銀行強盗、あらわる2

 私の手首を拘束するベルトは、非常に薄くサテンのような光沢がある素材だった。この黒マスクをした男が私の手首にこれを回すときも柔らかい感触がしたし、それほど頑丈にも見えないのに、力を入れてもびくともしない。結婚式場の貸しドレスに使うと耐久性が良いのではないだろうか。


 縛られた手首を見下ろして、ふと思う。

 このベルト、銀行強盗集団が退散するときに切ってもらえるのだろうか。

 もし謎の技術を結集させたもので、刃物でも切れないものだったら困る。最悪大学の講義はこのまま聴けるとしても、着替えが出来ないしトイレも一苦労しそうだ。夜も寝苦しいに違いない。何より、外を歩く度に被拘束趣味があると誤解されるのは困る。


 顔を上げて男を見つめた。眼鏡の向こうの黒い瞳がじっとこちらを見ている。

 今手首を縛ったばかりなのに申し訳ないけれど、この拘束状態の結末について訊けば答えてくれないものか。せめてこの素材を切れる素材だけでも教えてほしいけれど、状況からしてホイホイ教えるというのはかなり可能性が低く感じる。

 私を見つめていた男が、ふと視線を外した。それから長い脚を使ってゆったりと店内を歩き回る。


「諸君、不快な思いは重々承知だが、我々は諸君に危害を加えるつもりはない。抵抗をすれば別だがね」


 諸君とか言っちゃったよ。諸君。実際に人の話で聞いたのはこれが初めてな気がする。

 この人、30年前の映画から出てきた人なのだろうか。


 マスクの性能がいいのか男の声がよく通るのか、さほど声も荒げていないのに男の声は店内に響き渡り、自然と人々の視線を集めた。


「我々は秘密結社『Sジェネラル』、そしてこの私がそのトップに君臨するドクターシノブだ!」


 秘密結社って、公言するとかなり矛盾を含んだ表現になる気がする。

 しかもジェネラルを名詞として使うのであれば、ドクターを名乗るのも変に感じる。将軍で博士なのか。

 ツッコミが追いつかない。


「諸君も疑問に思ったことはあるだろう。何故、所謂(いわゆる)「魔法少女」なる集団を政府が囲っているのか。その存在も、能力に関する研究も独占して情報公開すらしないのか」


 黒マスクの男改めドクターシノブは、一人ひとりと目を合わせるようにゆっくりと歩き回りながら演説を続けている。かなりのスピーチ力である。大学の教授にもその技術を教えてあげてほしい。


「年端のいかない子供を戦いの道具にしているのに、何故人権団体は沈黙しているのだ? 政府が判断する正義と悪が、どうして正しいものだと言い切れる? もし間違ったとき、戦争の矢面に立たされるのは彼女たちではないのか?」


 ドクターシノブは、マスクとメガネで顔を隠していてもなお、美形そうな雰囲気を漂わせている男だ。もしかしたらマスクを取れば残念な顔かもしれないけれど、低くよく響く声も相まってかなり女性に対する訴求力が高い。妙齢の女性だけではなく、先程までつらそうにしていたおばあさんまでもが頬を染めてドクターシノブの演説姿に見入っていた。


「政府は魔法少女を便利な道具として扱ってはいないかね? 彼女らには学校があり、生活があり、そして家族がいるはずだ。その無辜の幸せを、ただ能力をもって生まれたというだけで阻害している政府は、本当に正しい判断をしているというのか?」


 熱く語るドクターシノブの演説に、黒ずくめの部下の中にも熱心にその姿を追っている人もいた。小刻みに頷いている人もいる。その熱意に満ちた瞳は、ドクターシノブに心酔しているのがよくわかった。奥で現金を盗んでいる集団も、心なしか手が止まりがちのように見える。いいのかそれで。


「人は等しく自由を謳歌する権利がある。魔法少女は政府に反することも出来る。非政府組織の警備会社や傭兵会社に属する権利もあるのだ。それを認めない政府こそ、我々が憎むべき敵だといえるのではないかね?」

「ドクターシノブ、万歳!!」


 なんだか熱い展開だ。聴衆となった客の中にも、状況を忘れたようにドクターシノブを見つめている人もいる。手首の拘束を外せば、そのまま相手側として私たちを拘束する側に回りそうだ。


「我々は政府のやり方に、それを盲目的に信じて手先となった魔法少女に、断固対抗する!!」


 わっと湧いた歓声。もはや銀行の店内がどこかの講演会場のように見えた。それも宗教混じりの怪しいやつである。

 ドクターシノブは得意げな顔で聴衆を見回している。目が合いそうになったのでそっと逸らした。こういう熱狂的な雰囲気、昔からどうにも馴染めない。

 この状態からどう収拾つけるんだと思っていると、入口に設置されている自動ドアのガラスが派手に割れ、見張りとして立っていた黒ずくめの男たちが呻き声を挙げながら倒れた。


 眩しい光を背に、少女たちが立っている。

 まごうとなき魔法少女だ。安堵の空気が拘束された私たちの間に流れた。


「そこまでよ、ドクターシノブ!!」

「私たちが来たからには、もう好き勝手はさせないっ!」

「ま……魔法少女だ! 新世代第8部隊、魔法少女ラブキューだッ!! エリア8区に出るって噂はやっぱり本当だったんだ!! みおりんー!!! みらくるんーっ!!」


 大人しく拘束されていた、やや小太りでチェックのネルシャツを来ている男性がいきなり早口で叫び出し、安堵した人々はビクッと肩を震わせた。何か不思議な素早い踊りを繰り出しながら、「エルオーブイイーラブリーラブキュー!!」と声を張り上げる。手首が拘束されているというのに器用なことである。


 まるでアイドルのライブに来ているようなその興奮っぷりは、私の脳裏の中に昨日の深夜ニュースの話題を思い出させた。アイドル化される魔法少女、少女たちを追いかける人々の闇――。

 闇というよりは行き過ぎた純粋なファンのようではあるけれど、この場では彼ひとりかなり浮いている。動きのキレが良すぎて残像が見えそうだ。


「私たちの目は誤魔化せないんだからねっ!!」

「悪を見つけ、やっつけるのが私たちの使命!」

「キュート、ミラクル、レインボー、いくよっ!!」

「うんっ!」


 私たちは、魔法少女ラブキュー!!

 それぞれ色違い、デザインも微妙に違うフリフリなドレスを身に纏ってご丁寧に4人でポーズを付けている辺り、ひょっとして満更ではないのだろうか。小太りの男性はもはや涙を流しながら跳ねている。

 ショッピングモールで通りがかりに見たご当地アイドルと比べても、かなり衣装も動きもアイドルナイズされている。動きの度にふわふわと揺れるフリルたっぷりなミニスカートは、動く度に下のショートパンツがチラチラと見えていた。


 魔法少女は個人情報保護の観点から本人の容姿がわからないように全身に外見デバイスを使っているというが、これだけ奇抜にする必要はあるのだろうか。髪の毛もピンクやらグリーンやらかなり派手である。

 そのうちの明るいオレンジ色の髪をした女の子が、こっちを見てアッっと声を上げた。


「せんンっ……!!」

「えっ」

「じゃなくてっ! せん……せん……千円落ちてる!」

「えっ」


 つい床に目を走らせてしまった。いや、拾っても届け出ないといけないのはわかっているけれど、つい。

 店内へと進んできた魔法少女たちに、ドクターシノブが立ちはだかった。


「妨害電波(ジャミング)なんて、私たちには効かないんだからっ!」

「来たな魔法少女!! 貴様らが来ることなどお見通しだッ!!」

「私たちは悪の組織を許さない! 今度こそ負けないんだからねッ!!」


 負けたことあるのか、魔法少女。若干の不安が私たちの間に流れた。

 ドクターシノブ率いる秘密結社Sジェネラルの面々が、何かを取り出して魔法少女と対決している。先程のオレンジ色の髪の少女は、私たち拘束された客の方へとやって来て見張りの男たちをなぎ倒していった。


「みんな、手を出して! 動けるようになったらこのまま逃げてっ!」


 魔法少女が、私の前へとやってくる。手刀を作って私の手の間にチョップすると、オレンジの光を帯びた手が拘束ベルトをあっさりと切断してしまった。


「ほら、早く逃げて! いいから! ねっ! バイバイッ!!」


 そのまま腕を引っ張られ、グイグイと背中を押されて出口まで誘導された。

 振り返ると、銀行内はまだ大騒動の最中である。ドクターシノブの謎の兵器が煙を出し、魔法少女が光を炸裂させ、悲鳴や歓声やなんかで大騒ぎだった。


 それを眺め、次の瞬間には背を向けて私は猛烈に走り出す。

 3限目の講義開始まで、あと10分を切っていた。





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