になるので、私もありがたいし、いい子なみるるちゃんの成績が上がるのも嬉しかった。


「つかれた〜いっぱい間違ってたねっ!」

「うん、でも頑張ったねえ」


 宿題の答え合わせをすると間違っているところが半分以上だったけれど、途中式を書いたり、答えを書き直した跡があったりと頑張って答えを出したのだとわかる間違え方である。間違った部分を解説しながら解かせると、時間はかかったものの大体を正答することができた。


「あのねせんせー、私ね、もっと頑張ろうって思ったんだ。出来ないこととか、間違ってることとか、出来なくなっちゃうこととか、あるけど……でも、もっと頑張れるから、頑張ろうって」


 テキストを片付けながら、みるるちゃんは呟く。

 受験が近付き、また多感な時期でもある。いつも楽しそうにしているみるるちゃんも、色々と考えることがあるのかもしれない。若さである。


「そっか。頑張りすぎて倒れるのも良くないけど、頑張ろうって思えるのは良いことだね」

「うん、頑張るっ!」

「私も応援するからね。何かあったら頼ってね」

「ありがとっ! ヒカリちゃんせんせー好きっ!」


 ぎゅっと抱きついてきたみるるちゃんに、ついでにプリンセスキューティから貰った無駄に大きいブロマイドをあげると、狂喜乱舞していた。流石にメッセージのあるものは持ってこれなかったけれど、貰い物だけど喜んでもらえる人のもとにあったほうがいいだろう。そう思ったのは正解だったようだ。





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