第26話 仕事の流儀


「親方これを見てください」


 鍛冶屋の一番弟子は、完成したばかりの長剣を親方に見せた。厳しい目で隅々まで眺めるのは、この道50年のベテランである、王都最高の職人とも名高い名匠だ。


 この親方は人間国宝にも指定されている。騎士団長を始めとした軍事責任者や、王族の護身武器は、その大半が彼の作品であるほどだった。


「駄目だな。叩きが甘くて削りも未熟だ」

「そう、ですか……」

「ああ、これでは武器の寿命も長くないだろう。少なくとも一生ものではない」


 名工の親方は剣をコツコツと叩き、音の具合で中身まで視る。

 彼は見た目と感触から、悪くはないがもう一歩という評価を下した。


「焼き入れの段階で問題があったんだろう」

「……確かに、火加減に迷いました」

「これは習作だからいいが、顧客は俺たちが作った武器に命を預けるんだ。だから徹底的に、どこまでも突き詰めるのがプロってものだ」


 結論としては、品質は高いものの鉄火場では不安が残る、数打ち品と名品の中間――中途半端な出来のもの――という印象に落ち着いていた。


「一切の妥協を排除すること。それが俺たちの役目であり、誇りだからな。一分でも隙を見せた自覚があるなら、その武器を世に出すわけにはいかんのだよ」


 一般的に見れば十分すぎるほどの名剣だが、親方はこの若手に期待をかけていた。

 自分の跡目はこいつしかいないと思っており、徹底的にダメ出しをしているのも愛ゆえだ。


「一流の作り手はな、常に過不足なく買い手の期待に応えるもんだ。そこを越えて、期待以上の成果を出すのが超一流の仕事よ」

「なるほど」


 弟子も親方の気持ちを汲み、真剣に教えを受けている。

 そんな職人の一幕をよそに、店の表に馬車が止まった。


「いいか、そもそもプロフェッショナルというのはな――」

「親方ー! 来客でーす!」

「おう、ちょっと待ってろ」


 取次ぎの小僧が駆けつけてきたが、親方を呼び出す相手となれば、既に取引がある相当な身分の人間か、歴戦の武人かのどちらかだ。


 失礼のないように身なりを整えつつ、後学のために弟子を引き連れて、彼は店に出た。


「やあ親方、暫くぶりだな」

「これは姫様、ご無沙汰しております」


 来客はこの国の第三王女だ。彼女の槍もこの親方が作成したが、要望はとにかく頑丈に作ることだった。


 だから丁寧に研げば一生使える設計。つまり先ほど弟子に語った、一生ものの武器を卸している。

 特別な事情が無ければ、面会が久方ぶりなのも当然だった。


「それでミリティア姫様、今日はどうし――」


 早速本題に入ろうとした親方だが、言葉はそれ以上続かなかった。

 彼女が背負っている武器の状態でもう、用件を察したからだ。


「頑丈な敵を相手にしたら愛槍がこの有様でね。新しい得物を打ってほしいんだ」

「さ、左様ですか?」


 人間国宝が魂を込めて作った槍は、無残としか形容できない姿になっていた。


 ハンマー代わりにブン回された槍は、数カ所を起点にしてぐにゃぐにゃと曲がり、針金を適当に折り曲げたような形状になっている。


 しかし重ねて確認するが、これは親方がミリティアのために打ち上げた傑作だ。


 折れさえしなければ使えるので、曲がる分にはいい。とにかくパワーに耐えられるようにと、剛性に工夫を凝らした名品である。


 彼の狙い通りに、ゴーレムを相手に最期まで戦い抜けたは良いが、修復不能なほど折れ曲がっているのだから、この武器は既に役目を終えていた。


 残念そうに新調の意を伝えたミリティアは、注文ついでに追加の要望も語る。


「うーん、やはり曲がると使いにくかったからな。次はもっと頑丈で、そもそも折れたり曲がったりしない、絶対に破損しない槍を目指してくれ」

「……へ、へい。……承知」


 ミリティアはお偉いさんにしては珍しく、意匠やデザインに頓着しない。

 武具は戦闘の役に立てばいいという考えなので、作る側としては性能だけを追求できるいいお客・・・・だ。


「アイアンゴーレムを、数体殴り倒せるくらいの耐久がほしいな」

「鉄の塊を、数体」

「今回もよろしく頼むよ。要望はそれだけだから、他は全て親方に任せるさ」


 満面の笑みで「良きに計らえ」を宣言したミリティアは、新しい槍はどんな出来になるだろうかと、わくわくしながら店を去った。


 そしてミリティアの姿が消えるや否や、親方は地に崩れ落ちる。


「お、折れず、曲がらず、絶対に破損しない武器? あの姫様が使う前提で?」

「親方! しっかりしてください!」


 頑丈さの追求に全てを注いだ、生涯でも十指に入るほど気合を込めた武器でも、まだ物足りないと言われたのだ。

 親方は齢65にして唐突に、新たな壁にぶち当たることになった。


「ぷ、プロとして、プロフェッショナルとして、俺は、何をすれば……」


 ミリティアの使用に完璧に耐える槍。

 それはオーガが振り回しても折れない木刀を彫ることに等しい。


 技術と経験でカバーできる範囲を超えているため、この頓智のような依頼をどうこなせばいいのかは、彼にも分からなかった。


「あの、新素材を試してみませんか? 従来に無かった素材なら、あるいは」

「そうだな、それしかないか……」


 弟子に仕事の流儀と、職人の心構えを説いたばかりなのだ。知らないところで背水の陣に追い込まれた親方だが、彼も折れずに踏み留まった。


 納期を十分に取った彼らは、各地を巡業して武器の材料を確保して回る。

 そして集まった。各地からより分けられた、最高の素材たちが。


「やるとしたら、この組み合わせか」

「配合比率は、よく考えないといけませんね」


 新たなる境地の創造に全てを注いだ二人は、苦心1ヵ月の末に、究極の耐久力を持った武器を送り出すことになる。

 果たして再び来店したミリティアは、差し出された槍を掲げて、しげしげと眺めた。


「これが新しい槍か」

「左様でございます、姫様」

「うむ、満足だ。見るからに強そうじゃないか」


 心血を注がれた槍は、石突から穂先までが黒く染め上げられた、漆黒の大身槍だ。

 デカくてゴツくてぶっとい、その槍はハルバードなどの斧槍に近い。


「今日は稽古の予定があるからな。早速使ってみよう」

「是非に」


 悪魔ディアボロと銘打たれたこれを、そのまま学園に持ち込んだミリティアだが、放課後の稽古を始めた5秒後のことである。

 引き笑いをしながら、ドミナは槍を指した。


「流石に禍々しすぎます。愛用武器がこれでは、イメージダウンになりそうですね」

「……そうか? 威容があって、途轍もなくカッコいいと思うんだが」

「ティアちゃんの感覚はズレていると、何度も言いましたよね?」


 命を貫く形状をした、不吉さを感じさせる槍だ。

 狂戦士や死神が携えていそうな武器を、第三王女が振るうのは外聞が悪い。


 迷うことなくこれを提供した親方も、難題の末にどうにかしてしまったのだろうと察しつつ、ドミナは言う。


「私が付き添いますから、明日もう一度鍛冶屋に行きますよ」

「はーい」


 現在の親方は弟子と共に、職人生涯最高の仕事ができたと祝杯を挙げている。


 そんな彼らは、更なる要望を携えた姫君たちが再襲来してくるなどと、夢にも思っていなかった。


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