第28話 学校祭に向けて
「さて、それでは企画を立てよう」
部室に戻った彼女たちはテーブルを囲むと、先ほども話題に挙がった、学校祭に向けての話し合いを始めた。
現在案として挙がっているものは、お蔵入りした名槍たちの展示会だ。
これにオープンキャンパス目的で学園を訪れた生徒や、一般生徒への体験会を兼ねた催しを加えて、槍術研究会に興味を引くという作戦の是非が問われていた。
「実用性一辺倒でもよろしくないので、用意する品は飾り用と実用で分けて考えるのはどうですか?」
「ああ、それがいいかもな」
扱いやすいシンプルな素槍を大量に用意して、通りかかった人間の手に片っ端から持たせても、それはただの強制軍事訓練と変わりない。
一見さんから楽しみや興味を見出すことは難しいため、対象の間口を広げるためには、華美な槍も出してもらえた方が助かるというのがドミナの意見だった。
「楽しんでもらうことが優先なら、運動以外にも何かコンテンツがほしいですねぇ」
「コンテンツ……ですか」
楽しいお祭りに心を躍らせているマレフィは前向きだが、堅物な面があるスペルビアは渋い顔だ。目立つことや余興が苦手な彼女は、腕組みをして考え込んでしまった。
しかしミリティアが適当なことを言い、マレフィが具体的な方向を決めてから、ドミナとスペルビアが
それは何となく共通見解なので、まずは言い出しっぺのマレフィが案を出した。
「例えば体験コーナーですけど、基本の型を覚えたら景品進呈とかどうです?」
「品物で釣るのは……どうなのでしょう?」
「取っ掛かりは必要だよビアちゃん」
武人としての性格が強いスペルビアは、景品と引き換えの客寄せという概念に首を傾げた。
しかしミリティアは姫として、宣伝広告についても多少の理解があるため、彼女はここに多少の私財を投じてもいいかと頷く。
「小分けで配れるものか。要らないネックレスを引き千切って、真珠でも――」
「姫様」
「ミリティア様」
「ティアちゃん、絶対に止めましょうね?」
ミリティアはファッションへの興味がゼロだ。綺麗にカットされた宝石よりも、帰り道に蹴飛ばしてきた、その辺の石ころがまだ愛着が湧く性格である。
つまりコレクションの槍以上に、宝飾品がお蔵入りしているのだ。
肥やしにしておくぐらいならば放出してしまおうという、チャリティー感覚での発言ではあったが、個人的な趣味でそれをやると確実に問題があった。
「ええと、もっと気安いもので……王女様の手作りクッキーとかどうです?」
「そんなものでいいのか?」
「こういうのはやっぱ気持ちなんで」
ミリティアは料理が上手い方だ。行軍中は自分で調理をすることもあるだろうと、王室お抱えのシェフにせがんで修行をしていたほどである。
菓子作りは習っていないが、少し練習すれば大丈夫だろうと思い、彼女はまた頷いた。
「よかろう。案に加えるとしようか」
「ではティアちゃんが展示品と景品の係ですね。場所の確保は私が」
いい場所を確保するには、様々な交渉が必要になる。模擬店などの出店場所は抽選――という建前にはなっているが――実際には事前に半分ほど決まっているのだ。
何の実績もない槍術研究会という不利な条件から、どこまで要望を通せるかと思い、ドミナはゲーム感覚での交渉へのやる気は高かった。
「では我々は、何をすればいいですか?」
「主には看板作りかな。それからお菓子作りの練習をして、本番前に手伝えるようにしておくとか」
「その程度では、何か不安が残るような気がしますが……」
「いやいや意外と大変よ?」
マレフィからすると超上流階級の二人だけでなく、修練に時間を費やしてきたスペルビアも、特殊な人生を送ってきた人という印象だ。
なんだかんだ言いつつ庶民感覚というか、一般常識を知るのは自分だけかと思い、彼女は胸を張って言う。
「展示品の選定が終わった姫様と、手すきになったドミナ様にも合流していただいて、皆で作りましょ」
「うむ、それはいいんだが」
チームワークにも慣れて、いよいよ仲が深まってきたころだ。しかし一方で、ミリティアには少し前からとある疑問が湧いていた。
折角なので彼女は、話の流れるままマレフィに尋ねる。
「なんだかディーちゃんへの口調が、やけに堅苦しい時があるな?」
「……ナンデモ、ナイデスヨ」
「学校祭を通して、もっと打ち解けられるといいですね」
矯正プログラムのことがミリティアに漏れた瞬間、前回を超える粛清がやってくる。そんなことは自明の理であるため、マレフィは感情を殺して機械的に返答した。
彼女は秘密を絶対に厳守する構えなので、横にいるドミナもそれとなく話を逸らすが、ミリティアが特に何かに気づく様子はない。
「礼儀作法が完璧な分だけ、取っつきにくいのだろうか? ほら、やはり私くらいフレンドリーな方がいいんだよ」
「……はは、左様でございますね」
「何にせよこうした催しは初めてなので、私も楽しみにしています」
全てを察したスペルビアとて何も語らないので、知らぬはミリティアばかりなり、といういつもの状況だ。
さりとてドミナは本心からの感想を零したが、これにも姫は引っかかった。
「ん? パーティやら式典やら、腐るほど何度もあったじゃないか」
「自分たちの手で何かを作るのは、これが初めてでは?」
「ああ、言われてみれば確かにそうか」
家臣や業者に全ての下準備を任せる立場なので、考えたことがあるのはコンセプトくらいだ。
客人を歓待するために、手ずから料理を振る舞うこと。ましてや看板づくりの日曜大工など、彼女らにとっては生まれて初めての出来事だった。
「これも貴重な経験ですね」
「違いない。……しかし未経験の分野で確実に勝つためには、もう少し情報が欲しいところだな」
大まかな分担が決まり、部として動き始めた。それは前向きで喜ばしいことだ。
しかしマレフィにも十分なノウハウがあるわけではないので、学校祭の定石やセオリーを知るにはどうしたらいいかと、ミリティアは考えた。
「よし、ここは詳しそうな人間に聞いてみるとしよう」
「同じ学部の人たちにですか?」
「もっと手っ取り早い相手がいるじゃないか。まあこちらは任せてくれ」
解散を宣言したミリティアは、自信満々に席を立ち部室を出た。
彼女が向かったのは、徒歩3秒の位置にある隣の部屋だ。
「たのもう」
「ん? ……ひえっ!」
そう、ここは舞踏研究会の部室である。ずかずかと押し入ったミリティアは、髪が逆立つほど驚いている部長、アーシャを目指して真っ直ぐに進んだ。
「ちょっと聞きたいことがあるんだ」
「え、いや、何を……」
何の遠慮もなく部屋の奥まで来たミリティアは、最奥の席で書類を整理していたお隣さんの長に、普段通りの壁ドンをした。
逃げ場を塞いだミリティアは、爽やかな王子のような笑みを浮かべてアーシャに尋ねる。
「学校祭を成功させる方法を、教えてもらおうか」
「え、ええ……?」
人気が出るかどうかなど水物だ。確実な成功方法などなく、無茶な質問ではある。しかしマレフィがドミナに逆らえないように、アーシャもミリティアに逆らえない。
強烈な苦手意識から、頬を引きつらせたかつての敵に対して、ミリティアは徹底的かつ友好的な尋問活動を開始した。
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