元魔法少女、見破られる4
「このドクターシノブに歯向かう機会があるとは、お前も運がいい」
呻きながら近付いてくる中年男性に対して、ドクターシノブが高圧的に話しかけている。
相手はおそらく話を聞いていないし、ドクターシノブはジリジリと後退っている。本当に大丈夫なのかと思いつつも、後ろにいるお母さん方に子供を連れて公園を出るよう手と目で促した。
「私は抜け目のない男でね。こうして街を歩いているときでも常に情報収集を欠かさないよう、端末情報検索装置を持ち歩いている」
「違法じゃないですかそれ」
「秘密結社だからな」
秘密結社だから違法でもいいみたいなことはない気がするけれど、今更だ。
ドクターシノブが後退りながら話した説明によると、その端末情報検索装置というのは、人々が最低一つは持っている個人情報に繋がる端末を読み取ることにより、その人物のメールアドレスからパスワード、本名や趣味までも一瞬で探し出してしまうものだそうだ。実刑が付きそうなヤバイ装置である。
「腕に付けているそれ、パイナップル社から2年前に発売された時計型デバイスiPINE3.7だな……ログインしているアカウントから支払い情報、さらにそれを照らし合わせて他のゲームアカウントも見つかった」
ぱっと見ただけで型番までわかるとは、ドクターシノブはデバイスオタクらしい。無反応な相手に対してベラベラ喋りつつ、個人情報も丸裸にしてしまったようだ。
「ここ一年でログインしたゲームは魔法少女を題材としたアイドル育成ゲーム『まるキュン☆ラブリーの星(アイドル)』、シューティングと萌えの融合作で昨年度の話題ナンバーワンゲーム『ゾンビにずきゅん☆ライフルにゃん♪』、そしてこの三ヶ月、一度もログアウトした経歴のないのが、解像度や3Dモデルに130億が投入された日米合同開発ネオVRゲーム『天空の森〜ミスオブザギャラクシー〜』。この3つに時間もお金も過度に掛け過ぎているようだ」
履歴を見ただけにしては、ゲームの内容まで詳し過ぎる気がする。触れてはいけないところだろうか。
フラフラとドクターシノブに近寄っていた男性は、ゲームのタイトルを読み上げられて僅かに反応を示した。といってもはっきりした応対をしたわけではなく、キャラの名前のようなものを呟き、そしてゲーム中の動作のような動きをなぞっただけである。
「この『天空の森〜ミスオブザギャラクシー〜』は初期バージョンに致命的なセキュリティーホールがあり、そこを突いた依存性のある違法Modが広まった。米国でもここ最近で同じゲームの利用者が他害行為を行ったとして逮捕や射殺される事件が後を絶たない」
ドクターシノブが、ちらっと私を見た。相手が全然反応してくれないので寂しくなったようだ。「それは危ないですね」と適当に頷くと、ドクターシノブは自信を取り戻したように胸を張って大きく頷いた。
「電子ドラッグの特徴は、サブリミナル的に規則性のある光を目に照射することによって神経を刺激し、脳に変化をもたらすことだ。何度も反復される刺激を受容することによって依存状態を引き起こす。電子ドラッグは物理ドラッグと違って脳の萎縮がないと言われ危険性が少ないと主張されることも多いが、最近の論文ではシナプスを使って脳全体に変容を与える電子ドラッグの方が危険性が高いと指摘されている」
あと2分である。子供や母親も立ち去ったし、あとは中年男性とドクターシノブだけなのでもう学校へ行ってもいいだろうか。
スマホを眺めながら考えていると、それを察知したかのようにドクターシノブが慌てて行くなとジェスチャーしてくる。
「そこで開発したのが我がSジェネラルの技術を結集したこのゴーグル型のRBWデバイスだ。このマスクを電子ドラッグ中毒患者に取り付け強制的に電子ドラッグに反応するようになった神経を上書きすることで依存状態を解除することが出来る」
普通に良い発明である。
ドクターシノブがまたチラチラこっちを見ていたので、私は言葉をかけることにした。
「RBWって何の略ですか」
「
かなりヤバいブツだった。
「昨日の後遺症で約5名が数日間の休養を申し出ているのでな、ちょうど良く人手が落ちていて助かった」
ブラック会社が新人研修で山奥の建物に連れて行くより手軽で低コストで高リスクの洗脳だ。さらっとちょうどいいとか言っているあたり、ドクターシノブはやはり悪の組織の代表者で間違いない。
電子ドラッグで脳を破壊されつつ暮らすのと、洗脳されて悪の秘密結社で奉仕するのとではどちらのほうがマシなのだろうか。
私が迷っている間にドクターシノブが掲げた黒いゴーグルを近付いてきた中年男性に素早く装着した。意外と機敏な動作である。動きにも無駄がなく、しっかりと重心を低めにしながら相手の動作から目を離すところがない。
ある程度の武術の心得があるのではないかと思わせる動きだ。昨日の立ち回りでは一撃で沈み込んでいたが、やはりあれは女相手だからと油断していたのかもしれない。もし次に戦うことがあれば、武術だけでは太刀打ちできない気がした。相手に手札を知られている状態であれば、やはり体格や筋力に優れている男性に利がある。
「ぅぐぁあああああ!!」
ゴーグルを装着させられた中年男性が、苦しそうに呻きながら公園の土の上に崩れ落ち、頭を抱えながら転げ回る。
「ものすごい苦しんでますけど」
「依存症というのは苦しいものだ」
そういう問題だろうか。
このデバイスを外してあげるべきなのか迷っていると、遠くで虹色のフラッシュのようなものが見えた。
「ふっ、どうやら魔法少女たちが嗅ぎつけて来たようだな」
「私もそろそろ時間なんで行きますね」
「あ、待て三科ヒカリっ!! 貴様との決着はまだ付いてはいないぞ!!」
魔法少女が来れば、数少ない目撃者として状況説明などを要請され完全に遅刻する。2日連続の遅刻は避けたかった。
再び走り始める私を引き止めるような声を出しつつ、新入社員予定の中年男性を抱えながら逃げる準備をしている。音もなく近寄ってきた黒い車から黒ずくめの部下が出てきてそれを手伝っていた。連れて帰って本格的に部下にするつもりらしい。
依存症克服と共に就職も決まった中年男性の未来に希望あれと願いながら、私は大学へと向かった。
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