理由、明かされる2

 冷めても美味しいとはいえ、出来たての肉じゃががそこにあるのだとしたら、まずは一口でも食べるのが人道というものではないだろうか。ちょうどよく炊飯器も湯気を立てている。僅かに聞こえる沸騰音からすると、あと5分ほどでご飯が出来る筈だ。

 さっと目を走らせた私をドクターシノブは見逃さなかったらしい。


「肉じゃがを食べたくば理由を言うがいい」

「お金のためです」

「……は?」

「お金。マネー。魔法少女って、お給料いいんですよ。だからお金が欲しくて魔法少女やって、ある程度溜まったんで辞めました」

「…………は?」


 お腹が空いていないとはいえ、ほくほくの肉じゃがは好物のひとつである。小鉢に少しだけでも乗せて、お肉やじゃがいもや人参、白滝もまんべんなく味見してみたい。オートクッカーの実力がどれほどのものなのかを試してみたい。


「もう開けていいんですかあれ」

「……いや、待て」

「でも出来上がってますよ」

「肉じゃがのことではない」


 オートクッカーは『コノママ、保温シマスカ?』と健気に待っているではないか。うちは節約の観点から最低限の機能がある物しかなかったけれど、こうしてみると喋る家電ってなんだか愛嬌があって可愛らしい。シンプルな筐体の端に付いた横に細長いランプが光を左右に動かしているところも、なんだかそわそわと待っているように見えるではないか。


「ドクターシノブ、普通のお皿でいいですか」

「いや、待て。待ってくれ」

「私だけ先に食べちゃっていいですか?」

「だから違う」


 うちには一人分の食器しかない。ご飯茶碗を占領されると私がご飯を食べにくいので、ドクターシノブにはどんぶりにご飯と肉じゃがを盛り付けてもいいだろうか。そう思いながら私が準備しようとすると、ドクターシノブがヨタヨタと歩きながら配膳の準備を始めた。しゃもじをきちんと水で濡らしている。

 オートクッカーの蓋を開けると、ほわんといい匂いが辺りに漂った。ホクホクのやさしいじゃがいもの匂いに、胃を締め付けるような味の染みた肉。しっかりと茶色に染まった具材たちがほわほわと湯気を立てて収まっていた。

 おいしそう。思った途端にお腹がキュッとした。胃袋も期待している。


「ご飯食べてきたんで、ちょっとだけで……」


 フラフラと黙って動くドクターシノブはそれでも声は聞こえているらしく、私のために小鉢に肉じゃがを控えめに盛り、ご飯も少しだけ添え、自分のために肉じゃがとご飯をよそっていた。ご飯はどんぶりを使っていたが、肉じゃがは平たいお皿に盛っている。

 私はドクターシノブのためにコンビニで貰った割り箸を差し出した。


「いただきます」

「頂きます」


 しばらく、黙々と食べる。煮崩れ寸前のじゃがいもはホクホクと美味しく、中まで味が染みている。茶色くなった白滝や人参、柔らかく煮られた黒毛和牛もたまらない。


「そういえば玉ねぎ入れ忘れましたね」

「本当に金目当てで魔法少女をやっていたのか」


 発言が被った。お互い譲るようにちょっと黙ってから、ドクターシノブが口を開く。


「オートクッカーは瞬時に材料を見分け、足りない味付けやアミノ酸なども計算して調理する。だから一味足りないといった料理を作り出さないのだ」

「すごい機械ですね」


 ぜひとも一家に一台ほしい。このまま置いていってくれないだろうか。


「金だけを目的に、魔法少女をやっていたのか」


 ドクターシノブは上品に肉じゃがやごはんを口に運びながら、私に問いかけた。ホクホクのじゃがいもを噛み締めながら私は頷く。


「そうです。あの当時、うちには莫大な借金がありました」


 物心ついたときから、家は貧乏だった。

 父が学生の頃から目指して就いた職は給与がさほど良いわけではなく、やりがいと引き換えに時間が搾取されていた。おまけにかなり人が良いというか、騙されやすい父は友人や親戚に丸め込まれて連帯保証人になり、逃げたそいつらに代わって抱え込んだ借金は1億に手が届こうとしていた。

 母は私たちを育てながら、パートや内職をして家計を支えていた。とはいえ4人の子供を背負い、持ち家もなく借金を返していく日々は甘くはない。休む間もなく仕事に出る親の代わりに私は家で家事をして、妹や弟は洋服から教科書まで私のお古を我慢して使っていた。


 貧乏は辛い。貧しいと、心が狭くなる。

 仲の良い妹や弟とも、少ないおやつを取り合えば喧嘩になる。働く時間が長くなるほど、親との会話は減る。稼いだ端から消えていくお金で生活は上向かず、身なりや生活から同級生との隔たりを感じればどうしても「なぜうちは」と問いたくなる気持ちが出てきた。


 そんな生活から抜け出せたのは、私に魔法少女の資質があったからだ。

 基本給が50万、出動のたびに危険手当が上乗せされ、有力な情報を握る主犯を捕まえると更に40万のボーナスが入る。その他、魔法少女の能力分析のために研究所に献血や実験協力をするごとに謝礼金が出て、おまけにボーナスもあった。希望すれば無料で寮に入ることも出来た。

 要領を掴んだ私はその頃悪の組織が多かったこともあり、毎月300万以上を安定して稼ぐようになっていた。


「魔法少女は手厚く保護されます。常時待機登録をしておくと、食費、服飾費、学用品から暇つぶしのためのゲーム機まで全部経費で落としてくれるんです。毎週健康診断もされるし、健康管理も専門の職員がいて、生活や栄養についてもきちんと面倒を見てくれました」

「それは手厚いな」


 うちの家計から私の生活費が消え、代わりに大金が入るようになった。借金は目に見えて減り、妹と弟はそれぞれ新品の物を持てるようになった。

 借金が消え、それぞれの個室がある持ち家に自家用車まで揃い、4人分の学費と少しばかり自分のための蓄えを作ったところで、私は魔法少女を辞めた。


「元々両親は借金さえなければ余裕のある暮らしができるくらいの稼ぎがありましたし、父には連帯保証人になるなとかなり念を押しました。そろそろ学業に専念しようと思って辞めたんです」


 魔法少女は長く続けられる職業ではない。功労によって退職後も特別年金が出るが、金銭感覚が狂って道を踏み外すこともある。

 辞めてからのほうが長い人生なのだ。堅実に資格を取得して、高収入な職業で稼いだほうがいい。

 だから私は魔法少女を辞めた。


「それだけですよ」


 少し冷めた肉じゃがの残りを食べる。

 しんと静かになった部屋で、オートクッカーが『オ代ワリ、マダアリマスヨ』と喋った。





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