第23話 さらば、強敵よ



「あっはははははは! 楽しい! 楽しいなぁ!!」


 久方ぶりに目いっぱいに、力いっぱいに槍を振り回しているミリティアは、強敵と死闘ができる喜びを隠し切れなかった。


 全ての歯が見えるほど深く笑い、見開かれた目は四白眼になっている有様だ。


 そんな彼女の槍の師が、騎士隊長である実の母だとあって、スペルビアは所在なさげに手を伸ばしながら遠い目をしていた。


「母上はミリティア様への教育を、間違えたのでは……」

「いいえー、小さい頃からあんなの・・・・です。武芸のお稽古前からなのでお気になさらずー」


 宙吊りのドミナは心中を察して慰めるが、完成してしまったものは仕方がない。


 ひらすらに強さを追い求め、武の頂を目指し、勝利だけを渇望して鍛錬を積んだ姫は、今では立派な戦闘狂バトルジャンキーとなっていた。


「……では、失敗したのは軌道修正ですか」

「矯正とも言いますねぇ」


 やりがいと生き甲斐の全てを込めて、ミリティアはひたすらに槍をブン回すが、そこに技術や技巧などは存在しない。


 力だ。この場においては求められるは、相手を破壊するための暴力のみ。

 そう断じて武器を振るう姿には、鬼気迫るものがあった。


 しかし質量差は圧倒的なのだから、常識的に考えれば負けるはずがないと知っているゴーレムは、いずれ押し切れると判断して拳を振るい続けた。


 更に暫くの間打ち合いが続くが、力任せの勝負なのだから終わりも早い。結論を言えば武器の耐久よりも先に決着はついた。


「はっはぁ! どうやら正面からの殴り合いでは、私に分があるようだな!」


 見栄えや言動の是非はともかくとして、この戦法は有効打ではあったのだ。

 度重なる激突の果てに、ゴーレムの右腕には決定的な亀裂が生まれた。


 痛覚がないためか、自身の綻びに気づかないまま腕を上げた、ひび割れた鉄人形に向かい、ミリティアは今日一番の出力で槍を振りかぶる。


「これで、スクラップだ!!」


 最後の強振がゴーレムの右手を吹き飛ばすと、二の腕から先が裂けて砕けた。


 しかし再生にエネルギーを使えば身体が維持できないと見て、他の部位を収縮させて右腕に割り当てながら、ゴーレムは次善策を打つ。


 彼は隠し腕の遠隔操作のみに力を注ぎ、搦め手から攻めようと画策したが、地表から襲撃する気だと見るや、ミリティアは地中に固定していた足を引き抜いた。


「ぬるいわッ!!」

「わーお、豪快」


 彼女は槍を下段に構えると、周囲360度を順次攻撃する8連撃により、全ての手を破壊した。

 続々と生まれてくる後続も数秒と経たないうちに、みるみるうちに溶けていく。


 これらを形成するリソースは有限であり、一部が破壊される毎にゴーレムの体力兼、生命力兼、知能の源でもある魔力が消費されていった。


 ――ちまちまと戦えば、いずれ削り殺されるだろう。それも察知したゴーレムだが、彼にも欲がある。


 極上の獲物たちが目の前にいて、うち3人が戦闘不能に近いのだ。全員捕らえて損害を補填すべく、鉄塊は形振り構わない前進を始めた。


「見たか、この圧倒的な力を。やはり槍は万能な武器じゃないか」

「いえ、どちらかと言えばティアちゃんの腕力頼りですが」


 崩壊した腕の体積分だけ身体を縮小させて、ゴーレムは勝負を決めにかかった。依然として大きな体格差を活かし、覆いかぶさって潰すかのように、頭から体当たりを仕掛ける。


 だが、迫り来る脅威の前でも、槍への愛が溢れる演説は止まらない。


「槍こそが最強、揺るぎなく至高の武器だ。皆もそう思うだろう?」


 相性が悪い敵の攻略に成功したことで、槍のポテンシャルをまた一段と引き出せたように感じているミリティアは、笑顔で周囲に同意を求めた。


 そんな場合ではないと知りつつ、部員たちは律儀に返答するが、ミリティアに返ってきたものは至極冷静な冷めた意見だ。


「恐れながら、その戦いであれば……槌の方が相性良さそうだと思います」

「姫様もハルバード使ってみたりしないかなー。絶対こっちの方が合うよー」

「……まあ、細かいことはいいじゃないか」


 戦果を前にして有頂天になっていたミリティアも、これで決着とは理解している。


 仕上げのために幾らか冷静になりつつ、部員たちの小言も聞き流しながら、彼女は迎撃態勢に入った。


「さあ、往生せいやぁぁあああああああッ!!」


 降り注ぐ岩石を目掛けて、全身全霊の力を込めた大上段からの槍が振るわれた。打ち下ろす動作と威力は、大型のハンマーを思い切り振り下ろした時の姿を彷彿とさせるものだ。


 ミリティアが全力の強化をしている、国一番の名工が仕上げた珠玉の槍は――頭突きとの衝突には流石に耐えられず――ほぼ直角にひん曲がった。


 極限まで頑丈にした鋼鉄の槍が、ぐにゃりと歪むほどの衝撃だ。威力としてはダンプカーの正面衝突と大差ない。

 この反動でゴーレムの頭部も、壁に当たった雪玉のように弾けて飛んだ。


「よし、隙ありだ」


 重量バランスが大きく崩れて、体勢不十分になった瞬間を見計らい、ミリティアはゴーレムの胴体を踏み台にして跳躍する。


 彼女は頭上に掲げられていた粘土状の腕を、鎌のように曲がった槍で強引に引きちぎった。


「はあ……やれやれ」

「助かりましたー」


 捕われたドミナとマレフィを救出すると、ミリティアは2人を抱えながら宙を舞い、すぐに飛び退く。


 好機と見たスペルビアも素早く動き、地割れに落下していた武器の中から、まずはマレフィの得物を発掘した。


「ハルバードは回収できました。受け取ってください」

「おつおつ、助かりますー」


 ミリティアの戦闘力は半減したが、ゴーレムの戦闘力も半減しており、尚且つ有利を取れるマレフィが復活したのだから、この時点で勝敗は決したと言える。


 のんびりとハルバードを掲げたマレフィは、ミリティアに倣って武器に土属性の魔法を付与してから、鼻歌を歌いながら攻撃態勢に入った。


「ちょうど小さくなってくれたことだし、それじゃあモグラ叩きをば」


 崩れた右腕部と頭部は再生中なので、狙うのは無防備な両足だ。特に弱点が剥き出しになり、防御手段も失われている両膝は格好の的だった。


 大きく振りかぶった彼女は、遠心力を乗せながらハルバードを打ち下ろす。


「いーってみましょー」


 気の抜けた掛け声と共に、大質量のハルバードがコアに叩きつけられた。


 木こりが大木を切り出すようにして、ガンガンガンガンと、何度も執拗に斧槍が振り下ろされれば、頑丈なコアとてすぐに砕け散る。


「短槍と十字槍も回収できました」

「ご苦労様です」

「それなら手足を虱潰しらみつぶしに頼む。分裂して逃げるかもしれないからな」


 戦線復帰した3人は足元にまとわりついて攻撃を仕掛けるが、ミリティアが単独で壊すよりも遥かに早く、ゴーレムの身体が削れていく。


 破損と修復を繰り返すうちに、どんどんと体積が減っていき、最期には胸部の装甲も全て剥がれ落ちていった。


「流石に真っ直ぐにはならないが、用は足りるかな」


 仲間たちに戦いを任せている間に、曲がった槍を腕力で曲げ戻したミリティアは、投擲の構えに入った。

 弱点である胸部の中心核に狙いを定めた彼女は、数歩の助走をつけて槍を投げつける。


「終わりだ。食らえい!」


 柄が曲がり不格好になった槍でも、刺さればそれでいいのだ。裂帛れっぱくの気合と共に放られた大身槍は、露出した中心核に深々と突き刺さった。


 機能停止によりガラガラと崩れ落ちていく身体を前にして、ミリティアは呟く。


「さらば、強敵よ」


 物言わぬ土くれとなった強敵に祈りを捧げてから、ミリティアは槍を引き抜いた。

 しかし相手がここまで硬くなければ、連戦もできたはずなのにと、肩を落としつつ彼女は言う。


「武器がこれでは打ち直しに時間がかかるな。合宿は切り上げか」

「仕方がないですね。想定外の遭遇戦でしたから」

「……まあ、満足はできたさ。また来るとしよう」

 

 状況が一段落してから、彼女たちは槍以外にも被害が多々出ていると気付いた。


 遠征用の食糧なども総じて土まみれになったため、晩の食事すら用意できないような状態なのだ。


 幸いにしてまだ日は高いため、荷物をまとめた彼女たちは登山を中止すると、早々に麓の街まで引き上げていった。


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