元魔法少女、見破られる2

 ホイップカステラは、非常に美味だった。中までしっかりと火が通っているにもかかわらず、ふるふると柔らかな感触、そして香ばしい焼き目に甘み。ふわっと溶けて消えてしまう儚さと微かに残った味の余韻が次の一口へ誘い続ける。まだ熱々の頃のごく軽い食感も、やや冷えて来たもったりしたホイップ感もどちらも捨てがたく、あっさりした食べごたえが「無限に食べられるのではないか」と半ば本気で慄いてしまうほどだ。

 さすがドクターシノブ、メディア、そして女性が推す今世紀イチオシスイーツだけのことはある。


「貴様、そろそろやめておけ。2時間以内の総摂取量が3000キロカロリーに届こうとしているぞ」

「あと一皿は軽くいける気がする」

「胃袋の限界に挑戦するのはやめろ」


 ノーマルのホイップカステラをあっさり平らげ、期間限定苺味も美味しく頂き、またノーマルに戻った後に商品開発中のシトラスホイップカステラを味見させてもらった。オレンジシロップがかなり美味しい。甘夏のほろ苦みとほのかなミントなど、暑い夏でも食べやすいように工夫を凝らされている。恐ろしい手腕だ。


「美味しかったです」

「我々の技術を結集させた食品だから当然だろう」


 私の知ったことではないけれど、悪の組織ならもっと別のところに技術を集結させたほうがいいと思う。美味しかったので別にいいけど。

 私がホイップカステラを貪っている間、ドクターシノブはコーヒーの三杯目に突入していた。待たせてしまったのは申し訳ないけれど、トイレに行かなくて大丈夫だろうか。

 ちょっとした心配をよそに、ドクターシノブはまた咳払いをして場を仕切り直した。


「さあ三科ヒカリ、今度こそ認めろ。自分が魔法少女プリンセスウィッチだとな」

「まあ、そうですけど」

「ほんとか!! 言ったな、そうだと認めたな?!」


 冷たく見える端正な顔が、一瞬でパァッと明るい笑顔になった。その顔のほうが随分とっつきやすい。眺めていると、ハッと我に返ったドクターシノブは顔を背けながらメガネを上げ直し、それから元の高圧的な態度に戻ると居丈高に笑い始める。忙しい人である。


「フハ、フハハハハ!! 私の情報に間違いなどない! とうとう見つけたぞ、プリンセスウィッチ!」

「別に何でもいいんですけど、法に触れるんでその呼び方辞めてもらっていいですか」

「我々は法を恐れない。だが、貴様の懇願に免じてこの情報を外部に漏洩することはやめてやろう。ヒ、ヒカ……ヒカリ」


 またメガネをいじっている。サイズが合っていないのではないだろうか。技術をつぎ込めばいいのに。


「で、何なんですか? もう引退したんで、そういう出待ちとか追っかけとかの迷惑行為やめてほしいんですけど……」

「追っかけではないッ!! ただ偶像崇拝的憧れから相手の迷惑も顧みずストーキングを繰り返す無礼な連中とは一緒にしないでくれッ!!」


 ドクターシノブは怒っているけれど、ぶっちゃけホイップカステラを食べさせてもらえなければかなり迷惑な出待ちファンだと思う。歌手や俳優ならともかく、魔法少女に対する追っかけは法で禁じられているので、その行為自体がもうアウトだ。


「貴様に接触したのは他でもない。率直に言おう。私の組織で働きたまえ」

「嫌です」

「待て、話を聞け。土産を包んでやるから」

「聞いてもいいですけど、協力はしませんよ」


 大体想像していたことだけれど、お断り以外の選択肢がない。そもそも魔法少女は政府と契約しているし、一般人に戻った今もその契約は生きている。コツコツと将来のための貯金を増やし堅実な職業につくために真面目に大学に通っているのに、それを壊すようなことをわざわざする人間がどこにいるというのだろうか。

 私にもプライドがある。悪の組織に加担するなど、例え1億円積まれようともお断りだ。

 ……5億だと考えてしまうかもしれないけど。


「三科ヒカリ……貴様、この状況で断れると思っているのか?」


 その一言で、黒ずくめの男たちがわらわらと出てきて私のいるテーブルを取り囲んだ。全員、手に武器を持っている。殴打用の武器が多く、電力を使っているものは4名、スタンロッドのみ。銃火器の類いはないようだ。

 ゆったりと余裕を見せつけるように立ち上がったドクターシノブに合わせて、私も立ち上がった。


「油断していただろうが、我々は血も涙もない秘密結社Sジェネラルだ。我々に逆らうというのであれば相応の報いを受けてもらうぞ」


 どちらかというと、既に報いを受けている気がしていた。

 ちょっとボタンがキツイ。ジーンズにすべきじゃなかった。


「どうしても拒むというのであれば、このドクターシノブを始めとする精鋭部隊を倒してみろ。その歴代魔法少女トップ5に入ると謳われた実力でな!!」


 バッとドクターシノブが手を上げると、全員が私に向かってくる。

 私はゆっくりと息を吸った。



「あのー、すいません、全員倒したら帰っていいんですよね」


 椅子と机が散乱しているので、片付けが大変そうである。

 倒れた男たちを跨いで通り、一応声を掛けていったほうがいいかと思って厨房へ顔を出した。ひとり、なにか作業をしている黒ずくめの男がいる。


「ご馳走さまでした。散らかしちゃってすみません」


 ブンブンと首を振った男が、そっと私に何かを差し出した。小ぶりな質の良い紙袋の表面には、『メイクミー・カステラ』のロゴが印刷されている。


 どうやら律儀にお土産を用意してくれていたようだ。

 中を開くとクッキーの詰め合わせとサービス券が入っていた。お好きな商品ひとつご注文頂けます、の紙が3枚入っている。食費が浮いてかなりありがたい。


「どうもありがとうございました。じゃあ、失礼します」


 黒ずくめの男に見送られながら外へ出ようとしたところで、手ひどく倒したドクターシノブが呻いた。わりとしっかりやっつけたはずなのに、頑丈な男である。手応えが少し変だったので、あのスーツには衝撃吸収素材を使っているのかもしれない。もう少し本気でやればよかった。


「貴様……、せ……せめて能力を使って戦え……」


 お断りである。せっかくお腹いっぱい食べたのに、なぜわざわざ消費しなければいけないのか。

 ガクリと動かなくなったので、私は帰って講義の復習をすることにした。





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