第25話 お土産の槍衾


 ガイド役のマレフィが不在の間は、純粋に散策を楽しむ時間が流れた。

 彼女たちが宿泊先の一室に再集合したのは、問題児が攫われてから2日後のことだ。


「やあ、実家は楽しめたか?」

「うぃー……」

「こほん」

「いやぁすっかりリフレッシュできました。神に感謝」


 遠い目で覇気のない返事をしたマレフィは、ドミナの小さな咳払いを聞きつけて背筋を伸ばした。


 短期プログラムでも十分に教育できたと見て、満足気なドミナはさておき、ミリティアとスペルビアもこの2日間は存分に楽しんでいた。


「これを見てくれ、お土産に買ったんだ」

「……パイクを?」

「ああ。中央だといかにも騎士用の武器ばかり流通しているから、実戦向きの趣きがあるものは少ないんだよ」


 パイクとは歩兵用の長槍であり、ミリティアが購入したものは実に6mの長さを誇っている。


 主に密集陣形を組む歩兵が、騎馬や魔獣の突進を迎撃する際に用いられる装備であり、ミリティアの得物である大身槍を超えるサイズの巨大武器――を、彼女は愛しそうに抱えていた。


「チームプレーは槍ならではだ。いつか集団戦に参加するなら、こういうものを使いたいと思ってな」


 密集して、槍を隙間なく揃える陣形のことを槍衾やりぶすまと呼ぶ。

 これは槍の短所を消して長所を伸ばす、最強の戦法であり槍士の花形だ。


 前列が敵を叩き、後列が隊列の隙間から、近づいてくる敵を牽制――迎撃に徹すればどうなるか。


 ハリネズミのような一塊には何者も近づけず、近接武器を持つ敵や機動力に特化した敵を完封できる、言わば人の要塞ができあがる。


「まあ、まあ……。姫様の武器は一騎駆け向き、ですからねぇ」

「そちらの方が性に合うが、下っ端の騎士はこういう武器を使うはずなんだ。今から慣れておいて損はないと思う」


 壮観な隊列の一員になることを想像して頬を緩めたミリティアだが、マレフィの反応は今一つだった。

 購入の動機はともかく、絵面に違和感があったからだ。


「でも、こんなに要ります?」


 配属したての騎士はまず最前線に置かれる。ならば実戦向きの極致にあるのはこれだと、店頭で一目惚れをしたミリティアは大人買いを決行した。


 そのため部屋の中央では結束された槍が束になり、丸太のようになっている。


 王族が宿泊するほど格式ある部屋の中央に、デンと、無骨な実戦用の槍が鎮座している様は、えも知れぬ異彩を放っていた。


「持って帰るのが手間なので、止めはしました」

「ですが、どうしてもこれが欲しいと仰るので、馬車をもう一台手配しています」

「そっちはそっちで、大変だったみたいで……」


 これにはドミナとスペルビアも、苦笑いするしかない有様だ。

 しかし当のミリティアは非常に満足気だった。


「今回の件を見ても分かる通り、私の膂力に耐えられる槍は貴重だからな。基本的にはそれなりの品を、使い捨てにする戦法が最適なのさ」


 極論を言えば、鉄の棒を振り回しているだけでミリティアは強い。そこらのオーガに金棒を持たせるよりも、彼女に鉄パイプを持たせた方が圧倒的に強いのだ。


 しかし戦い方は完全にパワータイプであり、どれほど手間をかけた高級な武器を使用しても、すぐに壊れる。


 だからこそ彼女は中の上くらいの――数打ち品より少し上等なくらいの――品質の武器を好んできた。


「でも槍衾中にパイクが折れたり、曲がったりした場合は?」

「予備を5、6本背負っておけばいいじゃないか」

「それはなんとも、邪魔になりそうですねぇ」


 槍は大型武器の宿命として機動力が低く、密集すると更に機動力が低下する。


 槍衾はそれを補って余りある防御力と制圧力を発揮するため、槍部隊を揃えている騎士団ならどこでもメインの戦術に採用されがちだが、ミリティアには一つ見落としがあった。


 この陣形は基本的に、一般の兵士を強化する目的で組まれる。

 

 どんな凡人を組み込んでも、訓練次第で一定の戦力を見込めるようになるという点では、ミリティアが嫌う量産型剣士の亜種とも言える。


 つまり装備と動きを画一させることで強さを発揮するのだから、複数の槍をじゃらじゃらと担いだ人間に、参戦する余地など無い。


「ティアちゃんが混ざると、隊列が崩れて身動きが取れなさそうですね」

「恐れながら、遊撃隊が最適かと」

「どうにも釈然としない反応だが、まあいいだろう」


 ドミナは遠回しに、他の隊員に迷惑を掛けないようにしましょうねと言い、スペルビアはやんわりと配置転換を促した。


 実際には配属後の動きを見た上官が、勝手に振り分けを変えるだろうが、本人の目指す先を今から修正しておかないと、後々問題になると察知しての諫言だ。


「いざとなれば投擲に使うから、無駄ではないはずだ」

「長槍は投げるものではありません」

「でも投げられるじゃないか」

「ティアちゃんなら、まあ……」


 両手で抱え持つ装備に対して、片手で投げる運用を想定している姫には、もう言えることはない。

 ドミナは気を取り直して、話の方向性を変えた。


「さて、ともあれ合宿の予定も明日で終わりですね。折角集まったことですし、最後は団体行動にしましょうか」

「そうだな。そうしよう」


 登山以外ではまとまって行動することはなかったが、さりとて合宿に明確な目的があったわけではない。


 趣味のハンティングと変わらない温度感で来たため、その締めくくりもゆるゆると、街を散策して回ることにして、最終日が過ぎていった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る