第24話 別室行き



 ミリティアの武器が大破してしまったため、合宿は3日目で切り上げとなった。


 そして残りの日程をのんびり過ごすと決めた一行は、 街に帰って着替えを済ませると、それぞれの用事のために一旦解散している。


 ミリティアとスペルビアは地元の鍛冶屋を見て回ると決めて、連れ立って商業区画に赴き、ドミナは近場を観光して回ると言い遺して宿を去った。


 マレフィも単独行動をすることになったが、彼女はまだ日が高いうちから、酒場に足を運んでいる。


 そこは槍術研究会の部員には見つけられないであろう、路地裏に面した半地下の店という、隠れ家的な場所だった。


「こんなことをして、本当に良かったの?」

「大丈夫大丈夫。結局うまくいったんだし」


 マレフィは桃色髪の女性と酒を酌み交わしているが、彼女らの容姿は瓜二つだ。

 お酒をとくとくと注ぎながら、対面に座る姉に向けて、軽い口調でマレフィは言う。


「いやぁ、やっぱり槍術研究会に入ってよかったかな」

「でも、偉い人たちをこっそり利用するなんて……」

「そこは姫様たっての要望だから問題なーし」


 マレフィが戦斧研究会に入部を断られたことは事実だが、実のところ、代わりに槍術研究会を選んだにも打算がある。

 彼女は今年の夏に槍術研究会の一行を、領地に連れてくることを目標としていた。


「去年の暮れからやけに魔物が多くて、ピンチって言ってたから助かったっしょ?」

「それはそうだけど……」


 北部地域は中央と比べて魔物の被害が大きいが、彼女らの実家は傍系も傍系で扱いが軽く、本家を始めとした親戚筋への応援要請はなかなか通らない。


 しかしお忍びとは言え、第三王女と公爵令嬢が遊びに来ると通達されたのだ。それも魔物の大規模駆除を何年もやっていない、治安に不安が残る地域に訪問する予定で。


 お忍びとは言えVIPが来るのだから、本家としても対応を迫られた。


「要地ばっかり守ってるから、こういう時に慌てることになるの」

「こういう事態を引き起こしたのは、マレフィだよね?」

「それは言わないお約束ー」


 と言っても家同士の関係が悪いわけではなく、あくまで重要地点の守りに比重を置いてきたというだけの話だ。

 今回の要請については断る理由もなく、地域を挙げての討伐作戦が組まれることになった。


「これで今年の防衛費は浮いたし、うちで合同訓練をやったみたいなものだから、遠征費の方もタダってことで」

「ちゃっかりしてるなぁ、もう」


 縦横の繋がりを求めて部活を探す人間がほとんどだが、マレフィもそのタイプだ。


 頼もしい友人を探している折に、槍術研究会は積極的に人を求めていて、部長である第三王女は強敵との死闘を求めているとも聞いた。


 この条件ならば入部は拒まれず、紛争地域紛いの領地に案内することも、それほど難しくはないだろうと判断したのだ。


 ミリティアを地元に案内するだけで、両親や姉が抱えていた問題が解決されると見て、一定以上の打算も込みでマレフィは入部を決定していた。


「蓋を開けてみれば、他所からも大勢来てくれたけど。あれはドミナ様がやったのかなあ」

「ねえ、やっぱりまずかったんじゃない? 結構な大事になっちゃったよ?」

「あはは、戦闘は一回こっきりだったから、心配いらないって」


 一連の計画の中で、マレフィにとっての誤算は二つだ。


 一つは初陣が肩透かしに終わったミリティアが、尋常ではないやる気を見せて、予定よりもグイグイと向こうから話を進めてきたこと。


 二つはミリティアの無駄な強運と熱意を警戒したドミナが、実家のみならず寄子や周辺勢力も総動員する号令を掛けて、大規模な掃討作戦を組んだことだ。


 魔物の被害が少し減ればいいか。その程度の軽い気持ちで始めた企画だったが、向こう数年間は魔物の大量発生や、深刻な襲撃被害を心配しなくていい水準にまで治安が回復している。


 完璧主義であるドミナは、それほどまでに徹底した駆除を命じていたが、これは嬉しい誤算だ。


「でも、大物から襲撃されたんでしょ?」

「まあ最後のゴーレムも誤算だったけど、多分監視は付いてたからまったく問題ないよね。あ、すいませーん、キンッキンに冷えたエールくださーい」


 ミリティアは自由気ままに冒険を楽しんでおり、女王や上の王女たちも手出しはしていないが、公爵家サイドは違う。


 ドミナは常日頃から精鋭を周囲に潜ませており、掃討作戦の終了後にも、登山道には一定間隔で小隊を残置してあった。


「まあ怪我なく終われたし、姫様は暴れられて満足。姫様を甘やかせたドミナ様も満足で、ビアちゃんも何のかんのと楽しんだんじゃないかな」

「それでいいのかなぁ」


 ドミナの腕さえ自由なら救難信号を打ち上げられるので、ミリティアがゴーレムに囚われた時点で、保険が発動する見込みでもあったのだ。


 その辺りの護衛事情については、スペルビアとマレフィも薄々は理解しており、何も知らぬはまったくミリティア一人だ。

 つまり当初からイージーモードであったため、マレフィは姉の不安を笑い飛ばしていく。


「お姉ちゃんは心配しなくていいって。あたしもこんなギャンブルはもうしないで、卒業まで真面目に部員をやるからさー」

「なら、いいんだけど……味をしめないか心配だよ」

「大丈夫大丈夫」


 露払いに動いた騎士団にも被害はなく、普段はなかなかやれない合同訓練ができたのだからプラスも取れた。


 そのため今回の合宿遠征は、参加者全員に何らかの得があった、非常にいい催しだったというのがマレフィの結論だ。


「あはは、ハッピーエンドって、やっぱりいいよねー」

「そうですね、私もそう思います」


 ここで、追加のエールを朗らかな顔で流し込むマレフィの肩に、そっと手が置かれた。そして謎の悪寒を感じながら振り返ると、そこには満面の笑みを浮かべたドミナがいる。


「あ、あっれー、奇遇」

「そうですね、奇遇ですね。それで……面白いお話をされていたようですが」


 地元民の中でも穴場スポットにもかかわらず、ドミナは狙ったように現れたのだ。

 この時点でマレフィは詰んだと確信したが、一応とぼけてみる。


「お話って、なんの?」

「ティアちゃんを誘き寄せたら、政治的な理由でお掃除が行われる……などですね」


 つまり聞かれてはならない部分は、全部聞かれていたということだ。

 笑顔のまま硬直したマレフィの前で、ドミナは演技がかった独り言を唱える。


「さりとて今後、真面目に活動してくださるというのであれば、特に言うことはありませんし? 裏側を知ったティアちゃんにがっかりされて、暴発されるのも下策ですよね」


 マレフィのことはもう警戒はしていないと公言しており、見える範囲でも探られる動きは止まったように見えていた。


 だが何のことはない。ドミナは依然として裏でマークを続けており、密偵たちもより深く潜らせていただけのことだ。


 置物と化したマレフィの脳内には、「いっそ執念深いほどの用心深さ」というミリティアからの評価がフラッシュバックした。


「穏便に、無かったことにしたいと思うのですが……」

「……ですが?」


 ドミナは微笑んだまま、空いた手もマレフィの肩に置き、耳元で囁いた。

 圧を感じる声が小さく響くが、耳打ちの内容はもちろん決まっている。


「おいたが過ぎる部員には、お仕置きしておきませんとね」


 マレフィの姉は巻き込まれただけなので、無罪放免だ。マレフィ本人も貴重な部員であり、仮にも数ヵ月を共にした仲間なので、ドミナとしても粛清するつもりはない。


 しかしそれでも、今後のための釘差しは必要である。

 ドミナは厳然とした態度で、そう言い放った。


「マレフィさんは実家に顔を出してくると、二人には伝えておきます。なので今日明日くらいは、ゆっくりとお話をしましょうか」

「あ、あはは、はは」


 ドミナが合図を送ると、酒場で飲み食いをしていた客が一斉に立ち上がった。


 彼らは雑多な酒場をすいすいと進み、すぐにテーブルの前に出揃ったが、誰も彼もが堅気・・ではない気配を放ち始っている。


「ともあれご安心を。ティアちゃんもスペルビアさんも勘がいいので、手荒な真似はしませんから」


 マレフィの視線は酒場を一周したが、周囲で飲み食いをしていた客の大半は公爵家の手の者であり、まだ隠れている人員はいるだろうとも容易に想像がついた。


「我らの主人は、穏便な解決を望んでおられます」

「丁重に、ご案内をさせていただきたく」


 見るからに精鋭が動員されているのだから、常にお茶らけているマレフィも、圧倒的な権力と武力の前では苦笑いしかできなかった。


「さあ、ご同行を」

「……はい」


 ドミナとバトンタッチをした覆面騎士たちにより、マレフィは槍術研究会一行が宿泊するホテルとは、別なホテルの一室に連れ込まれた。


 そこで彼女はドミナによる短期集中の、徹底的な再教育を受けることになる。


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