第32話 ぐっだぐだ
「設営完了でーす」
「景品の用意も終わりました」
何事もなく月日は過ぎて、学校祭の当日がきた。
彼女たちは人通りの多い中央校舎の1階、玄関ホール前にずらりと槍を並べて、開催を待っている。
「ええと、捌き切れるのは一度に5人まで。それ以上は順番待ちだったな」
「ですねぇ。慣れたら増やしていいかもですけど」
槍術研究会の部員たちは交代で体験コーナーを回す予定だが、4人しかいないので基本的には過密スケジュールだ。
宣伝目的で大会荒らしをする予定もあるため、誰も臨戦態勢は崩していない。
だが初めての学校祭だけあって、一部ではそわそわした雰囲気が流れていた。
「笑顔を絶やさずに、にこやかに……あれ? 人がいない時はどうすれば」
「大丈夫ですよ、スペルビアさん。いざとなればサクラを動員してでも人気を演出しますから」
人見知りが強いスペルビアはもちろんのこと、裏方専門、謀略大好きなドミナすら接客に回されるのだ。
どこかナーバスになっている二人を見て、ミリティアは呆れ混じりの笑みを浮かべた。
「いくら人通りが多そうな1階エントランス前を押さえたと言っても、やることは展示と体験会だ。舞踏研究会との模擬戦の方が、遥かに注目されていたと思うんだが?」
「……敵は倒せば終わりですが、お客様は倒せません」
「……敵は陥れれば済みますが、来場者を排除するわけにはいきませんから」
緊張するかしないかの分かれ目は、戦って勝てるかどうかだ。
これを聞いたミリティアはおいおいと言いたげに眉を曲げて、何を言っているんだかと言いたげなマレフィも、やれやれと両手を振った。
「ディーちゃんがテンパると突拍子もないことを言うが、ビアちゃんもか……」
「別に取って食われるわけじゃないんですから、もっと肩の力抜きましょうよ」
行事慣れしているミリティアは、単純に祭りの開園前、独特の空気を楽しんでいる。
マレフィとて近所の食堂で、バイトをする程度の気楽さだ。
「そのうち慣れるだろうか?」
「そうですねぇ。まあ午前中のメインを私と姫様にしておいたのは、正解かもです」
対照的な反応だが、さりとて準備は済んでいる。
時刻も間もなく10時を迎えるため、もう数分もすれば、開演待ちをしていた観客が雪崩れ込んでくる見込みだった。
「そろそろ時間だが、各自予定は確認したな」
「ええ」
「も、もちろんです」
「うぃー」
4人組になってから初めての公式行事だ。このイベントの結果が、来年度以降の研究会の行く末を決めるものでもある。
屋外から響く鐘の音と共に、ミリティアは気合を込めて拳を振り上げた。
「さあ、開幕だ!」
正門が開き、来場者たちが続々と各校舎の中に流れ込んでいく。その喧噪は玄関口にいる彼女たちの耳にもすぐに届いた。
最前線に位置しているため、槍術研究会ブースにも幸先よく人は入ってきたが――
「お久しぶりです、姫様」
「ああ、3ヵ月ぶりだね」
「ミリティア様、ご無沙汰しております」
「え? うん」
――集まってきたのは顔見知りばかりだ。
期待していた客層は来年度の新入生であり、その保護者でもあったのだが、気づけば順番待ちの列にはミリティアが知っている顔ばかりが並んでいる。
「これは……」
「あ、これのせいかも?」
体験コーナーでは槍の型にチャレンジして、上手にできたら手作りクッキーが貰えるというものだ。
敬愛する姫が手ずから菓子を振る舞うというのだから、それは信者が集まる。初手から槍術研究会を目掛けてくる者の大半は景品が目当てだった。
つまり新規の開拓という催しの目標に反して、真っ先に食いついたのは既存のお得意様ばかりということだ。
「姫様はこちらかしら?」
「是非ご挨拶を」
「え、あわわわわ、お、おさ、押さないでくだ――ああっ!?」
「ビアちゃーん!」
事前の予想では、1時間に10人も来れば上出来だろうと目されていた。来場者数についてはある程度現実的な目標を立てていたのだ。
しかし開幕から30名を超える人が押し寄せてきたので、キャパシティの低いスペルビアは開戦と同時に脱落した。
彼女は行列の波に飲み込まれて姿が見えなくなり、一瞬で戦力外と化す。
「槍なんて持ったことがありませんわ」
「こうかしら? 振り回せばいいのですよね?」
「ああっ、危ないからちょっと待って! 順番です順番!」
マレフィはどうにかこうにか整列を試みるが、初動に遅れた時点で収集はつかなくなっていた。
彼女は咄嗟に仲間たちの姿を見渡すが、味方などどこにもいない。押し出されたスペルビアはもちろんのこと、信奉者に包囲されたミリティアも行動不能だ。
そしてドミナは高速で何事かを呟きながら、計算外の事態を収拾するに最も手っ取り早い方法を検討している。
彼女は可能な限りの計算を並行で行い、導き出された最適解に手を打った。
「やはり粛清しかありませんね」
「お客さんを排除してどうするんです!?」
2日目や3日目ともなれば作業にも慣れて、もう少し上手にあしらえただろう。
しかし開幕と同時の奇襲には満足に対応できず、ぐたぐたという言葉を表したような混沌が形成されていた。
「いや、今日は君たちに槍をだね」
「それもいいですが、折角なのでもっとお話を」
「姫様の手作り菓子というのは本当ですか? 他の娘は手伝っていないんですよね?」
「あ、危ないからハルバードを興味本位で持つのはやめ――!」
ミリティアはファンサで手一杯であり、スペルビアは早々にフェードアウトした。
ドミナは再度プランの立て直しを検討し始めたため――ただ一人機能しているマレフィは、絶望的な孤軍奮闘をする羽目になっている。
内心で「あ、これは終わった」と思いながら手と口を動かす彼女は、撤退戦の気分で動いていた。
「まったく、騒がしいですね」
「ふ、副会長」
「ごきげんよう」
騒ぎを聞きつけた学生会の見回り組が早速やって来たが、率いているのは先日情報をリークしてきた副会長だ。
雰囲気がヤバい人。下手をすると刺されそう。先日はそんな評価を下した相手だが、状況を打開してくれるのならば何でもよかった。
果たしてマレフィの期待通りに、副会長は手にした扇で人の群れを操る。
「ミリティア様にもご迷惑でしょう、壁際に寄りなさい」
「……はい」
「節度を持つこと。いいですね? ……では」
「えっ?」
ミリティアよりも威厳に溢れた彼女は、周囲を冷静に一喝してから最前列に並んだ。
彼女は学生会の仕事以前に、客として来場したからだ。
「さて、教えていただけるかしら?」
「ええ、もちろんです」
「ああ、貴女以外で」
「ふふ、遠慮せずに」
外敵を前にして調子が出てきたドミナは、ミリティアからの指導を求める副会長に張り付いた。
彼女らの相性はどう見ても最悪だが、図らずも混乱が一部収集した上に、友軍が復活したのだから細かいことはどうでもいい。
ねっとりとした争いから目を逸らしつつ、マレフィは聞えよがしに呟いた。
「ああー、助かるなぁ。これは姫様からの評価が高そう」
第三王女の信奉者が集まっていると見た彼女は、「騒ぐと嫌われるぞ」と周囲に伝えているのだ。
これで正気に戻った層もいるが、しかし依然として窮地には変わらない。
「人込みは……苦手です」
「大丈夫かい? 救護室に行く?」
「ふぁい」
人酔いしたスペルビアは学生会の応援組から介抱されており、金の短髪をした貴公子風の学生会長は、軽く診察をしてからドクターストップをかけた。
「はいはい、道を開けてね。急患だよ」
「ああ、うちの部員が済まない」
「体調不良は仕方がないさ。大変だろうけど、頑張ってね」
ミリティアは王子様風の王女であり、学生会長も同様に煌びやかな外見だ。
つまり王女が好きな層は、会長も好きそうということになる。
姫抱きで連れて行かれたスペルビアの方に、ロマンスの目を向けているご令嬢の多さを見たマレフィは、もうどうにでもなれと声を張り上げた。
「はーい、では実演しまーす! この動きを真似できたら景品がありますからねー!」
明らかに回っていないのだから、手本を見逃せば相当待たされるだろう。まだ理性的な判断ができる層も分離して、この場は幾つかの勢力に分かれてきた。
基本の構えから素槍を振り降ろしたマレフィは、ドミナから受けた戦術論の講義内容を思い返しながら、この状況を俯瞰で捉える。
「ええと、敵は分断して各個撃破しろ……でしたっけ?」
まともな層を今のうちに殲滅して、標的を減らすのが上策。
そう考えた彼女は、王女にしか興味がない層には適当に景品をバラ撒いていく。そして多少なりとも槍に興味を持っていそうな人間にだけ、心持ち手厚くコメントをして回った。
「ええと、あっちに指導して、これが終わったら次は景品を……あ、最後尾はその辺りです! 並んで並んで!」
誘導整理、接客に景品の手渡しと、4人分の仕事が舞い込んだマレフィはてんてこ舞いだ。
誰か働いてくれと内心で叫ぶ彼女の奮闘をよそに、時間が過ぎていった。
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