元魔法少女、見破られる1

 黒ずくめな怪しい男たちの乗った黒ずくめな怪しい車である。一度乗ったが最後、埠頭にある廃倉庫に連れて行かれたり、路地裏の闇医者に連れて行かれたり、例のプールに連れて行かれたりするのではないかと思ったが、別にそんなことはなかった。

 乗車5分。閉店したばかりの『メイクミー・カステラ』の裏口で降ろされた。


「好きなところに座れ。……待て、何故一人席に座ろうとする」


 お好きな席へどうぞ、というのは一番困る提案である。そもそも、食事のために訪れた店に好きな席もクソもない。席によって料理のグレードが変わるのであれば選びたいけれど、それ以外なら何でもいい。お好きに決めてほしい。

 自分で言い出したくせに何故か怒ったドクターシノブにより、店舗の中央にある2人席のテーブルに決まった。私の向かい側に、当然のようにドクターシノブが座っている。


 外に向けた照明は最初から点けておらず、店内の明かりも消され、ただひとつ私たちの座る席の真上にあるライトだけが残された。窓は全てロールスクリーンで目隠しがされていて、部下らしき男たちは音もなく厨房の方へと消えていく。消えていく音は聞こえなかったが、調理の音は聞こえている。もしかして男たちが料理しているのだろうか。


「驚いたようだな。そう、この『メイクミー・カステラ』は我々Sジェネラルのダミー会社が運営している飲食店だ」

「すごいですね」


 ティーンから熱狂的支持を集める今どきのスイーツを出すお店は、もはやダミーとは言えないのではないだろうか。本業にすればいいのに。

 給仕が戻ってくるまでの間、ドクターシノブはいかに情報力を強みにして狙った年齢層を集客し、求めた利益を弾き出し、そして巧妙に活動資金やアジトを増やしていくかを熱く語っていた。興味がないので私はスルーした。そろそろいい匂いが漂ってきている。


「さあ、食するがいい。貴様も十代の端くれとして、明日にはインタス映えなどと言いながらこの至高の食体験を他人に自慢しまくる存在となるだろう」

「ホイップカステラは?」

「炭水化物の前に食物繊維やタンパク質に決っているだろう。貴様は本当に十代女子か?」


 運ばれてきたのは、具材の入った卵焼き、分厚いベーコン、目玉焼きとサラダである。玉子が被っていた。


「ホイップカステラ食べさせてくれるって言ったじゃないですか」

「あれはデザートだ。甘いものを食事と呼ぶのは私のポリシーが許せない。貴様がそれを平らげるまで絶対にホイップカステラは渡さん」


 ドクターシノブのポリシーはどうでもいいが、せっかく出された出来たての食事である。特に毒なども盛られていなさそうなので頂くことにした。

 運んできた黒ずくめの男に会釈しながら頂きますと告げると、相手も会釈していた。


「この卵焼き、具材が大きくて美味しいですね」

「スパニッシュオムレツだ」

「黄身が散らかってるサラダも美味しいですね」

「ミモザサラダだ」

「目玉焼きも味付けが美味しいですね」

「サニーサイドアップだ」


 献立をいちいちカタカナに翻訳しながら、ドクターシノブも同じような料理を食べていた。結構しっかり食べているところを見ると、お腹が空いていたらしい。やはり数時間ほど迷子になっていたのだろう。

 私とドクターシノブは黙々と食べ続けた。ホイップカステラを目的にやって来たけれど、この料理も中々美味しい。カップスープはコンソメかミソスープから選べるらしい。出汁を取るのが面倒なため味噌汁を自作しない私は勿論ミソスープを選んだ。ふざけたカタカナ名にしては、澄んだ出汁と半透明の大根が妙に美味しい。


「おかわり!」

「貴様、この後ホイップカステラを食べるということを忘れてはいないか」

「大丈夫、入ります。普通のやつと苺のやつ」

「ここへ来る前にも巨大なおにぎりをご馳走されていただろう」

「なんで知ってるんですか」

「秘密の技術だ」


 人の家を覗く技術。ド変態である。

 私が椅子を引いて遠ざかろうとすると、ドクターシノブが「不埒な目的では使用していない!」と怒った。人の家のおにぎりを見るのも大概だと思う。さすが悪の組織である。


 まあ、おにぎり程度は覗かれて困るものでもない。大きめとはいえ一つしか食べられなかったし、今日の昼食は寂しいものだった。しかも、急いでいたからとはいえ割高なコンビニで買い物をしてしまうとは。今ここでたらふく食事を食べて、今日の分、いや明日のカロリーまでも摂っておきたい。タダで。


「余裕です。元々私は燃費が悪くて、結構大食いなんです」

「魔法少女はその能力故に基礎代謝が高いというのは本当のようだな」


 黒ずくめの男が持ってきた、先程とはまた違ったおかず系のプレートに手を付けた私を眺めながら、ドクターシノブは食後のコーヒーに口を付けている。給仕の男は綺麗に食べ終わったお皿を持ち、さっとテーブルを拭いてから一礼して立ち去った。かなり訓練された洗練な動きである。もしかしたらウェイターが本業で、バイトとして秘密結社に勤めているのかもしれない。


「おいプリンセスウィッチ、どこを見ている。今会話しているのは私だぞ」

「あ、すいません、独り言かと思ったんで」

「そんなに大きな独り言を呟く男がどこにいるんだ」


 絶対、呟いていると思う。ドクターシノブは。そういう男っぽい。

 あまり反論するとまた怒りそうなので、私は黙って鶏肉を頬張った。酸っぱめの味付けとカリカリに焼いた皮目が美味しい。そっと厨房の方から頭を出してこちらを伺っている黒ずくめの男に、美味しいですという気持ちを込めて会釈しておいた。相手が心なしか嬉しそうに会釈し返してくる。


 ドクターシノブは仕切り直すように咳払いをして、それからメガネをくいっと上げた。


「今更しらばっくれるものでもあるまい。そろそろ白状してはどうかな。貴様、三科 ヒカリが魔法少女プリンセスウィッチ本人であると」


 チーズのかかったブロッコリーを食べながら、私は真っ直ぐな彼の視線を正面から受け止めた。

 ドクターシノブの目には確信の光が宿っている。どういうルートを使ったのかはわからないが、どうやら本当に私の秘密を知っているようだ。


 ここで隠し事をしても、既にバレているということに変わりはない。これ以上非道な手段を取られる前に、私は覚悟を決めなければいけないだろう。

 私はカトラリーを置いて、口元をそっと拭った。それからアイスティーで喉を潤し、男を見つめて口を開く。


「そろそろホイップカステラください」





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