第31話 間者



「自治会長! このままでよろしいのですか!」


 ぞろぞろと人を引き連れて現れた青年を前にして、一部学生自治会長――要するに生徒会長――は面倒事を直感した。


 そして今の学生会室には副会長しかいないが、黒髪を長く伸ばした彼女は全くの無関心だ。自分のデスクで自分の仕事を淡々と片づけており、髪のカーテンによって視界すら遮られている。


 まあ関わりたくないのだろうと察しつつ、孤軍奮闘の覚悟を決めた会長は聞く。


「よろしい、とは?」

「決まっています、交流戦の件です!」


 陳情に来た集団の筆頭は、伝統剣術研究会の会長だ。彼は学内最大手の研究会を率いており、同じ大手の研究会を中心に顔が広い男だった。


 そして彼らが文句を言いにきたのはもちろん、学校祭の目玉である天覧試合が、今年から急にルール変更となった件についてだ。


「外圧に屈するなど恥ずべきことではありませんか!」

「学生のことは学生が決める。それが我が校の伝統です!」


 学内自治の原則を守れだとか、伝統がどうだとか、もっともらしいことは言う。


 しかし要は、自分たちが有利な制度に戻せという突き上げなのだから、言われる側は呆れるしかなかった。


「既に学園長の認可まで降りているし、もうじき各地の観覧者にも案内が送られる予定だよ」

「差し止めをお願いします! まだ十分な議論は尽くされていません!」


 方々の有力貴族からの苦情があり、学校側も大会運営に思うところがあった。そんな大人の事情によって改定が為されたのだから、今さら一介の学生が話し合おうと意味はない。


 更に言えば自治には限界があり、ここにいる高貴な子弟たちの意向よりも、その親である当主たちや後援者たちの意向が優先されることも当たり前だ。


 だが根本の問題は「損をさせられた」という感情面の話なので、会長からすると本当に、この話題には面倒以外の気持ちが湧かなかった。


「……そうだね。確かに学生会としても、由々しきこととは思っているよ」

「では!」

「ああ、私たちの方でもう一度掛け合ってみよう」


 色よい返事に満足した研究会の長たちは、その後30分ほど要望を述べてから帰っていった。


 しかし微笑みを維持していた会長は、彼らが退出した数秒後に盛大な溜め息を吐き、ここでようやく副会長が口を開く。


「それで、どうされるのですか?」

「……約束通りに連絡は送ろう。話し合いの余地はありませんかと」

「なければ?」

「終わりだよ。どうにもしない」


 念のために聞いた副会長にも、「ですよね」以外の意見はない。要するに掛け合うまでは約束したが、断られる前提で一応聞いてみるというだけだ。


「まあ、栄光は実力で掴み取るべきさ」

「ごもっともで」


 会長は短く切り揃えた金髪をかき上げると、そのまま側頭部を押さえた。そしてどうして、自分の代でこんな事態になるのかと、頭が痛そうに零す。


「確かに大手の談合は問題だが、そもそも弱小研究会が本気で優勝を狙うことはないだろうに」

「そうですね」

「とすれば実力者が加入した、小さい研究会のどこかが――」


 一体誰がこんな状況を作ったのか。犯人の予想を立て始めた会長に向かい、副会長は即座に別な話題を提供する。


「天覧試合と言えば、会長も出場されるのですよね?」

「ん? ああ、国許のメンツを考えても、留学生代表として好成績は残しておかないと」


 人材の育成に一家言ある学園だが、自治会まで武闘派である必要はない。だから自由にできるかと言えばそうでもないのだ。

 文化系の団体に所属していても、実家の絡みで出場が義務となっている学生は多い。


 そちらはそちらで面倒くさいなと、再度の溜息を吐いた会長の前に、副会長は山盛りの書類を提出した。


「では練習時間を確保するためにも、この辺りは今週中に片づけてしまいましょう」

「え? いや、まだ時間は十分に……」

「本番前に立て込み、成績不振となられても困ります。自治会のメンツもありますので」


 運営と指導をする以上、教師側に近いところはある。舐められてはならないというのもその通りだ。

 しかしデスクワークを好まない会長は、辟易とした表情を浮かべた。


「帝国流弓術研究会は、いかなる時も鍛錬を怠らない集まりだよ」

「それで?」

「本番前に慌てて特訓する必要などないから……あれ? どこへ?」

「用事があるので暫く席を外します」


 書類仕事を先延ばしにしたい会長は逃げ口上を打ったが、副会長は背を向けて歩き始めてしまった。

 部屋を出る直前に、彼女は振り返って言う。


「王子様キャラ……もとい、外面を着飾る演技も大変でしょう。余裕は常に作っておくべきです」

「うわぁ、辛辣」

「事実では? 各地に送る通達事項と、手紙の作成はよろしくお願いしますね」


 提案を一顧だにせず、取り付く島もない態度で副会長は去った。

 そして会長の前に残されたのは、急なルール変更によって生じた、例年ならやらなくてもいい仕事の数々だ。


「……まあ仕方がない、やるか」


 会長はこの日だけでも、何度目となるかも分からない溜息を吐く。しかし確かに国のブランドを落とさないようにと、四六時中気を張っている状態だ。


 陳情が通らなかった際に、大手の研究会長たちがまた押し寄せてくることも確定している。先々のことを考えても、目先の書類に手を付けるしかなかった。





    ◇





「というお話がありました」


 5分後。自治会の副会長は、槍術研究会の部室を訪れていた。

 陳情からの出来事を口頭で語った彼女は、ミリティアにしなだれかかって言う。


「お役に立ちましたか?」

「ああ、ディ――ドミナ令嬢が気にしていたんだ」

「相変わらずですね。ドミナ様ドミナ様と」


 一貫して鉄仮面のような表情だった副会長は頬を膨らませたが、これは嫉妬の感情によるものだとミリティアにはすぐに分かった。

 政治の駆け引きは苦手でも、こうした方面の駆け引きであれば練磨の実力者だからだ。


「君が槍を始めてくれれば、同じくらいの時を共に過ごせると思うが」

「武術はお父様にお許しいただけません」

「残念なことだ。……そう言えば、祭りの当日は御父上も来られるのだったな」


 家族の話から近況へと話題を変遷させて、そこから世間話に繋げつつ、ミリティアは話を逸らした。


 副会長からすると上手にあしらわれていることも分かるが、憧れの人と久しぶりに長いこと話せたとあって、これだけでも十分に満足度は高い。


「まったく、貸し一つですからね」

「……それならデートにでもいこうか。この間、良さそうなカフェを見つけたんだ」

「あら、お誘いだなんて珍しいですこと」

「君のためなら時間は割くさ」


 最後には鼻歌混じりで帰っていった副会長だが、その様を見ていたスペルビアとマレフィは目が点だ。

 自分たちは一体何を見たのだろうと思いながら、視線をドミナに向けた。


「ティアちゃんは可愛いものが好きでしょう?」

「ええ、存じております」

「見境なしに口説いていた頃の名残です。先ほどのは侯爵家の三女ですね」

「侯爵家?」


 ミリティアは華やかな外見と雄々しい内面がミスマッチしているため、性格を知っている男性からの人気はそこそこであり、主には女性から人気の王女だった。


 本人の嗜好もそちら寄りであり、スペルビアを勧誘しにいく直前には、道を尋ねがてら女生徒にナンパを仕掛けたくらいの筋金入りだ。


「痴情のもつれで刺されそうになってからは、ティアちゃんも大人しくしていたはずなのですが……喉元過ぎれば何とやら」

「刺される?」


 本当に見境がなかったため、泥沼の争いを引き起こした時期もある。だがその頃に稼いだ好感度を利用して、今も独自の情報網を持っているということだった。


 集めた情報の大半はドミナにスルーパスされるが、信奉者や間者の数で言えばそれなりのものがある。


「ああ、もつれた部分は高位貴族しか知りません。他言すれば――」

「しません」

「墓まで持っていきます」

「よろしい」


 お茶会での情報収集が得意な夫人、又は社交界の華のようなものだと思え。やんわりとそう付け加えられた部員たちは、自然と敬礼の姿勢を取った。


 片や副会長を見送ったミリティアは、気の抜けた声でドミナに言う。


「ディーちゃん、なんだか会長が疑っているそうだが?」

「学生会長は帝国からの留学生でしたね。まあ帝国と言っても過去のことで、今では中堅国ですし……ええ、問題ありません」


 呑気に話し始めた王女と公爵令嬢は、根本的なところで世間から隔絶している。

 起きるトラブルの種類も、普通の貴族令嬢であれば経験しない類のものが多いのだ。


「ねぇ」

「ええ」


 下手をすればどこぞのお偉いさんの娘から、知らぬ間に嫉妬を受けかねない。


 実はこの団体にいるのは結構危ないのではないかと、スペルビアとマレフィは今さらながらに目で語り合った。


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