第27話 お蔵品の使い道



「うむ、うむ」


 演武場に一番乗りして稽古を始めたミリティアは、満面の笑みを浮かべながら槍を振るっていた。

 彼女が上機嫌なのは、新調した槍が思いのほか扱いやすかったからだ。


「新品なのに、手に馴染む。実によく馴染むぞ」


 流派の基本となる型の動作を繰り返しながら、彼女はこれまでに戦った相手を思い描く。

 最初の仮想敵となったのは、初陣で戦いを繰り広げたオークたちだ。


「この鋭い穂先で、胸を一突きにするのもいいな。破れかぶれで突っ込んできたところを一歩下がり、剛健な石突で逆撃するのもいい」


 現実的には魔法を駆使して、身体強化と武器への属性付与を施してから、金棒の如く大身槍を振るうのがミリティアにとっての最適解となる。


 彼女が持つスペックを鑑みるに、猪武者や猛将のように大股で歩みを進めながら、力押しで敵を蹴散らしていくのが最も効率のいい戦い方だ。


 しかし稽古は基本に忠実であるべし。これは彼女の理念の一つだった。


「姫様って意外に、型稽古には熱心な方ですよね?」

「戦場では咄嗟の判断が生死を分けるからな。常日頃から、正しい動きを身に着けておくことが肝要なんだよ」


 楽し気に、しかし真面目に槍を振るうそんなミリティアの姿を、柔軟中のマレフィはしげしげと眺めていた。

 そしてミリティアらしからぬ高尚な意見の前には、素直に拍手を送る。


「はえー、いいこと言いますねぇ」

「ふふん、そうだろう」


 マレフィは感心したような声を上げたが、同門であるドミナとスペルビアからすると、師の受け売りでしかなかった。

 どうだ、このセリフは格好いいだろうと、鼻高々な姫君を放置してドミナは言う。


「もう少し威圧感が少ない槍が良かったのですが……」

「十分ではありませんか?」


 先日納品された槍は、王城の武器庫にてお蔵入りとなった。いずれ武勲を立てた騎士に送るための、下賜品として保管されることになったのだ。


 設計を丸投げした悪魔の槍はミリティアが買い上げたが、品格維持費が王族失格なほど安上がりな彼女からすれば、この買い物は大きな出費ではない。


 貯金が積み上がっているのだから、即日でマイナーチェンジを頼みに行っても、懐具合に何ら影響はなかった。


「カラーリングが白になっただけでも、かなり印象が違いますね」

「最初から付いていけば、デザインももう少し詰められたはずなのに……不覚です」


 問題は納品した日に追加の依頼を受けた、工房の方だ。あれこれと注文を考えていたドミナも、結局のところ強硬には出られなかった。


 泥酔した人間国宝から、「こんな爺をいじめんといてくださいや」と泣きが入ったからだ。


「遠征の後始末を後回しにしてでも、イメージ戦略に力を入れるべきでした」

「そうでしょうか……」


 彼女が最も苦手とするのは感情論であり、難しいお仕事に疲れたという全力のパッションを受けては、どうしようもなかった。


 ミリティアの槍を製造するために、苦心した跡も十分に見られたのだから、権力を行使しては職人との関係が悪化するだけでしかない。


 そのため妥協点を探ったところ、釣り針のような禍々しい刃の返し・・を取り払い、漆黒の槍を白く塗装して、銘を天使アンゲルスと改めるだけで収めている。


「作業が二工程だけであれば、元の槍を改修した方が楽だったのではありませんか?」

「折角だからもう一本! と、ティアちゃんが言うので」

「……なるほど」


 その際もミリティアは、溌剌はつらつとしたいい笑顔だった。親指を立ててサムズアップを送るという、姫らしからぬフランクな再依頼であった。


 そんな一幕は、現場にいなかったスペルビアにも簡単に予想がついたため、深くは触れずに流す。

 しかしドミナが感心していないのは、どちらかと言えば無駄遣いの方だ。


「もう、どうせティアちゃんのコレクションとして、永久にお蔵入りするんですよ。下賜品を選ぶ騎士が、槍を選ぶことなんて滅多にないんですから」

「はは……まあ、使用人口が違いますからね」


 騎士団は剣を制式採用している部隊が圧倒的に多いため、褒美が貰える場面でも、金品か名剣の二択という風潮がある。


 武家ならば名剣がそのまま、屋敷のインテリアにも流用できるため、弓士や槍士でも剣を選択することが多い。


 だから名槍を倉庫に増やしても、それはミリティアが愛でるだけのコレクションになりがちという意見は、その通りでもあった。


 この不満を受けたスペルビアにできることは、矛先を逸らしつつの苦笑いだけだ。


「……ですが名品を打てる職人を維持するという意味では、いい買い物ではありませんでしたか?」

「そうでしょうか?」

「ええ。私の十字槍も、付き合いがある職人に特注で依頼していますから」


 需要が無くなると職人も姿を消す。彼らにも生活があるのだから当たり前のことだ。


 この点では金に糸目をつけないお大尽だいじんが、金払いのいい依頼をした時点で――槍使い全体の――ひいては社会のためになっている。


 ドミナからは見えない範囲で立ち回りをしているミリティアが、そう弁護してほしそうにしていたため、スペルビアは目を逸らしながら口を添えた。


 そして場の空気を読んだマレフィも、ドミナの地雷を避けて別な話題に発展させていく。


「ねぇねぇ姫様。お蔵の槍が沢山あるなら、展示会とかどうでしょう」

「展示? 学園に飾るのか……」

「ええ、期間限定で」


 ミリティアは芸術鑑賞を好まない。絵画や美術品に技巧が凝らされているのは認めるが、どうしても、それが何の役に立つのかを考えてしまうからだ。


 彼女の反応が芳しくないと見て、マレフィは更に付け加えた。


「飾っておくだけでも目立ちそうですけど、体験コーナーを用意してみるのはどうかなって。ほら、実際に手に取ってみると何だかやる気が湧きません?」

「なるほど、一理あるな」


 剣道を学んだこともない素人が、木刀を握った瞬間に、自分が一端の使い手であるかのような錯覚をすること。

 武道着を着ただけで、あたかも自分が歴戦の強者になったように感じること。


 要は稽古の道具に触れてみるだけで、モチベーションが上がることは往々にしてあるということだ。これは武道の初心者であれば、誰もが経験する道でもある。


 マレフィの意見はもっともだと頷きつつ、ミリティアは考えた。


「展示品になれば、あの槍も浮かばれるだろうか……」

「その槍以外でいきましょう。国宝級を廊下に並べると、結構な問題になりそうな気がしますので」

「確かに。多少は選定する必要があるか」


 装備のグレードが高くなるほど、美術品としての価値が上がる。


 盗難や警備の問題も持ち上がるが、一定の価格を越えて財宝の部類に入ってしまうと、「これを使うのはもったいない」という、武器として本末転倒な考えも湧きやすくなるのだ。


 そのため純粋に槍の宣伝をしたいのならば、実戦向きの品を選ぶ必要があった。


「見目が良くて、扱いやすいものがいいかな」

「その辺りでしょうねぇ。シンプルなものから、ちょっと華美なものくらいまでで揃えるのがいいと思いますよー」


 手に取った者に多少の憧れを持たせつつ、その槍で戦ってみたくなるもの。


 つまりはそれなりの範囲に収まる品で、かつ点数も絞らねばならないと見て、ミリティアは唸り始めた。


「どこから始めようか。先に許可を取って、スペースから逆算して本数を絞った方がいいか。……いや、そもそも武器を並べる許可が降りるかどうかだな」

「ん? 普通に申請すれば通りそうじゃないです? もうすぐ学祭なんですから」


 学校祭。これまでの人生でろくすっぽ市井と混じることのなかった、ミリティアとドミナには縁遠い単語だ。


 しかし学校祭で模擬店や展示を行うこと。パフォーマンスをすることなどはごく普通の行いであり、思いつきと合致するイベントでもある。


 それに加えて、マレフィは実体験に基づく話を一つ加えた。


「私みたいな地方勢にとっては、オープンキャンパスを兼ねてますからねぇ。来年度の部員にも期待的な?」

「そうか、確かにその手があるな」


 夏休みを過ぎてからの新入部員は稀なので、在校生へのアピールは望み薄だ。しかし来年の入学希望者に向けた宣伝と捉えれば、悪い発案ではない。


 そう思ったミリティアは、仮想敵であるゴーレムとの戦いに切りをつけて、全部員に宣言した。


「よし、その線で考えてみよう。今日は稽古の後にミーティングだ」

「そうしましょうか」

「承知しました」

「はーい」


 ドミナとスペルビアも稽古の準備をしながら、ミリティアたちの話を聞いていたが、ざっと聞いた限りでは特段の異議を挟むような場面ではない。


 彼女らはいつもより短い練習を終えてから、学祭に向けた話し合いをすべく、部室に引き揚げていった。


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