第29話 参戦決定!!



「イベントに参加するぞ」


 アーシャの首根っこを捕まえて拉致したミリティアは、部室に戻って早々にミーティングの再開を宣言した。

 しかし解散宣言から5分後のことであり、部員たちの反応は戸惑いが主だ。


「まずは説明からお願いします」

「うむ、良きに計らえ」


 言われるがままに着席した部員たちは、解説役となった舞踏研究会の部長に視線を注ぐ。

 しかし槍術研究会の面々が平静を取り戻してからも、依然としてアーシャの動揺は収まらなかった。


「ええと、いいのかしら」

「どうぞ気にせず、続けてください」


 彼女にとっては針のむしろだが、ミリティアは仕置きが済んだからとさっぱりした態度であり、ドミナは「こんな人もいましたね」と、大した脅威には見ていなかった。


 スペルビアなど対戦直前の入部であり、マレフィに至っては入部前の出来事なので因縁などない。


 そして今さら回れ右をしても、超速度でミリティアが追ってくるだけだと思い、咳払いをしてからアーシャは語った。


「学祭と言えばまず、研究会やゼミで出す模擬店に目が行くけれど……出展数が多いから埋もれがちなのよね。展示品とかコンセプトの被りもよくあることだし」

「というわけで、目立つ方法を考えてみた」


 ミリティアが言うイベントとは、校舎のあちこちで行われる余興の数々だ。アーシャは資料として持ち出した昨年のチラシを、黒板に貼りつけてから解説していく。


「例えば玄関ホール前でやっていた知識王決定戦。ええと、こちらだとクイズ大会と言うのかしら? こういうのは誰でも参加できるの」

「研究会単位では?」

「できる企画もあるわね。まあ、参加者がどう名乗るかは自由よ」


 つまりステージ上の催しに、どのような所属で出場しても構わないということだ。研究会から代表者を選出して、優勝後のコメントで宣伝をするのもよくあることだった。


「普通は何階のどこで店を出してます……という風にアピールをするけれど、内容が決まっているわけではないから」

「ならば我々が目立つだけ目立ち、槍術研究会槍サー自体の宣伝を、思う様やればよいということだ」


 顔面偏差値は高いのだから、一見の宣伝効果には大いに期待できる。これまた自分たちの強みを存分に活かそうという目論見だった。

 そしてスペルビアがちらと黒板を見れば、大食い選手権やら野菜の千切り対決やらと、内容は様々だ。


「得意分野を選び、各自で勝利を狙えばよろしいですか?」

「勝てそうなものを選ぶなら……なんでしょーね?」

「時々で催しが変わるから、発表されてから選ぶ方が無難だと思うわよ」


 何故こんなアドバイスをしているのだろうと、遠い目をしているアーシャはさておき――先の展開を予想したドミナは疲れた顔をした。


「ダメです」

「無論、全ての競技に――はっ!?」


 先回りで釘を刺されたミリティアはぎくりとしたが、ドミナはやれやれと言いたげにチラシを指す。

 具体的には、下部に記載された開催日時についてだ。


「ここに貼られたものだけでも、競技の日程が被っています。それに開催される数は、両手では収まらないのでしょう?」

「ええ、まあ規模はまちまちだけれど、非公式まで含めれば凄い数になるわ」


 ここは学部毎に校舎が分かれており、武道場が3つも用意されているマンモス校だ。学校祭実行委員が用意する催しは多く、各研究会などが用意したものまで含めれば、10や20ではきかない数になる。


 そして校舎中でイベントを開催し続けるならば、同時開催のために出られないことや、移動時間の関係で間に合わないことも当然ある。


「前の予定が押して遅刻しました。そんな醜態を繰り返すと評判が落ちますからね」

「うむ、確かに」


 人に迷惑を掛けない範囲で頑張ろう。それがドミナの提唱する最低ラインだ。


 これには楽しいお祭りでの激務を想像した、マレフィとスペルビアがほっと胸を撫で下ろし、とばっちりで何らかの責任がやってきそうなアーシャも安堵した。


「それなら出場先を絞るとして、一番目立つものはどれだろう?」

「武術大会じゃないかしら。学園は武道に力を入れているし、この交流戦は王都でも有名なのでしょう?」


 言われみればと、ミリティアとドミナは顔を見合わせた。

 地方出身のマレフィは首を傾げたが、スペルビアは今さらですかという顔だ。


「そんなに有名な大会なん?」

「ええ、まあ、私でも知っているほどですから」


 インドア派のスペルビアですら把握している催しだ。それは王女と公爵令嬢が知っているのも当然という前に、ミリティアは真っ先に思いつくべきだった。


「決勝トーナメントには、うちの両親が表敬訪問をしていたな」

「俗に言う天覧試合ですね」

「ああ……うん」


 女王と王配が揃って出向くのだから、家族のミリティアも観覧したことがあるのは当然だ。

 何故真っ先に思い浮かべないのかと、マレフィは彼女らに渋い顔をした。


「いや、違うんだ。見るよりもるほうが好きというか」

「有象無象……こほん、低レベルな争いに興味が持てなかったとでも申しましょうか」

「あの、言葉を選んだのは分かるんですけど、全然飾れてないですよドミナ様」


 誰でも参加できる催しかつ、活躍すれば華やかな栄誉と共に、王からの褒章が受けられる檜舞台ひのきぶたいだ。それは腕に自信がなくとも、ワンチャンスに賭けて参加する者たちでごった返す。


 言うなればお遊戯会レベルから、有名騎士団のエース候補レベルまで、玉石混交の極致にある大会だ。


「予選はバトルロイヤルだから、袋叩きで優秀者が脱落するとかもあるのよね」

「青田刈りに使えると考えれば有用ですが……観客目線ではいささか退屈ですからね、あの交流戦は」

「というわけで、あまり興味はなかったんだ」


 運よく生き残っただけの選手たちが、泥仕合を繰り広げることも珍しくはない。


 そういう手合いは本戦の1回戦か2回戦で姿を消すが、純粋に武術の腕比べを見たいならば、本職の戦いを見物する方が手っ取り早かったということだ。


「舞踏研究会は参加するのか?」

「もちろんパスよ。乱戦で怪我しかねないし、当日は演舞の予定が詰まっているの」

「なるほどな」


 王女を倒して目立とうという命知らずも、一定数出るだろう。槍術研究会を狙ってきそうな筆頭は不参戦ということだが、功名心が高い研究会など幾らでもある。


 弱小団体かつ倒した時のメリットが大きいとなれば、前述の袋叩きを食らうことも十分に予想された。


「いや、だが逆に考えれば好機か?」

「好機とは?」

「群がる雑兵を派手に打ち負かしていけば、相当目立ちそうだなと」


 つまり武芸を競うというよりは、戦場で雑魚を蹴散らす猛将スタイルで戦うということだ。

 戦慄したドミナの横で、ミリティアは名案だと頷きながら席を立った。


「よし、となれば参戦決定だ」

「ティアちゃん? 今回は地道に知名度を上げる方向で、参加は来年からでも――」

「何を言う、目に物見せてくれようじゃないか。最後まで残った上位陣は流石に腕が立ちそうだしな」


 新たなる猛者との出会いに胸を躍らせて、ミリティアは有頂天だ。

 新造したばかりの大身槍を掲げながら、彼女の口から出てきた言葉は――猛々しき開戦の宣言だった。


「押し寄せる敵を殲滅して、目指すは優勝だ。早速だが特訓をしてくる」

「ミリティア様、学校祭はまだ先というか……あの、他の催しがまだ」

「そちらは無理のない範囲で決めておいてくれ」


 独走状態のまま会議をお開きにしたミリティアは、笑い声を上げながら自主練に向かった。


 取り残された面々の間には気まずい沈黙が訪れたが、この空気に耐えきれなくなって口を開いたのは、当然の如く部外者のアーシャだ。

 

「……それで、どうするつもりかしら?」

「……何とか、シード権を獲得してきます」


 山賊の親分のような高笑いをしながら、生徒たちを虐待していくお姫様の姿など衆目にお見せできない。

 そして盛大な雑魚狩りをしてしまうと、最終的な評判がどうなるかは全くの未知数だった。


「そう。その、頑張って」

「何かあれば、相談をさせていただいても?」

「まあできる限りで力になるわ。できる限りでね」


 アーシャはミリティアに関わってしまったことを後悔しているが、ドミナは十数年もの長きに亘り、今回と似たような軌道修正を続けてきたのだ。


 振り回された者同士に妙なシンパシーが生まれたことで、図らずも両研究会の友好が成りつつ、季節は秋に向けて移ろっていった。


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