元同僚魔法少女、ほくそ笑む1
今日最後の講義が終わった瞬間、スマホが震えた。
『ひッさしぶり〜。今日お茶しない? 奢るから』
「ホイップカステラ以外なら」
明らかに電話番号としてはおかしい数列が並ぶ発信者番号を3秒眺めてから出ると、懐かしい声がした。今日はバイトもなく、奢ると言われたら断る理由もない。提案された待ち合わせ場所に頷き、荷物をまとめた。
途中図書館の返却箱に寄ってから北門を出て、大通りの四車線で車の流れをしばらく眺める。3分後に通りがかったタクシーのナンバーを確かめ、指で狐の形を作って手を上げた。滑らかに停まったタクシーに乗り、前部座席の背凭れにつけられているタブレットへスマホの画面をかざして事前決済をする。
暗証番号を入力してください、という機械的な音声に応じて、18桁の英数字を入力した。
『暗証番号 を 確認しました 音声パスワード を 入力してください』
「朝起きたら5億くらい口座に入っててほしい」
『声紋 の 照合 に 成功しました これより 第七支部 へ お連れします』
自動で動くハンドルに合わせて、ロボットの運転手がそれらしい動きをしている。不気味の谷を越えたロボットの顔は一瞬だけなら普通のおじさんに見えるけれど、じっと眺めているとやっぱりちょっと不気味だ。前後を仕切るスライドを閉めて、スマホの電源を切った。
「やだーヒカリン全然変わってないね〜」
「ミキリンはまた変わったね。豊胸って噂出てるけどホント?」
「やってねーよ。必死でマッサージして栄養取ってるだけだから」
某高層ビルの地下でタクシーを乗り換え、ホテルや飲食店などの裏口を通り、更に車で送られて着いたそこでは、既に相手が待機していた。
華やかで可愛い幼顔だった旧友は、噂通り美人路線に無事切り替えることに成功していた。昔の面影を残しつつ、成長した大人の色気を予感させながら、それでいて肌のハリは赤ちゃんのように保たれている。ローティーンの頃から美容に気を付けていた成果が既に出ているようだ。
「今日は仕事いいの?」
「今日は授業は休み〜。最近平和だから、あたしが出るほどの事件も起こらないだろうし。一日ヒマかな〜。はい、この部屋使っていいってさ」
現在の魔法少女アイドル路線の開拓者(パイオニア)といわれる、永遠の魔法少女ことプリンセスキューティは、お茶会にこの支部であてがわれている自室ではなく近くの応接室を使うようだ。
真っ白な廊下の途中にあるドアに手のひらをかざし、いそいそと中のテーブルへと近付いていく。
テーブルや椅子までもが白い部屋で、観葉植物とテーブルの上だけが色を持っていた。
「お茶って言わなかった?」
「お茶あるよ、はい」
「いや、これすき焼きじゃない?」
正方形のテーブルの上に、鍋と霜降りの美しい薄切り肉、いくつかの野菜にお麩、そして卵が山盛り並んでいる。独特の形をしたすき焼き鍋は既に加熱されていたようで、プリンセスキューティが立方体の牛脂を入れると滑らかに溶けている。
午後四時のお茶にしてはかなりチョイスがおかしいし、何時のお茶にしてもすき焼きが出てくるのはおかしい気がする。
「何、食べないの? あたしは食べるけど。人型町今全のすき焼きだよ」
「頂きます」
私は2つの器にそれぞれ卵を割り入れ、ひとつはプリンセスキューティの前に、もう一つは手に持って箸でかき混ぜ始める。
黒毛和牛を前に断る人間などいない。満腹であったとしても入れてみせる。
豪快に4枚を並べ、タレを焦げ付かない程度、しかし濃すぎない程度に垂らすその手付きはかなり慣れている。プリンセスキューティは相変わらず豊かな食生活を送っているようだ。勤務中の食事は経費扱いされるので、今もなお贅沢かつ滋養あふれる毎日を送っているのだろう。
現役魔法少女様の待遇、羨ましい限りである。
最初の肉を無言で堪能し、更に肉を鍋に入れて野菜を突っ込み、煮込み始めたところでようやく会話が始まった。
「なんか昨日、通報使ったんだって? 春菊入れていい?」
「ああ、うん。私の分も入れて」
魔法少女及び彼女らを管轄する機関に街の危険を通報するシステムは、いたずら防止や安全確認ために通報者も特定される仕組みになっている。通報後に事件についての簡単な連絡などが通報者に入るようになっているのだ。
朝の通報から数時間経ってもその連絡がなかったので、ドクターシノブの妨害工作によってあの通報はなかったものにされていたのだと思っていたが、復旧作業をしたことで私の通報履歴が判明していたらしい。
重箱で仕切られたお肉の新しい段を開けながら、プリンセスキューティは事情を聞いてきた。くたくたになった白菜と味の染みた牛肉をまとめて取りながら、私は簡単な説明をする。
「へェ〜〜。Sジェネラルって、そこそこ名前聞くよね〜。何年も前からある組織だしねえ。なんか上も調査手こずってるらしいとか」
「そうなんだ。お麩入れていい?」
「あたしのも入れて。卵もーいっこ使お」
「私も卵使う」
飾り切りのされた椎茸を鍋の隙間に放り込みながら、私は相槌を打った。
今は後輩の教育にも携わっている立場だからか、プリンセスキューティはある程度悪の組織については詳しいようだった。
「そうなんだーって、あたしたちが第一線にいたころに出来た組織でしょ。ほら、万駄ヶ谷の大きな事件」
「ごめん覚えてない」
「えぇ〜? あんなにニュースで取り上げられたのに?! ヒカリン興味なさすぎ!」
「ごめんごめん」
基本的に魔法少女は現場対応が第一だった。能力の特性上、十代前半の少女がほとんどなため、現場検証や情報解析については別の研究専門チームが行っている。魔法少女は魔法少女にしか発揮できない能力で、数々の特殊技術や危険な状況を解決することだけを求められるのだ。
プリンセスキューティは見た目に反し当時から冷静な部分を持ち合わせていた少女で、相手の情報解析や立地における有利な戦い方などを積極的に勉強していた。あの頃はよくその恩恵にあやかっていたものである。
「んで、なァんでそんな組織の代表がヒカリンを狙うわけ?」
「さあ……」
「てか、敵対意思ないっぽいのもなんで?」
「さあ……」
「つか、イケメンなの?」
「さあ……」
無言で出来上がったお肉を全て掻っ攫われたため、私は適当な返事を反省した。
「うーん、イケメンじゃないかな。なんかメガネ掛けてるし目が印象的かな」
「クール系?」
「クール……ではない……かなぁ……劇場型っていうか」
「激情型ってロマンチック〜」
「そのゲキジョウではないけど」
イケメンに弱いプリンセスキューティは、何やらうっとりと空中を見上げた。
その隙に私はお肉を頂く。新しいお肉を鍋に入れるついでに、そう言えばと思い出す。
「そうだ、なんか正体バレてた」
「は?」
プリンセスキューティの声がいきなり低くなった。
猫の皮が剥がれるほど驚いたらしい。
怒られそうなので、私はとりあえずもう2枚お肉を鍋に放り込んだ。
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